『パラサイト』で幅広い層から注目を集める韓国映画だが、今回のWorld Newsでは、ロッテルダム国際映画祭にてブライトフューチャーコンペティションを受賞した韓国映画『Moving On(英題)』を紹介したい。今作が初の長編作品となったユン・ダンビ監督のインタビューからは、韓国のインディーズの状況も垣間見える。

1990年に韓国で生まれたユン・ダンビは、短編『Fireworks』(2015)により、地元のインディペンデント短編映画祭や韓国ユースフィルムフェスティバルで注目を浴びる。その後2017年には檀国大学校の大学院に入り、その卒業制作として企画が始まったのが『Moving On』であった。今作は2019年の釜山国際映画祭で4つの賞を受賞し、この賞金により大学からの支援金を返済して、権利を回収。映画は配給会社M-Lineから、8月に韓国で公開される予定だ。(1,3)ロッテルダム国際映画祭の公式サイトには以下のように紹介されている。

オクジュと弟のドンジュ、そして父親の3人は、ほとんど知らない祖父の家へ、学期の終わりに引っ越すことになった。しかしそれは決して祖父の生活のサポートをするためではなかった。離婚の後の父親はほとんど一文無し、祖父の3部屋のアパートはとても勝手が悪いが、家族にとっての一時的な非難場所なのだ。そして後に、結婚生活が破綻した叔母も同じようにそこに住みつくのである。一つ屋根の下に三世代。かつては一般的な同居の形だったが、それが近年では家族関係の希薄さを物語る。ユン・ダンビは、目立たないながらも鋭く捉えられた瞬間のうちに、現代における家族の意味を探る。この優れたデビュー作は、そのテーマ、スタイル双方の点において、日本の是枝監督を連想させる。」(4)

今作の脚本は、監督のユン・ダンビが担当している。彼女は、「初めて長編の脚本を書いて、少し迷いがあったと思います。」とKOFICのインタビューに答えた。

「インディペンデント映画では、最近おこった事件や出来事からインスピレーションを得ていることが多い気がしませんか?私もはじめは、 「この流行りに乗らないと、観客は私の映画に反応してくれないんじゃないか?」と思いました。でもすぐに考えが変わりました。私はただ自分のやりたいように映画を作ることに集中しよう、自分が求めている道を進もうと。」(2)

そこで映画は自分自身の経験から製作したという。自身は祖父のもとに引っ越したことはないが、祖母が亡くなった時の感情や両親への思いなどは、監督がキャラクター、特に姉のオクジュと共有しているものだという。そうした脚本を手掛けていく中で、物語の方向性にも変化が生じた。

「初めの構想はもっとドラマチックなものでした。しかしカメラマンから、そのアイディアにはとらわれずに、ある家族が再び祖父とのつながりを見出し、そして彼との別れを経験する、そのシンプルな筋に集中すべきだ、とアドバイスされました。」(1)

当初想定していたのは、『パラサイト』に近いブラックコメディ風の映画であったという。(以下、『パラサイト』のネタバレを若干含みます。)

「この映画ははじめ、どうにかして祖父の財産を手にし、そこに住み着きたいと思っている家族の話でした。今考えてみると、ポン・ジュノ監督の『パラサイト』と似ています。家族が祖父の飾石を売るというシーンすらありましたから。 でも私はこの家族に対して、思いやりを持ちつづけたいと思いました。見た目にいい話にしたいというよりはむしろ、誠実さを保っていたくて、それでシナリオを変えたのです。大きな出来事を描くより、本当にまっすぐなものにしたかった。誰かの家に訪れたときのような気分になればいいと思いました。」(2)

そこで、この映画に欠かせない要素となったのが「家」だ。再開発の進む地域から田舎まで、方々を探し回って見つけたのがある古い家だったという。今作の脚本は、この家の空間を軸に手直しが施されていった。

「この家のイメージが人々の心に長く残ってほしいと思いました。[…]それが本当の家のようだったら素晴らしいだろうと思って、それで仁川にあるこの古い家に訪れて撮影を始めましたのです。しかしそれには困難を極めました。映画のトーンを合わせるためには、家の状態を作り替えるよりもシナリオを調整した方がいいと気が付いたのです。彼らがミシンのところで食事するシーンは、家の空間を見た後でシナリオを再調整して作ったものです。」(2)

作中には、古い家だけではなく、蚊帳やミシン、ステレオといった小道具が登場する。

「わざわざ過去のものを使ったというより、実際に家にあるものを見てから脚本に手直しを加えていきました。その結果、こうした昔の感覚が満ちわたっているのです。ノスタルジアというのは、こういう様々な物を使おうという意識や、過去の記憶を呼び覚ましたいという願望から湧き上がって来るのだと思います。」(2)

このような脚本の変化は、監督自身の経験にも見て取れるかもしれない。

「光州にある高校に通っていたのですが、そこでは周りに打ち解けられず、孤立していると感じていました。そんな時、小津安二郎の『お早う』を観て、この人は私のことをよく知っている、私の友達みたいだ、という気がしたんです。私はこの世界にいたい、足を踏み入れたいと思いました。 だから私が映画を作るときも、誰かの友達みたいになれたらいいと思っています。」(2)

「この映画は釜山国際映画祭で上映されましたが、この映画が映画祭の後も生き続けるとは限りません。もしそれがいつか、死んだ状態から掘り起こされたとして、私は(その時も)ただこの映画が良いものであってほしいと思うのです。私は今語るべきことを描くより、この映画が時を超えるようなものであってほしいと思いました。しかし釜山での反応は、自分が想像していたよりも良くて、私の誠意が伝わったのだと気づくことができました。この映画には過去を癒すものであってほしいと思います。私が観客の友達のような存在になれれば嬉しいです。」(2)

新しい世代で注目を集めるユン・ダンビ監督の『Moving On』は、近年の『万引き家族』や『パラサイト』と比較されがちであるが、それらとはまた違った角度から家族を描いた作品のようだ。しかしそのインタビューには、アカデミー賞を受賞したポン・ジュノのスピーチに通ずるところもあるだろう。今作はユン・ダンビ監督にとっての長編第一作であり、これからの活躍が期待されている。

 

※参考

(1)https://www.screendaily.com/features/yoon-dan-bi-talks-award-winning-rotterdam-title-moving-on/5146700.article

(2)http://www.koreanfilm.or.kr/eng/news/interview.jsp?pageIndex=1&blbdComCd=601019&seq=388&mode=INTERVIEW_VIEW&returnUrl=&searchKeyword=

(3)https://iffr.com/nl/personen/yoon-dan-bi

(4)https://iffr.com/en/2020/films/moving-on

 

小野花菜
現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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