9月6日より日本でも公開されている映画「荒野の誓い」(監督:スコット・クーパー)(1)。西部劇のジャンルに属するが撮影を担当したのは日本生まれ、育ちの高柳雅暢 撮影監督(Masanobu Takayanagi)(2)。日本の映画業界には入らずアメリカで撮影の勉強をし、ハリウッドでカメラマンを務めている日本人撮影監督である。映画の舞台は1892年のアメリカ・ニューメキシコ州。1600年代前半から続く、イギリスなどの白人入植者とネイティブアメリカンの間で繰り広げてきたインディアン戦争と産業革命による工業化が到来した時代。残忍なやり方でインディアンを殺戮し英雄となったジョー・ブロッカー大尉(クリスチャン・ベール)は大統領命により、大量の白人入植者を殺害し囚われの身となっているシャイアン族の酋長イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)をニューメキシコから、彼の故郷であるモンタナ州まで護送することとなる。映画の原題「Hostiles」(日本語訳:敵たち、敵兵たち)が示すとおり対立してきた民族間の溝と、途中出くわす敵と思われる様々な人々や部族との抗争が物語展開上の軸となっている。敵と思ってきた人々は、本当に対立すべき人々であったか、大事にするべきものはなんだったかなど内省的な旅をブロッカー大尉は経験することとなるが、その道中は人種差別や文化的な差異に直面する現代社会の物語として見ることが出来る。クーパー監督は「我々は人々が人種差や異文化等に対して極端に対立しようとする暗い時代に生きているように思う。そしてアメリカでは日々その断絶が広がっていってしまっているんだ。この映画はネイティブアメリカンと白人入植者という相入れないと思われた二者が旅を通して、気づきを得てお互いを理解し始め、折り合っていくまでの話なんだ。僕にはアメリカが暗く危険な道を通っているように思えて、だからこそこの映画が必要だと思った」と語っている。(3)


 

 

撮影を担当した高柳雅暢氏は群馬県富岡市生まれで、子供の頃は野球選手になることを夢見ていたという。東北大学英語学研究室で勉強するが、在学中撮影監督のインタビュー集「マスターズ・オブ・ライト – アメリカン・シネマの撮影監督たち」(4)を読み感銘を受け米国行きを決意し、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校を経てアメリカン・フィルム・インスティツート(AFI)に入学し撮影技術を学ぶ(5)。高柳はAFIについて「ただ単に美しいイメージを撮ることよりも、ストリーテーリングに重きを置くことを教えてくれた。AFIは如何に物語を映像で語るかを理解するのを助けてくれた」と語っている。在学中に撮影した短編映画「Shui Hen」が2003年のパームスプリング国際映画祭で最優秀学生撮影賞を受賞した他、アメリカ映画撮影監督協会からJohn F. Seitz Student Heritage Awardを授与される。卒業後、撮影監督のロドリコ・プリエトの「バベル」「消されたヘッドライン」やロバート・リチャードソン撮影監督の「食べて、祈って、恋をして」のセカンドユニット撮影を担当し、2011年ギャビン・オコナー監督の「ウオーリャー」とジョン・カーナハン監督の「THE GREY 凍える太陽」でメジャースタジオ作品の撮影監督を務める事となる。その撮影が評価されてVariety紙の“見るべき10人の撮影監督”の内の一人に選ばれたが、その後もデイビッド・O・ラッセル監督の「世界に一つのプレイブック」や、スコット・クーパー監督「ファナース 訣別の朝」「ブラック・スキャンダル」と次々と映画を撮影し、第88回のアカデミー賞作品賞を受賞したトム・マッカーシー監督の「スポットライト 世紀のスクープ」でも撮影を担当することとなる。高柳は自身の作品に関して「撮影監督としての私の役目はビジュアルストーリーテラーでいる事だと思っている。でも僕は撮影では毎日のように失敗していると感じているんだ。でもそこから学んで行けるから必ずしもそれが悪い事とは思わない。それは僕の人生のある時点での映画に対する考えから出た撮影だから、ただの失敗ではなく、撮影当時の僕自身でもある。そしてそれは一つの考えなんだ。だから同じ映画でも、5年後に新しく撮影すれば全く違うように撮るはずだ」と語っている。(6)(7)

 

 

 

「荒野の誓い」に関して高柳撮影監督は映像のルックの一貫性を保つのに苦労したという。「映画の80%は野外のシーンだ。晴れていると思ったらすぐ曇り、天候は常に変わり続け雷もやってきて撮影が中止になったりしたから、撮影当初はトラブル続きだった。天気とは喧嘩できないし、うまくやって行くしかないんだ。天気の変化や地形に合わせて撮影し、日中の外のシーンは太陽光で反射板などを使って登場人物をライティングし、照明機材は基本的に使わなかったと思う。なるたけ照明を感じさせない自然に見えるルックを作りたかったからね。ただ問題は夜の森をライティングするときだ、どうやって夜の広大な範囲の森や雨を照明すれば良いのか。現代のようにビルや街灯などの人口の灯りははなく、焚き火や小さなランプ、月光だけが光源だからね。建設現場で使うようなクレーン車を持ってきて、そこに照明機材を乗せて、森の上からなるたけ月光と同じようにフラットにライティングしていたんだけど、少ない光の選択肢の中で映画にとって正しい感情を描くことが1つの撮影上の挑戦だった」と語っている。「荒野の誓い」はPanavison社のカメラ XL2にPanavison G,Tシリーズのアナモフィックレンズをつけてフィルム撮影を行なっている。森の中のライティングは、木の上から照明すれば枝や葉ばかりに光があたり、その下の登場人物に光が届かないばかりか、葉や枝だけが明るくなり不自然な人工的な夜となる。天候が変わりやすい中で迅速な作業と、広大な範囲を自然な形で照明する難しさをクリアし、高柳撮影監督は光を使って登場人物たちの内省や変化の旅に必要な、闇や雨を見事に表現している。またフィルム撮影のアプローチに関して「映画上、旅の始まりは乾燥した埃っぽい茶色の世界からスタートして、徐々に緑の森や、標高の高い場所やモンタナの壮観な山の世界へと移動している。ある意味僕の意見では、その時々の地形の特徴が映像の色味を作り出していると言える。僕は物語の進行に合わせ前半はフィルム粒子が感じやすい高感度フィルムを使用してザラついた感じを出して、後半は低感度フィルムにして粒子を抑え柔らかな映像になるよう心がけた。また撮影後は、フィルム現像時に色やコントラストを調整するフィルムタイマーと相談して、映画が進むにつれてより暖かい色味を映像に変えた加えていったんだ」と語っている。(8)

 

アメリカで映画製作に携わり続ける事はとても難しいことのように思える。それは言葉やビザの問題も大きいが、ハリウッド映画でもアメリカ人のみによって作られているわけではなく、世界中から集まった大量の才能ある映画人によって支えられているためである。アカデミー賞撮影賞もここ5年以上、海外から集まった撮影監督たちが受賞を続けている。その才能の競い合いの中で、高柳雅暢撮影監督は、物語をベースにした説得力のある映像世界を誰もが分かる形で作り上げてきた。それは、物語や演出を読み解き俳優の芝居を掴む力であり、それをビジュアルに翻訳する感性と優れた表現力の証ではないかと思う。アメリカの第一線で求められ続ける日本人撮影監督の映像世界を、ぜひ劇場で体験していただければと思う。

 

 

(1) http://kouyanochikai.com

(2) https://www.imdb.com/name/nm1086687/

(3) https://www.youtube.com/watch?v=zKnSzTi9tL8

(4) https://www.amazon.co.jp/マスターズオブライト―アメリカン・シネマの撮影監督たち-デニス・シェファー/dp/4845988712/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=マスターズ+オブ+ライト&qid=1569162950&s=gateway&sr=8-1

(5) https://www.afi.com

(6) https://www.kodakjapan.com/motionjp-mag144

(7) https://www.youtube.com/watch?v=C8mZFSlGEJ0&t=1575s

(8) https://deadline.com/2018/01/hostiles-masanobu-takayanagi-cinematography-interview-news-1202230231/

 

<p>戸田義久 

普段は撮影の仕事をしています。

新作は山戸結希監督 「21世紀の女の子ー離ればなれの花々へ」、ヤング・ポール監督 「ゴースト・マスター」、越川道夫監督「夕陽のあと」等。過去作に 映画「かぞくのくに」「私のハワイの歩きかた」「玉城ティナは夢想する」/ ドラマに「弟の夫」「おやすみ、また向こう岸で」「山田孝之のカンヌ映画祭」「東京女子図鑑」「マリオ AIのゆくえ」等。


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