『マザーレス・ブルックリン』(2019年)で、エドワード・ノートンは、監督、脚本、主演を務めた。この映画は、1950年代のニューヨークを舞台としている。ボスのフランク・ミナ(ブルース・ウィリス)が殺害され、トゥレット症候群を抱える私立探偵ライオネル・エスログ(エドワード・ノートン)がその事件を解明していくという物語だ。
ノートン監督は、この映画の音楽の中心を担う人物として、ジャズ界の巨匠ウィントン・マルサリスと、レディオヘッドのメンバーでシンガーソングライターのトム・ヨークに協力を求めた。そこには、さらに映画音楽作曲家のダニエル・ペンバートンが加わった[#1]。この映画音楽のジャンルにはジャズが選ばれている。以下は、ノートン監督の言葉である。

「私はジャズのアイデアをとても気に入っていました。そこには、リフを取り入れて探求していき、それを崩して巻きつかせるという即興性や強迫性があるからです。それは、トゥレット症候群を音楽に変換した形式であるかのようなのです。特に、50年代半ばから後半のバップやハード・バップの形式です。ジャズは、映画の実際の物語へのひとつの構成要素であると考えていました。」[#2]

はじめノートン監督は、古い友人のトランペッターで作曲家のウィントン・マルサリスに相談を持ち掛けた。マルサリスは、ニューヨークのジャズ・アット・リンカーン・センターの芸術監督でもある。「クラブがどのようなものであるのか、そして何が演奏されていたのかを正確に描くと、彼は私に自動呼出しをしてきました。」[#3]

「私たちは2年前に話し合いを始めました。曲を考えて、アレンジを書きました。演奏にはジュリアード音楽院の生徒たちを起用しました。優れた若いミュージシャンたちです。」[#4]

アルバムClifford Brown-Max Roachの中の “Blues Walk”、チャールズ・ミンガスの “Jump Monk”、さらには、その他の時代の曲を演奏するために、マルサリスは5人のバンドを編成した。そのバンドはヴェテランと生徒の両方で構成された[#5]。

しかし、ノートン監督は、「ライオネルとローラ(ググ・バサ=ロー)との絆や前向きな関係を創るために、映画における大切なエモーショナルな瞬間」へのバラードを求めた。そのとき、彼はトム・ヨークに電話をした[#6]。

「彼(トム・ヨーク)の歌は、ふたりの切望、孤独、思慕だけでなく、食い違いを表現しています。彼に脚本を読んでもらいました。暗い時代に生きる上での個人的な葛藤、個人的に抱える痛みについて話し合いました。彼は、“Daily Battles”という歌曲を持って戻ってきました。」[#7]

最初、ヨークは、自分が挑戦したいのかどうかについて懐疑的であった。「私はまったくジャズの音楽家ではありません。座ってジャズのアレンジに取り組むことができません。決してできません」とノートン監督に述べたことを振り返った[#8]。

「だけど、引き受けるきっかけを与えられてしまう物語だったのです。物語の大部分は、何も言わず、声を上げず、日々起床して、戻ってまたスタートする普通の人々についての物語だったのです。私は彼に(歌曲を)送りました。だけど、エド(エドワード・ノートン)が、彼らがクラブで踊っているシーンへのウィントンのアレンジのクリップを見せてくれるまで確信が持てませんでした。そのクリップは素晴らしかったです。私が書いた曲は、非常にシンプルで、意図的に冷たいものでした。彼らは、その曲をさらに高めてエモーショナルにしてくれていました。」[#9]

最終のフィルムには、ヨークのヴォーカル・ヴァージョンとマルサリスのアレンジの両方が含まれていた(マイルス・デイヴィスのスタイルのハーマンミュート・トランペットで演奏されている)。ノートンは、脚本の中にヨークの歌詞の引用を加えた。ライオネルが自分の医学的な状態に不満を漏らして、 それに対してローラが“We’ve all got our daily battles(誰もが日々闘っている)”と答えるシーンである[#10]。

クラブでそれらの楽曲を演奏する振りをしながら、マルサリスのバンドのメンバーが実際にスクリーンに映し出される(マルサリスは不在であるが、ノートン監督は次のように述べる。マイケル・K・ウィリアムズの背後で密かにトランペットを持っている」と。ウィリアムズの役はトランペット・マンである)[#11]。

ダニエル・ペンバートンは、『スパイダーマン:スパーダーバース』(2018年)のスコアを書いた後に休息をとる予定だったが、ロンドンにあるチルターン・ファイアハウスでノートン監督とミーティングをしてみると、一緒に仕事をすることに非常に魅力を感じた[#12]。

「彼は、ミーティングでヴァンゲリスの話題を持ち出しました。これは面白いと思った瞬間でした。
『炎のランナー』(1981年)について話し合いました。魅力的な監督だと思いました。『炎のランナー』は、少しばかりスコアのパンチラインであるからです。それは、素晴らしいスコアなので、とてもずるいです。ひとつの時代を反映したドラマを形作るために、非常に勇気ある決断をしています。そして、それはシンセサイザーが使われたスコアです。自分にとって映画とは、古いものを再び蘇らせるというよりは、勇気ある決断、新たな感情の創造であるのです。
彼は、シンセサイザーのスコアを求めてはいませんでした。別の角度からひとつの時代のイギリスのドラマを考えるのとちょうど同じように、別の角度からテーマを考えることを求めていました。別の角度からどにように『マザーレス・ブルックリン』を考えることができるのかを議論しました。どのように直接的に伝統的なノワールのスコアにならないようにするのかについてです。」[#13]

ペンバートンは、ジャズ世界のサウンドを使うこと、サクソフォン、トランペット、ピアノ、コントラバス、ドラムを取り入れること、そして現代的なアプローチをすることをノートン監督に提案した[#14]。彼はそれまでジャズのスコアを書いたことがなかったが、映画を観ると、ジャズ・サウンドで抽象的に彩られてるように感じたからだ。そして、彼はジャズが他の種類の音楽と比べて、抽象的でミステリアスであると述べる。ジャズこそがこの映画には相応しいのだと[#15]。
ペンバートンは、この映画のスコアを「ネオノワール」と呼んだ。現在にのみに存在する音楽であるが、同時にその音楽は映画の時代設定である1950年代で展開されるからだ[#16]。

ペンバートンは、ロンドンのサクソフォン奏者であるトム・チャレンジャーが演奏する独特なリフとパターンをレコーディングし、それに弦楽器と木管楽器をミックスした[#17][#18]。また、彼によれば、楽曲を創作するためにデジタル技術も取り入れている。エレクトロニックの要素の中で伝統的なフィルム・スコアリングとのハイブリッドとなっている。このことによってミステリーを創り上げた。そして、彼は、映画の大部分がライオネルのユニークな状態の本質を捉えようとしているのだと述べる。[#19]。

「ライオネルは、落ち着きがなく、不安定な頭脳を持っています。スコアの中のこの抽象的でアヴァンギャルドな要素は、ライオネルの頭脳に近いのです。安定していなくて、次から次へと絶えず思考を巡らせています」とペンバートンは説明をする。
ペンバートンは、ライオネルとローラには叙情的で美しいメロディの楽句を書いた(後にマルサリスのジャズ・グループによってレコーディングされた)。
さらに、モーゼス(アレック・ボールドウィン)によって体現され、隠されていて腐敗した権力構造を表す “grand orchestra mystery elements(大管弦楽団のミステリー要素)”とペンバートンが呼ぶ音楽を書いた[#20]。

「彼は映画においてつなぐ組織を作り上げてくれました」とノートン監督は、4週間で全体のスコアを書いてプロデュースしたペンバートンについて述べた[#21]。

「音楽を作るのは大きな喜びです。3人の男たちが加わって、彼らと仕事をしている間には案を出し続けていました。」[#22]

【『マザーレス・ブルックリン』のサウンドトラックから“Daily Battles”(トム・ヨークのヴォーカル・ヴァージョン)】

【『マザーレス・ブルックリン』のサウンドトラックから“Daily Battles”(ウィントン・マルサリスのアレンジ・ヴァージョン)】

参考URL:

[#1][#2][#3][#4][#5][#6][#7][#8][#9][#10][#11][#14][#17][#20][#21][#22]https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2019-11-06/motherless-brooklyn-music-wynton-marsalis-thom-yorke

[#12][#13]https://deadline.com/2019/11/motherless-brooklyn-daniel-pemberton-composer-interview-crew-call-deadline-podcast-1202795784/

[#15][#19]https://parade.com/944988/debrawallace/motherless-brooklyn-composer-calls-ed-norton-the-wingman-of-my-dreams/

[#16][#18]http://www.filmmusicmag.com/?p=19822

https://www.hollywoodreporter.com/news/edward-norton-motherless-brooklyns-20-year-journey-big-screen-1237734

https://www.npr.org/sections/world-cafe/2019/11/01/775172545/edward-norton-shares-the-sound-behind-his-vision-for-motherless-brooklyn

https://theface.com/music/daniel-pemberton-composer-black-mirror-peep-show-motherless-brooklyn

https://variety.com/2019/artisans/production/edward-norton-motherless-brooklyn-crew-1203379011/

https://www.npr.org/2019/11/27/783275124/edward-norton-on-urban-planning-and-slow-cooking-motherless-brooklyn

https://www.npr.org/transcripts/783275124

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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