[605]『BPM ビート・パー・ミニット』とAIDSの時代の映画的挑戦


[605]『BPM ビート・パー・ミニット』とAIDSの時代の映画的挑戦

 いよいよ3月24日から、日本でも『BPM ビート・パー・ミニット』(120 battements par minute, フランス映画, 2017年)が公開される。ロバン・カンピヨ監督にとって長編第3作にあたるこのフランス映画は、第70回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したほか、先日行われたセザール賞でも作品賞、助演男優賞(アントワン・ライナルツ)、若手男優賞(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)、脚本賞(ロバン・カンピヨ)、編集賞(ロバン・カンピヨ)、オリジナル音楽賞(アルノー・レボティーニ)の6部門に輝いた話題作だ。2017年にフランスで公開された作家系映画の中では、最大の興行収入を上げたヒット作でもある。

 本作は、1990年代のフランスを舞台に、AIDS患者のサポートやこの伝染病に対する無理解・無関心を告発するアクティビストグループACT-UP Parisの活動を追っている。カンピヨ監督自身がこの時期実際にACT-UPの活動に深くコミットしており、その個人的経験に基づいた当時のAIDS流行に対する恐怖、そして同性愛者に対する偏見が作品に影を落としている。

 カンピヨ監督は、1962年、モロッコ生まれだ。彼が最初にAIDSを知ったのは1980年代初頭のこと。当時田舎に暮らしていた彼は、まださほど明確な同性愛者の自覚がなかったものの、ボーイフレンドはいたとのこと。リベラシオンではじめてカポジ肉腫についての記事を読み、同時にパリ・マッチで映画にも登場する写真(主要ネット局ではじめてインタビューを受けたAIDS患者ケニー・ラムソーのもの)を見て衝撃を受けたと述べている。カンピヨは、AIDSの恐怖から逃げ出すため1983年にIDHECに入学し、映画の世界に没入したとのことだ。そこで彼は編集コースを専攻、後に『パリ20区、僕たちのクラス』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞するローラン・カンテと出会い、彼と共にフリッツ・ラングやブレッソンらの映画に熱狂した。

 だが、卒業後テレビの仕事に従事していた彼に転機が訪れる。AIDS感染拡大を目の当たりにしたカンピヨは、1992年、ACT-UPへの参加を決意したのだ。このグループでの経験は、カンピヨにとって『BPM』を製作した直接の契機であり、最も重要な土台ともなった。

カンピヨ:私は1992年にACTUPに参加しました。その時の記憶は、この作品で極めて重要な位置を占めています。もちろん、そこに手を加えフィクションの物語を作り上げてはいます。私に興味があったのは、コミュニティ内部での人々の関係性であり、そして彼らが集まってもはや孤独ではない状態となり、無視されない政治的な力を作り上げるプロセスです。私があのグループに参加した時、そこでは多くの出来事が起こりました。幾つかは理解できましたが、別の幾つかは当時は理解できませんでした。人々はディスカッションに参加して多くの活動を行っていました。たとえ、毎週行われるミーティングには60-80人程度の人しか参加していなかったとはいえ、そこには人生があったのです。この映画は、個人の限界を超えようというアイディアの周りに築かれた一つのコミュニティの闘争を描いています。私たちは志の高い行動を実現するための小さな軍隊だったのです。

 ACT-UPでの経験は、『BPM』に<ディスカッションの映画>としての顔を与えたばかりではなく、カンピヨにとって映画そのものへの考察、AIDSの時代に映画を作るという問題に結びつくものでもあった。

カンピヨ:私はロメールやゴダールの映画が大好きですが、彼らの作品には同性愛があまり登場しません。それに加えて、AIDSは映画にとっても難題であるように思えたのです。つまり、ラブシーンでコンドームを付ける描写を入れればシーンの雰囲気が壊れてしまうからです。そこで私は思いました。私はのろまな人間なのですぐに解決法は思いつかないけど、この感染病を映画の正当な主題にするために、私は昔ながらの映画手法にとっては不純とされるような方法をたくさん取り入れてやろうって。こうした多くの問題を、私は『BPM』を作りながら一つ一つ解決していきました。

AIDSに関する映画としては、『フィラデルフィア』はもちろん見ました。私の映画とは全く違っています。両者を比べようとは思いませんが、あの当時にあの作品が存在したことはとても重要でした。フランスには同じものがなかったのですから。フランスで最初にAIDSを大きく扱った作品としては、『野性の夜に』(シリル・コラール監督主演、ロマーヌ・ボーランジェ共演、1992年)がありましたが、私は全く好きになれませんでした。それはヘテロセクシャルのカップルの物語で、男はバイセクシャルでありHIVポジティブでした。そして彼はガールフレンドを汚してしまう。この映画にメッセージがあるとすれば、それは愛があればコンドームを使わなくて良いというものでしょう。だから私はこれに反対でした。当時、ACT-UPに参加していたのですから。私はこの映画のメッセージが愚かだと思います。それはとてもフランス的なのです。つまり、愛があるならリスクを取るべきで、そこに何の問題もないって考えが背後にあります。実にロマンチックで愚かであり、この映画が実話に基づいていたことが一層物事を悪くしていました。

 スタイル的には、『BPM』はフランス伝統のナチュラリズムの系譜に属しているが、彼は自作に対してしばしば指摘されるダルデンヌ兄弟との類縁関係よりは、フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーに親近感を感じているとのことだ。

カンピヨ:フレデリック・ワイズマンの作品は現実に対してとてもエモーショナルだと思う。彼の映画では、全ての人々があたかも完全に平等であるように感じられるのです。私の映画は、しばしばダルデンヌ兄弟の作品と比較されますが、私はあまり同意できません。しかし、ワイズマンの作品には近いものを感じます。例えばセックスシーンで私はあまり事前に準備を行わず、実際に撮影するテイクも少なくして意図的に荒っぽさを取り入れました。撮影のジャンヌ・ラポワリーと相談して、私たちはきわめて素早く撮影を行ったのです。撮影現場について三十分後にはその日最初のテイクを撮影しました。3台のカメラをテレビの生放送のように回しました。勿論その最初のテイクはとても酷いものですが、そこで何が問題なのかを私たちは見つけることができるのです。そして、最初のテイクでは俳優たちはまだ即興的に演技しており、最後のテイクではよりプロフェッショナルな演技を見せてくれますが、私は意図的にそれらを編集で混在させました。わたしはワイズマンのように、俳優たちが演技するドキュメンタリーを作ったのです。

 だが、『BPM』の美学的な最大の魅力は、それが狭義のナチュラリズムにとどまらず、現代的な挑戦(たとえばセックス場面でのコンドームの使用など)を取り入れつつ、さらに多様なスタイルや手法を積極的に作品へと組み込もうとする姿勢にある。この作品は、その内容にとどまらず形式面においても多様性へと開かれた映画であるのだ。

カンピヨ:私は様々なフォルムが次々に変容していくようにこの作品を作ろうと思いました。と言うのは、私たちは普段の生活で様々な気分の中で次から次へと移り変わっていくからです。例えば、ある時には恋をして、ある時にはドラッグを使う、ある時にはクラブに行く。こうした異なる瞬間において、世界は違った姿で私たちの前に現れるのです。私が映画で再現したかったのは、この多様性です。私にとっては、例えば活動家の集会があり、そこでは人々が議論しており、そしてディスコがあり、クラブがあり、そこでは人々がダンスしている。そこは夢のような世界である。こうした全てがそれぞれ平行して存在していたのです。

ビジュアル的には、コルシカ出身の画家ジャン=ポール・マルシェシの絵画(※)に少し影響されました。彼はまるで錬金術師のように火を使って絵を描きます。私はそれにインスパイアされて、ウィルスが現れる時の光の中の粒子の映像を思いついたのです。この映画を作る時には、抽象画にとても強くインスパイアされました。なぜなら、私は映画を別のレベル、とても詩的なレベルに移したかったからです。とりわけクラブの場面で、そうした試みを行いました。あの場面では、人々の間の空気を描きたいと脚本の段階から考えていたんです。人々だけじゃなく、その間にある空間を描きたいと思いました。でも、それを実現するには、映像として写る粒子を見つけなければいけない。何故なら空間そのものは写らないからです。

クラブでの撮影では、映画のために埃や何かの粒子を使ってはいません。残念ながら、あれはそのままクラブの中の空気そのものなんです。私たちはただスポットライトを当てただけなのです。だからディスコに行くとはマスクをした方が良いですよ。私はとても驚きました。なぜなら、それは私たちが無理矢理作り出したものではなく、そこにあるものを発見しただけだった。にもかかわらず、それはまるで魔法のような映像になったからです。私自身、あの映像にとても魅了されました。


http://www.marcheschi.fr/

参照:
http://www.lemonde.fr/cinema/article/2017/08/22/robin-campillo-il-m-a-fallu-du-temps-pour-parler-du-sida_5174990_3476.html
http://www.premiere.fr/Cinema/News-Cinema/Robin-Campillo-L-epidemie-du-sida-m-a-eloigne-du-cinema
http://cineuropa.org/ff.aspx?t=ffocusinterview&l=en&tid=3122&did=328989
https://www.theguardian.com/film/2017/may/20/120-beats-per-minute-review-passionate-and-defiant-account-of-80s-aids-activism
https://www.filmcomment.com/blog/interview-robin-campillo/
https://www.challenges.fr/cinema/festival-de-cannes/qui-est-robin-campillo-l-elegant-realisateur-de-120-battements-par-minute-grand-prix-du-jury-a-cannes-2017_555077

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

大寺眞輔(映画批評家、早稲田大学講師、その他)
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