昨年のカンヌ映画祭で上映され、好評を受けて11月から全米での公開が決まった作品がある。”Mobile Homes”である。“Mobile Homes”とは、簡易式の移動可能な、いわゆるトレーラーハウスのこと。80年代に当時のレーガン大統領が断行した大胆な住宅政策、公営住宅などへの助成を大幅にカットし、住宅事業を民間セクターに依存したため、一般的な住居を確保することが難しくなった低所得者がたどり着いた先がモバイルホームであった。

2ベッドルーム付きの平均的なモバイルホームの価格は、430万円ほど。居住者の多くはトレーラーパークと呼ばれる、電気や水の供給、ごみの収集を行ってくれる敷地に停泊し、その場所代を払う。3~5万円前後が相場だ。2017年の調査で、モバイルホームに暮らすアメリカ人は2000万人を超えるといわれている。

モバイルホームに暮らすのは、貧困者ばかりではない。「どこにでも移動でき、周囲に縛られない」という形態は自由の謳歌を愛するアメリカ人の精神の象徴のようでもある。通常の住宅を持ちながら、セカンドハウス的にモバイルホームを所有し、気ままな暮らしを楽しむ人たちも少なくない。

俳優のマシュー・マコノヒーなどは一時期、ビバリーヒルズに所有していた3軒の邸宅を売り払い、「海辺のビバリーヒルズ」と呼ばれるマリブで本腰を入れたモバイルホーム生活を送っていた。

 

 

 

毎年、アメリカ人が住みたい街のトップ10に入るコロラド州ボルダーでは、エルドラドキャニオンをはじめとする自然の景観を守るため、厳しい住宅規制が敷かれている。控え目な一軒家でも1億円(下図住宅は3ベッドルーム&3バスで2億円超)。とうてい手が届かないが、何としてもボルダーに住みたいという人たちが購入するモバイルホームは、それでも2,000万円もする。むしろ州都であるデンバーのほうが安く住宅を確保できる状況だという。

 

 

 

 

 

 

とはいえ、全米貧困州トップ10に入る州とモバイルホームを多く抱える州は、サウスカロライナ州を除いて、ほぼかぶっている。モバイルホームはあくまでも仮の住まい、貯蓄をしていずれは土地付きの一軒家かアパートメントの購入を夢見ていた中間層の希望は、リーマンショックで完全に打ち砕かれることになる。リストラやコストカットで貧困層に転落した彼らを襲ったのは、「大学院を出ていても最低賃金の職に就くことにすら苦労する」といった厳しい現実だった。結果、モバイルホームにすら住めなくなり、半ばホームレスのように屋根のある場所を転々とする生活……そんな状況下で、8歳の息子のために、最貧困から抜けだしてモバイルホームを手に入れようと必死に奮闘する母の姿を描いたのが、本作”Mobile Homes”である。

闘う母を演じるのは、イモージェン・プーツ。ピーター・ボグダノビッチ監督13年ぶりの新作『マイ・ファニー・レディー(2014)』では、高級娼婦から人気女優へと華麗に転身する天真爛漫な女性をキュートに演じ、故アントン・イェルチンと共演した『グリーンルーム(2015)』では一転、極限の状況をたくましく生き抜くミュージシャンに扮して全く違う顔を見せた。本作では、アル中気味の彼氏との関係を断ち切ることができない一方で、8歳の息子を何としても守らなければという強い責任感で困難に立ち向かう若い母親を静かに力強く演じる。母子を振り回す彼氏役は、『グリーンルーム』でイモージェン・プーツとは共演済み、マーク・ウェブ監督の『さよなら僕のマンハッタン』で父子の確執を乗り越え成長する青年を演じたターナー・カラムが務める。家という場があって生まれる絆すら持たない不完全な家族の行く末にのせ、現代アメリカの抱える白人の貧困問題の一端を巧みに切り取ってみせた監督のウラジミール・デ・フォンテネは若干31歳の若者であるという点も含めて注目の作品である。

《参照》
https://theplaylist.net/mobile-homes-exclusive-trailer…/
https://www.bbc.com/news/magazine-24135022
https://www.citylab.com/…/why-mobile-homes…/543906/
https://www.architecturaldigest.com/…/matthew…/all

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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