中国にまた一つ新たな映画祭が誕生した。2017年10月28日から11月4日まで、ユネスコ世界遺産にも登録されている平遥(ピンヤオ)を舞台に開催された平遥クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン国際映画祭(以下、平遥国際映画祭)だ。世界中で開催される中小国際映画祭の数は、この二十年あまりの間に急増し、それはすでに必要十分な市場規模を超え飽和状態にあると言って良いかもしれない。しかし、平遥国際映画祭は、それらと一線を画す顕著な特徴を備えており、世界の映画ファンに新たな希望をもたらすものとして注目されているのだ。

 平遥国際映画祭は、日本では北野武の最新作『アウトレイジ 最終章』が公式上映され、東京フィルメックスのプログラム・ディレクター市山尚三が審査員として招かれたことでも話題を呼んだ。だが何よりもまず、中国政府から正式に認可された初めての私企業による映画祭であること(これは中国において画期的なことだ)、そしてその主宰者が国際的映画監督ジャ・ジャンクー(賈樟柯)であり、ベネチア国際映画祭などでディレクターを務めてきたマルコ・ミュラーがアート・ディレクターを務めたことにおいて特筆されるべきだろう。

 映画祭の正式名称に付けられた「クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン」は、アン・リー監督作『グリーン・デスティニー』の英語題(Crouching Tiger, Hidden Dragon)から取られたものだ。中国を代表する女優ファン・ビンビンがイメージ大使を務め、この映画祭のために1500席の野外劇場や500席のメイン会場を含む映画祭専用上映施設が建設された。アルノー・デプレシャンやブリュノ・デュモン、リチャード・リンクレイター、リューベン・オストルンド、アンドレイ・ズビャギンツェフら錚々たる作家たちの新作が上映され、ヴィヴィアン・チュイの『天使は白をまとう』(東京フィルメックスでも上映された)などが賞に選ばれた。また、臥虎藏龍東西方文化交流貢献大賞がジョン・ウー監督に与えられている。

 ジャ・ジャンクーは、1997年に北京電影学院の卒業制作『一瞬の夢』で監督デビューした。その後、2006年『長江哀歌』で第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、2013年『罪の手ざわり』で第66回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞するなど、映画監督としてすでに国際的な名声を確立している。そのジャ・ジャンクーが、今国際映画祭を創設したのは何故だろうか。そして、その試みは中国映画、さらには世界のアート・ハウス映画にとってどのようなインパクトをもたらしうるものであるのだろうか。平遥国際映画祭の開催意義について、ジャ・ジャンクーとマルコ・ミュラーが答えたインタビューから抜粋して紹介したい。

[平遥国際映画祭の目的]

ジャ・ジャンクー:この三、四年間、わたしは映画祭を立ち上げることを考えてきました。その理由は、毎年作られる中国映画の数が増加する一方だからです。一年間で200本作られていた中国映画は、近年では800本にまで増えました。こうした中、一般観客から注目されるのは商業映画の大作ばかりです。多くの貴重な、そして興味深い映画たちが、膨大な映画の数の中に埋没し、発見されることが困難になっています。観客や批評家、そして映画業界の人間が現在の中国で作られている驚くべき映画を発見するためのプラットフォームを作るのはとても重要なことだと私は思いました。デジタル・プラットフォームは、私たちに膨大な数の映画へのアクセスを可能にしました。はじめ、これは凄いことだと私は考えましたが、やがて、何らかのレコメンドがなければ人々は単に東欧やアジア、南米、またはアフリカで作られる映画を見なくなってしまうのだと気付きました。こうした映画を発見するための場所を作る必要があるのです。映画祭という形態はもう時代遅れではないかと考えたこともあります。しかし実際には、情報やデータで飽和したデジタル時代において、映画祭はいまだ映画を発見し価値付けるための実に有効な方法であるのです。この映画祭に参加した人々が、クロエ・ジャオの『The Rider』や、Elizaveta Stishovaの『Suleiman Mountain』について話しているのを私は聞きました。映画祭を通じて、こうした作品に人々が注目するのは本当に素晴らしいことだと私は思います。

マルコ・ミュラー:平遥国際映画祭は、中国で開催される北京国際映画祭や上海国際映画祭といった巨大な公式イベントに対するオルタナティブとしてきわめて重要な意義を持っています。映画を発見するばかりでなく、作品について議論し育てるための親密で同時に陽気な雰囲気がこの映画祭には備わっているのです。こうした雰囲気は、大きな映画祭では近年望めないものになってきました。ここでは、人々は見た作品や将来のプロジェクトについてお互いに語り合っています。私たちにとって、これはとても重要なことです。
ジャ・ジャンクーが、この映画祭を運営するためきわめて賢明に自分の会社を運営していることも重要です。平遥国際映画祭は、地方自治体ではなく個人組織が運営し、政府から公式に認可された中国において初めての映画祭なのです。(北京と南京にもインディペンデント映画祭がありましたが、これらは非合法なものであり、現在は開催されていません。)もちろん政府の承認は必要ですが、それでも私たちは大きな決定権を手にすることになりました。映画祭が始まるまで、平遥という街には中国とアメリカの大作ばかり上映する複合映画館が2館あるのみでした。それが今では、地元の人々は大きなスクリーンで全く違ったタイプの映画を見ることが出来るのです。

[アート・ハウス映画の上映]

ジャ・ジャンクー:中国には、一年間で上映が許される外国映画の輸入割り当て本数の制限が存在します。そして、中国で配給される外国映画の大半はハリウッドの大作映画なのです。こうした作品にはもちろん需要がありますが、私たちがやろうとしているのは、別の種類の映画を中国の観客に紹介することです。そうした映画に対する需要が生まれることで、そこではじめて割り当て本数にも変化が生まれると思うのです。

マルコ・ミュラー:昨年、中国でアート・ハウス映画同盟が創設され、その成果としてインディペンデント映画の輸入割当数が大きく増加しました。これは大きなニュースです。ジャ・ジャンクーによれば、中国のインディペンデント映画はあと数年で5000万人の観客を持つと見込まれているそうです。中国という国において、この数は決して大きなものではありません。しかし、アート・ハウス映画の世界においてはとてつもないインパクトをもたらすものです。この映画祭を通じて、私たちは中国の映画配給業者に彼らがそれまで注目してこなかったインディペンデント映画が観客にどのように受け止められるか実際にテストしてみる機会を与えることができます。

[検閲について]

ジャ・ジャンクー:中国には映画に対する検閲が存在しますが、しかしそれは必ずしも一方的なものではなく、少なくとも私たちの映画祭に関する限り、交渉の余地が残されていました。実際、当初は検閲で却下された何本かの作品も、当局との議論の末、上映が許可されたのです。こうしたプロセスを繰り返すことで、やがて映画に対する検閲が緩められるという効果も生まれてくるかも知れませんね。

マルコ・ミュラー:この数年で、中国の映画検閲は中央政府ではなく地方行政の管轄になりました。このため、官僚制が抑制され、物事がシンプルになったのです。例えば、数多くのヌードシーンを含むアルノー・デプレシャンの『イスマエルの亡霊たち』に対して、私たちが修正を求められたのは陰毛のクロースアップがあるわずか7秒のシークエンスのみでした。検閲側によると、これらの作品には高い芸術性が備わっており、ヌード場面の存在を正当化しているとのことです。つまり、彼らには理解しようとする姿勢があるのです。勿論、上映が却下された作品もありますし、私たちの側で最初から諦めてしまった映画もあります。しかし、検閲の側と相互に信頼を確立し、理解し合うことこそが重要だと私は考えています。そして、この試みは成功したのです。私たちは北野武の最新作を巨大なスクリーンで野外上映しました。これは画期的なことでした。

[中国におけるシネフィルの存在について]

ジャ・ジャンクー:中国では、インディペンデント映画への興味がますます高まっていると私は信じています。たとえば、何本かのインディペンデント映画は、今年大きな興行的成功を収めました。

マルコ・ミュラー:世界中どこでもそうですが、中国でも映画批評はいまや紙メディアではなくオンラインで読まれるものになりました。メインストリームのメディアは映画を娯楽とのみ考え、それ以上の価値を認めていません。それ故、ショウビズやセレブリティ・カルチャーとしてのみ映画をとらえているのです。こうした媒体には、映画批評やレビューは存在していません。

[監督業にとどまらず、製作や配給、映画祭、そしてアートセンターを創立しようとするジャ・ジャンクーの幅広い活動について]

ジャ・ジャンクー:最初、私はその才能を伸ばしたいと思う映画作家たちの作品をプロデュースすることからはじめました。このためには、多くの時間や情熱、そしてリソースが必要になります。だから私は、会社や組織を立ち上げ、若い映画作家たちにとって土台となるような場所を作ろうとしたのです。この結果、私自身も自分の作品に注力できる時間をより多く手にすることが出来るようになりました。

参照:
http://en.pyiffestival.com/

Pingyao Year Zero: A Report from China’s First Authority-Approved, Privately Operated Film Festival


http://reverseshot.org/archive/entry/2398/pingyao_jia_zhangke
https://www.filmcomment.com/article/jia-zhangke-pingyao-film-festival/
China’s Art House Alliance Strives to Increase Film Diversity
http://www.bfi.org.uk/news-opinion/sight-sound-magazine/comment/festivals/year-zero-pingyao-international-film-festival
http://j.people.com.cn/n3/2017/0926/c95961-9273948.html
http://j.people.com.cn/n3/2017/1031/c206603-9286726.html

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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