9/18日より劇場公開され話題となっているクリストファー・ノーラン監督(1)の映画「TENET テネット」(2)。「難解だ」「これは映画と言えるのか」等賛否両論だが、ごく簡単に物語を説明すると、世界を救うという使命を与えられた男(ジョン・デビッド・ワシントンー「ブラック・クランズマン」等、父は俳優のデンゼル・ワシントン)(3)が未来から時間を逆行してやって来た敵と世界各地で戦う物語だ。撮影で使用されたカメラはIMAXカメラ 6台(MSN9802 3台, MKⅣ2台, MKⅢ)(4,5)とラージフォーマットフィルムカメラ( ARRIFLEX765, 765 STUDIO/ 65mm Panavision High Speed 原文ママ)(6)(7)。IMAXフィルムカメラとはカナダに本社を置くIMAX社が所有する大型カメラで、通常の35mmシネフィルムの約7.3倍の撮像面積を持つ65mmのフィルムを使用してより鮮明な映像を撮影出来る様になっており、諸説あるが解像度としては18~12K前後だと言われている(上映時音声トラック5mm分を含めてプリントし計70mmとなる。IMAXの画面比は1.43:1で、通常映画館で鑑賞する1.90:1~2.40:1等よりも縦幅が長い為、IMAXカメラで撮影された映画も画面の上下がカットされて上映されていたりする。IMAXのフルサイズ映像[デジタル/4Kツインレーザープロジェクター]を見れる映画館は現在日本では、グランドシネマサンシャイン池袋と109シネマズ大阪エキスポシティのみとなっている)。撮影を担当したのは「インターステラー」「ダンケルク」に続いて3度目のタッグを組んだスイス生まれのホイテ・バン・ホイテマ撮影監督(8)。順行する時間と、未来から過去へ向かう逆行時間の2つを同じフレームの中に共存させたホイテマ撮影監督は「ノーラン監督とはずっとIMAXカメラなどのラージフォーマットカメラで映画に取り組んで来た。このカメラは私達に妥協なく物語を映像で語ることを助けてくれる。良い物語には然るべき語られ方があるんだ。我々は「ダンケルク」で試みた限界をさらに超えて、カメラ・レンズ・カメラヘッド等あらゆる機材、道具を改良し、困難だがしかし最も物語るのに正しいと思われるポジションにカメラを置いた」と語っている。ノーラン監督はホイテマ氏に関して「カメラマンと監督の関係は、主演俳優と関係を作るのと同じ様に重要だ。ホイテマ撮影監督とは3度目の仕事になるが、とてもクリエイティブに話し、直感を働かせてミュージシャンがセッションする様に関係を築いて来た。彼の感性や知性は、困難なことを実現させることを絶対に諦めないエンジニアと芸術家が掛け合わさった様だ。素晴らしい撮影監督は芸術的な探究と困難な技術を実現する能力を兼ね備え、物語を映像で成立させる事を助けてくれるんだ」と言う。「テネット」におけるホイテマ撮影監督とノーラン監督の映像的な試みを探ってみたい。

 

ホイテ・バン・ホイテマ氏は1971年スイスのホルゲン生まれ。10代の頃、映画制作に携わりたくてオランダのフィルムスクールを2回受験したが2回とも落ち、石鹸工場や木工品工場で働いていたという。その後祖父の故郷であるポーランドに母と兄で旅行した時、そこで偶然知り合った人にポーランドにも良い映画学校があると聞きウッチ映画大学に入学、撮影技術を学んだ(9)。在学中は教鞭を取っていたクシシュトフ・キェシロフスキ監督(10)にも教わったと言うが、3年次に退学し、ドキュメンタリー撮影やノルウェイで低予算映画に参加した。この時に知り合ったスウェーデンで仕事をしているプロデューサーの依頼で、同国の連続ドラマや映画「ぼくのエリ 200歳の少女」(トーマス・アルフレッドソン監督)の撮影を担当し、その後撮影した同監督の「裏切りのサーカス」でアメリカ撮影監督協会(ASC)や英国映画テレビ芸術アカデミー賞(BAFTA)の撮影賞にノミネートされる事となる。これまで撮影を担当した主な映画は他に「ザ・ファイター」(デビット・O・ラッセル監督)、「her/世界でひとつの彼女」(スパイク・ジョーンズ監督)、「007 スペクター」(サム・メンデス監督)、「アド・アストラ」(ジェームズ・グレイ)等がある。

 

 

「テネット」の撮影に関しては出来るだけVFXを使わず、中古のボーイング747を買って実際に激突炎上させたり、順行時間と逆行時間を同フレームに混在させるため俳優達は時に逆再生の芝居をし、助監督達によって事前準備時に訓練されたエキストラ集団やスタントマンが扱うこの映画の為に改造された車は逆方向に猛スピードで走ったりした(11)。テネットで行われた撮影の仕方は4通りで、①カメラを通常通り廻し、通常再生する方法/②カメラは通常廻しで、再生を逆にする/③フィルムを逆回転にして撮影し、俳優は通常通り動く/④フィルムも逆回転で廻し、俳優も逆の動きをする方法だ。ホイテマ撮影監督は「IMAXカメラでの逆回転撮影は過去に経験がなく、その為にカメラの内部の電気部品を調整する必要があった。フィルムが大きいのでカメラ内で絡まり易く、様々な箇所を見直す事となった」と語っている。シーンごと強調したいものによりこの4つの方法を組み合わせて撮影したというが、通常撮影で絵になったものが逆再生でも良い映像になるとは限らなかった為、現場で収録した物を随時再生/逆再生確認しながら撮影を進めたという。実現不可能な逆行現象のみ合成し、可能な限り新たな撮影方法を開発して実際起きた事を撮影するというノーラン監督の方針で、俳優が自力で逆方向に動けない時や、逆方向に物が飛ぶ時はワイヤーロープが使われポストプロダクションでそれらは消す事となった。合成など含め最終的に「VFXカットは300カット以下であり、おそらくロマンティックコメディ映画などよりも少ないはずだ。僕らは時間の常識に囚われている。カメラはそれを解き放ってくれるんだ。つまりはカメラによって時間を自由に視覚化させる、それがこの映画の中心にある考えだ」とノーラン監督は語る(参考までに「アベンジャーズ/エンドゲーム」のVFXカットは2000以上。ノーラン監督の「バットマン ビギンズ」のVFXカットは620、「ダークナイト ライジング」は450、「インセプション」は約500のVFXカット)(12)。「IMAXカメラは壮大さを演出する為に使用されたが、それは俳優達などに対する深密さとも関係している。俳優達に出来るだけ近づいて撮れる様にレンズの最短焦点距離を短く改良し、登場人物達や物事の些細な変化も写し撮り、もの静かなシーンでもIMAXカメラがどの様に力を発揮するか探究する様に撮影したんだ」とホイテマ撮影監督は語っている。

 

 

(1)https://www.imdb.com/name/nm0634240/?ref_=tt_ov_dr

(2)https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html

(3) https://www.imdb.com/name/nm0913475/?ref_=ttfc_fc_cl_t5

(4)https://www.imax.com

(5) https://hinsdalecentralfoundation.org/index.php/martin-mueller/

(6) https://www.imdb.com/title/tt6723592/technical

(7)https://issuu.com/icgmagazine/docs/august2020

(8)https://www.imdb.com/name/nm0887227/?ref_=nmbio_bio_nm

(9)https://teamdeakins.libsyn.com/hoyte-van-hoytema-cinematographer

(10)https://www.imdb.com/name/nm0001425/

(11)https://amzn.to/2S0UyOL

(12)https://www.indiewire.com/2020/08/christopher-nolan-tenet-under-300-vfx-shots-1234578375/[


戸田義久

普段は映画・ドラマのカメラマンの仕事をしています。新作はドラマ「荒ぶる季節の乙女どもよ。」/映画「ゴーストマスター」「21世紀の女の子 離ればなれのの花々へ」「夕陽のあと」等。

https://vimeo.com/todacinema

 


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