[549]『追悼』アンヌ・ヴィアゼムスキー


 

    10月5日、『中国女』などで知られる、ヌーヴェル・ヴァーグで愛された女優であり、優れた小説家でもあったアンヌ・ヴィアゼムスキーがガンで亡くなった。70歳であった。 ゴダールの元結婚相手でもあった彼女の自伝的小説である’Un an apre’は、ミシェル・アザナヴィシウス(Michel Hazanavicius)監督が’redoubtable’というタイトルで映画化し、今年のカンヌでプレミア上映、賛否両論を引き起こした。(以前World Newsでインタビュー記事掲載*1)

    アンヌ・ヴィアゼムスキーは1947年、ベルリンで生まれた。彼女の家族は輝かしい経歴をもつ。父親はロマノフ朝以前にロシアを支配したリューリク朝に遡る、ロシアの古い亡命貴族の家系で、外交官の仕事をしていた。*2  母方の祖父は1952年にノーベル文学賞を受賞したフランソワ・モーリヤックである。父親の仕事でジュネーブや、ベネズエラの首都カラカスなどに住んでいた彼女は、10代のとき家族でパリへ引っ越してくる。

    当時17歳のアンヌは、家族の友人であった女優であり、作家のフロランス・ドレ(『ジャンヌ・ダルク裁判』,1962に出演)によってロベール・ブレッソンに紹介される。そしてアンヌの名を一躍轟かせることになる、『バルダザールどこへいく』(‘Au Hasard Balthazar’)が製作される。

 

 

「ロベール・ブレッソンは映画の聖人の一人だ。」アメリカを代表する批評家、ロジャー・イーバート(Rogert Ebert)は述べる。「そして『バルダザールどこへいく』は、そのもっとも胸をうつ祈りである。」*3

ブレッソンは演者に自然で表現しない演技を求めた。 「私はすでに彼が求めていたような女優でした。なぜなら私の声は生まれつき抑揚がなかったので。」彼女は2011年のタイム誌のインタビューに答えている。 「私は思春期をぬけたところでした。ですから自分が人生で何をしたいのか、まだよくわからなかったのです。そんな時、なんでも知っているかのように見える他人の手のひらの中にいることは、とても安心できました。ですから、私が女優を続けることを決めたのは誰かの願望のための『手段』として、その手の中にいること、その経験が与えてくれた喜びのせいでした。」*4

劇中でアンヌが演じるひ弱な少女マリーと、彼女が愛情をかけるロバのバルタザールとの絆は、ある意味で彼女とブレッソンの間の関係とパラレルであったと言えるかもしれない。彼女の2006年の著作である 『少女』 (2010)(’Jeane fille’)によれば、ブレッソンはアンヌにある種の恋愛感情を抱いていたようである。

「映画監督が女優を手に入れたいという誘惑を持つ、ということを語ることはほとんど陳腐なことですが、」彼女は2007年に述べている。ブレッソンと私の間に存在した感情は、パゾリーニと『テオレマ』を作っている時にも経験しました。それは良い演技を引き出しえます。しかしパゾリーニは同性愛者でした。つまり、いつも一緒に寝ることを意味するのではない、ということです。」*3

 

    20歳の時、アンヌは17歳年上のゴダールと出会う。そして『中国女』(’La chinoise’)を撮影中、彼らは結婚する。彼女がパリで毛沢東思想に傾倒し、革命運動に身を投じる女子学生を演じた同作品は、1967年に公開された。-パリ5月革命の前年のことである。

そのあとも、ブラックコメディーである、『ウィーク・エンド』(1967)、ローリング・ストーンズに迫った『ワン・プラス・ワン』(1968)など、ゴダールとアンヌは映画を作り続ける。ゴダールの他にも、フィリップ・ガレルの『秘密の子供』(1979)(‘L’enfant Secret’)、ピエル・パオロ・パゾリーニの『テオレマ』(1968)(’Teorema’)や『豚小屋』(1969)(‘Pigsty’) にも出演している。

しかし、ゴダールが1968年の社会騒乱に没入するにしたがって、結婚生活はギスギスしていった。 「進めば進むほど、私たちの道は別れていった。」 アンヌは今年の始めに、AFPのインタビューに答えている。2人は1979年に別れることになる。*5

 

    アンヌは1980年代から女優としてではなく、小説家としても多くの作品を発表してきた。そのスタイルは自伝的で、ゴダールとの結婚生活を描いたものには、『彼女のひたむきな12ヶ月』(2016) (’Une Année Studieuse’)と前述した’Un An après’がある。また94年には、クレール・ドニ(Claire Denis)と共同脚本した’US Go Home’ (1994)が公開されている。この映画の脚本は、国外で育ち、10代の時に’60年代フランスにとけ込もうとした2人の共通の経験が下敷きになっている。*2

彼女の小説は数々の賞を受賞しており、 ‘Canines,’ (1993)ではゴンクール賞を、’Une poignée de gens’ (1998)ではアカデミー・フランセーズ小説大賞にも輝いている。*3  邦訳が出ているものは、前述『少女』、『彼女のひたむきな12ヶ月』、他に『愛の讃歌』(1999)がある。

 

    後年、彼女が後悔していたことがあるという。ブレッソンが初めて『バルダザールどこへいく』にキャスティングした時、マリー役にはすでに他の女優が決まっていた。

「彼女は私のために役を失った。だから私は今でも、無名のその女の子に心の痛みを感じているの。」 もしヴィアゼムスキーがブレッソンにキャスティングされていなかったら…。そんな想像を許さないほど彼女が果たした功績は大きい。

 

参考

*1, ‘redoubtable’インタビュー記事 http://indietokyo.com/?p=6798

*2, https://www.avclub.com/r-i-p-anne-wiazemsky-writer-actress-and-star-of-au-1819239688

*3, https://www.washingtonpost.com/local/obituaries/anne-wiazemsky-french-actress-writer-and-muse-of-filmmakers-dies-at-70/2017/10/07/fffbf984-aac4-11e7-b3aa-c0e2e1d41e38_story.html?utm_term=.aab728e87ea2

*4, https://www.nytimes.com/2017/10/05/obituaries/anne-wiazemsky-french-film-star-and-novelist-dies-at-70.html

*5, https://www.theguardian.com/film/2017/oct/05/anne-wiazemsky-french-actor-novelist-and-muse-to-jean-luc-godard-dies-aged-70

 

村上 ジロー World News担当。国際基督教大学(ICU)在学中。文学や政治学などかじりつつ、主に歴史学を学んでいます。歴史は好きですが、(ちょっと)アプローチを変えて映画についても考えていきたいと思ってます。


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