5月14日に開幕する第72回カンヌ国際映画祭の公式セレクションのラインナップが4月18日に発表されました[*1]。今回発表されたのは、オープニング作品となるジム・ジャームッシュ監督『The Dead Don’t Die』を含むコンペティション部門の19作品、「ある視点」部門の16作品、アウト・オブ・コンペティション部門の5作品、特別上映部門の6作品、ミッドナイト上映部門の1作品の計47本。公式セレクション外(独立部門)の「監督週間」や「批評家週間」のラインナップはまだ発表されておらず、また公式セレクションにも今後さらに数作品が追加される見通しとのことですが、主要部門の作品はほぼ明らかになったと言えるでしょう。もちろんまだ公になっていない新作ばかりですから各作品の内容については上映後の批評やレポートを待つしかないのですが、まずは現時点でのセレクションから見えてきた今年の同映画祭の傾向や注目ポイントを、アーティスティック・ディレクターを務めるティエリー・フレモー氏のインタヴュー記事や海外メディアの分析記事などを踏まえながらまとめてみました。

■女性が監督した作品が13本選出
昨年のカンヌでは映画業界で働く82人の女性がレッドカーペットに集結し、男女格差の是正を訴えたパフォーマンスが話題となりました(ちなみに82人という数は、1946年にカンヌ国際映画祭が始まってからコンペティション部門にその作品が選出された女性監督の人数で、対して男性監督は1688人)。その際に審査員長を務めたケイト・ブランシェットとともに2015年に女性で初めて名誉パルムドールを受賞した監督として声明を発表したのが、先月亡くなったアニエス・ヴァルダでした。今年の映画祭のポスターは、そのヴァルダが処女作『ラ・ポワント・クールト』の撮影時に、男性スタッフの背中にのってカメラのレンズを覗いている写真をメインビジュアルとして使用し[*2]、引き続き男女平等の推進を図ることを表明しているかのようです。
今回発表されたラインナップでは女性が監督した作品が13本含まれ、その割合としては過去19年間で最も高い全体の21%に当たるとのこと[*3]。コンペティション部門では昨年の3本から1本増の4本がノミネートされています。その顔触れは、クレール・ドゥニ監督の『35杯のラムショット』に主演するなど女優としても活躍するマティ・ディオプの処女長編『Atlantique』、『ラブリー・リタ』などで知られるジェシカ・ハウスナー監督の『Little Joe』、『水の中のつぼみ』『Girlhood』他を監督したセリーヌ・シアマの『Portrait of a Lady on Fire』、そしてジュスティーヌ・トリエが前作『ヴィクトリア』主演のヴィルジニー・エフィラと『アデル、ブルーは熱い色』のアデル・エグザルホプロスを主演に迎えて撮った『Sibyl』。さらにコンペ外でも、今年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、A24からの配給が決まっているピッパ・ビアンコの『Share』や、マーティン・スコセッシが製作を手掛けたダニエル・レソヴィッツの『Port Authority』など興味をそそられる作品が選ばれています。
このように公式セレクションに女性監督の作品が13本も含まれることについて、ティエリー・フレモー氏は「カンヌでは初めてのことであり、過去にその数が10本を超えたことはなかったと思う」[*4]とその成果を強調しつつも、一方で「ジェンダーに基づいて映画を検討することの難しさを感じ続けている」[*4]とも認めています。「アニエス・ヴァルダがかつてこう言っていました。“私は女性監督ではない。私はひとりの女性であり、ひとりの監督である”と。“どうか女性によって作られたという理由で映画を選ばないで欲しい。あくまでそれが良い映画であるという理由で選びなさい”と彼女は私に言っていました。私たちはもっと多くの女性がセレクションの中に入ることを望んでいます。今回は13人の女性の監督の作品が選ばれたわけですが、それはその作品が上映されるに相応しいものだからであって、女性が監督したからではないのです。もちろんそこには審査員も関わってきますが、私たちは自分たちのマネージメントが及ぶなかで可能な限り、女性の立場に特別な注意を払っています」[*5]。

■ハリウッド映画はどこへ?
これは毎年のことですが大きな映画祭のラインナップが発表されたときに一番話題になるのは、実は選ばれた作品よりも、有力視されていたのに選ばれなかった作品のことだったりします。今回のカンヌのラインナップ発表でも、最も騒がれているのはクエンティン・タランティーノの『Once Upon a Time in Hollywood』がリストに入っていないことのようです。「タランティーノはカンヌに間に合わせようとしているが、(製作の)ソニーが急いで作った状態でカンヌの批評家にお披露目することを警戒しているのではないか」[*6]といった憶測まで囁かれていたものの、フレモー氏は「本当に、本当に、本当にまだ準備ができていないのです」とそれを強く否定し、「まだ小さな可能性は残っている」[*5]と上映の実現に含みを残しています。
『Once Upon a Time in Hollywood』の他に有力視されながらリストから外れた作品として、同じくブラッド・ピットが主演するジェームズ・グレイ監督『Ad Astra』、ロバート・エガースの『ウィッチ』以来4年ぶりとなる新作のスリラー映画『The Lighthouse』(ロバート・パティンソン、ウィレム・デフォーが出演)などが挙げられていますが、いわゆるハリウッドスターが出演する映画がジャームッシュの作品とエルトン・ジョンの伝記映画『Rocketman』などに限られたことを受け、「ハリウッドの存在感が欠如している」との指摘もなされています。そう指摘したHollywood Reporterの記事では、ラインナップの発表時「プレスルームで話題となったのはスターの不在であり、そのかわりに(9月の)ヴェネチア映画祭が例年以上に盛り上がるだろうということだった」という関係者の証言が紹介されています[*7]。これはカンヌとヴェネチアを比較しているだけでなく、カンヌの結果が及ぼす米アカデミー賞への影響が弱まっていることを暗に指摘するものでしょう。
こうした指摘や批判に対して、フレモー氏は「カンヌの使命はワールドシネマです」と断言します。「カンヌの歴史はハリウッドのスタジオによっても作られてきました。私もたくさんのアメリカ映画とともに育ちました。私はアカデミー賞を愛しています。これまでカンヌで上映された映画がオスカーを受賞することもありました。しかしカンヌの使命はワールドシネマにあります。現在アカデミー賞をめぐるキャンペーンは9月にトロントとヴェネチアで始まります。それがヴェネチア映画祭が生き残るうえで重要なことであることは私も認めています。15~20年前とは変わったのです。いまのヴェネチア映画祭はアメリカ映画やアメリカの賞レースと強く結びつくことを戦略としています。それでいいと思います。しかしカンヌ映画祭は異なる指針を持っています。私たちはアメリカ映画だけではない、ワールドシネマというヴィジョンを持っています。しかし昨年カンヌのコンペ部門でプレミア上映されたスパイク・リーの『ブラックランズマン』はその後彼に初のオスカーをもたらしました。つまり5月のカンヌと翌年の2月のアカデミー賞の両方にノミネートされることは可能ということです」[*5]。
ちなみに今年のコンペティション部門に選出されたアメリカ映画は、3作品あります(フレモー氏いわく「もしタランティーノが間に合ったら4作品になる」[*5])。1本は前述のジャームッシュの新作、残る2本は2011年の『ツリー・オブ・ライフ』以来のコンペ選出となったテレンス・マリックの『A Hidden Life』、そしてアイラ・サックスがイザベル・ユペールを主演に迎えてポルトガルで撮影したという『Frankie』で、サックスの作品がカンヌで上映されるのは初めてのことだそう[*6]。またコンペ以外でも前述したピッパ・ビアンコやダニエル・レソヴィッツの作品に加え、アニー・シルヴァースタインの『Bull』、マイケル・コヴィーノの『The Climb』など若い映画作家によるインディペンデント作品が選ばれており、実際には昨年よりアメリカ映画の本数自体は増えているのとことです。

アイラ・サックス『Frankie』

■カンヌ常連のカムバック、アフリカ系の新世代
IndieWireのエリック・コーン氏は「2019年カンヌのラインナップを受けての20の衝撃と驚き」と題した記事の冒頭で、今回のラインナップが「控えめな印象だった2018年に比べて、その最新版は一握りの新参者に加えて、この映画祭で最も信頼されてきた映画作家の帰還を呼び物にしている」[*6]と評しています。確かにコンペティション部門には、テレンス・マリックやジャームッシュだけでなく、ケン・ローチ、ダルデンヌ兄弟、ペドロ・アルモドバル、マルコ・ベロッキオ、アルノー・デプレシャンといったカンヌでおなじみの名だたる映画作家たちが顔をそろえているのが真っ先に目を引くことでしょう。エリア・スレイマンも2009年の『時の彼方へ』以来、約10年ぶりにコンペ入り。さらに若きグザヴィエ・ドランの『Matthias & Maxime』も『Mommy/マミー』『たかが世界の終わり』に次いで3作連続でコンペティション部門に入り、近年のカンヌの顔になりつつあります。また、アウト・オブ・コンペティションのクロード・ルルーシュ、特別上映部門のベルナー・ヘルツォーク、アベル・フェラーラといった巨匠の帰還も気になるところ(特にヘルツォークの『Family Romance, LLC』は「昨年の夏、日本でプロの俳優ではない日本人を起用して日本語のみで撮影された映画」[*6]だとのことで、どんな映画になっているか予測がつきません)。
一方、「一握りの新人」たちに見られる一つの特徴はアフリカが祖国である監督が多いことです。初長編『Atlantique』がコンペティション部門に入ったマティ・ディオプはセネガルの巨匠ジブリル・ディオプの姪であり、また2005年に起きたパリ郊外暴動事件を基に作った同名の短編(2017)を自らの手で初長編としてリメイクした『Les Misérables』がコンペに選出されたラジ・リ(Ladj Ly)はマリ出身です。フレモー氏は「アフリカ大陸からエキサイティングな新世代が出てきています。さらにその半分は女性の作品です。ディオプはフランスのセネガル人で、(ある視点部門に『Adam』を出品する)Maryam Touzaniはモロッコの監督、(同部門に『Papicha』が選ばれた)Mounia Meddourはアルジェリア出身です。私たちはアフリカにおける爆発寸前の何かを感知しています。女性たちがそれを動かし、カンヌがその競技場となるのです」[*4]と説明しています。

マティ・ディオプ『Atlantique』

■Netflix論争に進展なし
2017年、2018年のカンヌ国際映画祭において大きな論争を呼んだのが、Netflixの作品の上映をめぐるものでした。発端は2017年のコンペティション部門に同社が製作した『オクジャ』(ポン・ジュノ監督)と『マイヤーウィッツ家の人々』(ノア・バームバック監督)が選出されたことでした。映画祭側はNetflixに動画配信だけでなくフランスでも劇場公開するよう要請するも物別れに終わり、その結果翌2018年から「カンヌ国際映画祭のコンペ部門を争う作品は、フランスの映画館で配給されなければならない」というルールを定めることを発表。しかし、フランスでは法律上、劇場公開から36ヶ月を経た作品しかストリーミング配信できない点を承服でいないNetflixが2018年の映画祭から撤退するという事件がありました[*8][*9]。
今年もNetflixの作品は公式ラインナップに入っていません。フレモー氏によれば「今回は単純な話で、Netflixがコンペティションに1つの作品も応募してこなかっただけです。だから議論も起きていません」[*5]とのことで、「その問題については今年は伝統的な方法で製作した映画(『Parasite』)がコンペティションに入ったポン・ジュノと話すと面白いかもしれません」[*5]と付け加えています。その一方でAmazonのテレビドラマとして製作されたニコラス・ウィンディング・レフンの『Too Old to Die Young』の2エピソードがアウト・オブ・コンペティションで上映されることも発表されています。
NetflixだけでなくAmazonもデジタルリリースのみの作品を作り始め、ディズニーやワーナーといった映画会社によるストリーミングサービスも増え、フランスの映画館に配給されない作品がさらに増え続ける可能性にどう対応していくのか? という質問に対して、フレモー氏は以下のように答えています。
「確かにサンダンス映画祭で紹介された映画などには、動画配信プラットフォームに買われて、そのままインターネットに流れる作品もありますね。プラットフォームはリュミエール兄弟に対するトーマス・エジソンの逆襲かもしれません(笑)。エジソンがキネトスコープを発明したのとほぼ同時期にリュミエール兄弟は映画館を発明しました。それはリュミエール兄弟とエジソンの再結合なのかもしれない。私が再結合として考えるのは、劇場とプラットフォームの双方に大きな活力を与えられると思うからです。でも、そのふたつは別々の世界です。“プラットフォーム”という言葉を“テレビ”に置き換えてしまえば、私たちはすでに何年もの間、同じ議論を続けているのではないでしょうか。テレビでも映画は放映されてきたわけですから。私はテレビも見ますし、映画も見ます。私たちにできることは若者たちに注意を払うことだけです。私は自分の子供たちに映画館に行くよう教えています。私は世界有数のブルース・スプリングスティーンのコレクターのひとりで、彼に関するあらゆる物を所有していますが、彼のコンサートに行くことに匹敵するものなど何もありません。今年は『地獄の黙示録』が公開されて40周年ですが、『地獄の黙示録』を大きなスクリーンで観ることに匹敵するものは何もないと思いませんか? しかし、私たちがプラットフォーム上で見ることができる良い映画もたくさんあります。私はNetflixの加入者で、たくさんの作品を見ていますし、彼らは多くの優れた作品を生み出しています。テレビの製作者や作家と併せて、プラットフォームが映画の世界をどのように刺激するのか非常に興味深く思っています」[*5]。

*1
https://www.festival-cannes.com/en/infos-communiques/communique/articles/the-2019-official-selection
*2
https://www.theguardian.com/film/2019/apr/18/cannes-2019-lineup-peter-bradshaw
*3
https://www.indiewire.com/2019/04/cannes-2019-female-directed-competition-films-1202059942/
*4
https://variety.com/2019/film/news/cannes-thierry-fremaux-record-number-female-directors-american-cinema-1203192890/
*5
https://www.indiewire.com/2019/04/cannes-film-festival-2019-thierry-fremaux-interview-1202126315/
*6
https://www.indiewire.com/2019/04/cannes-film-festival-2019-lineup-surprises-xavier-dolan-herzog-tarantino-1202059867/
*7
https://www.hollywoodreporter.com/news/cannes-film-festival-lineup-set-slim-hollywood-pickings-1202965
*8
http://indietokyo.com/?p=6176
*9
http://indietokyo.com/?p=8041

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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