トッド・フィリップス監督による2019年の映画『ジョーカー』の音楽は、アイスランド出身のチェロ奏者で作曲家のヒドゥル・グドナドッティルによって作曲された。グドナドッティルは、同じアイスランド出身のヨハン・ヨハンソンのコラボレーターとしても知られている。2015年の『ボーダーライン』や2016年の『メッセージ』を含むヨハンソンが作曲を担当した多くの映画作品で、グドナドッティルはチェロを演奏している。ヨハンソンの最後のスコアのひとつでもある2018年の『マグダラのマリア』の音楽では、ヨハンソンと共同で作曲を手掛けた[#1]。
フィリップス監督によれば、『ジョーカー』でグドナドッティルが起用になったきっかけは、『ボーダーライン』の2018年の続編『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』の音楽であった[#2]。その作曲をグドナドッティルに勧めた人物もまたヨハンソンであった(詳しくは過去の拙文を参照)[#3]。

グドナドッティルによれば、フィリップス監督は脚本を書き終えた後に、彼女に脚本のコピーを送り、最初の印象に基づいて書いた音楽を彼に送るように頼んだ。フィリップス監督は指示を与えず、グドナドッティルに返事を求めた。グドナドッティルは一読し、そこから得た感覚で音楽を作曲した。そのとき、物語のサウンドやペースを創造した。フィリップス監督はその音楽に共鳴し、音楽と共に多くのシーンを撮影した。全体にわたって、映画と音楽が一緒に進展していった。
グドナドッティルは、脚本から直接的に音楽を書くことで、衣装、編集、振り付けに影響を受けなかった。これによって、グドナドッティルは基本のレヴェルで映画と繋がることができたという。アーサーのための音楽を創作するために、グドナドッティルはチェロを持って座り、キャラクター、彼の声や頭の中に入っていき、その楽器で方向性を模索することができたからである。脚本を読み終えた後に、感覚をつかんですぐにチェロを演奏したが、それは稲妻のようであったと振り返る。グドナドッティルは、これこそがアーサーの音楽だという身体的なリアクションを得たのだ[#4]。

最初のシーンで、ジョーカーは子供の集団に叩きのめされる。グドナドッティルは、ここで明確に聞こえるのはソロのチェロであり、この背後には大規模なオーケストラが隠されていることに観客は気が付かないのだと説明する。一方で、グドナドッティルは観客は最初からその背後で大きくなっていく力を感じ取るのだと述べる。映画が進んでいき、彼のフラストレーションが大きくなっていくにつれて、そのオーケストラもまた大きくなっていく。彼の怒りが増すにつれてオーケストラの音も大規模になっていくのだ。しかし、オーケストラを使いながらも、グドナドッティルは、シンプルで、純粋で、クールではない音楽を保つことを目指した。それは観客が見ている彼の姿にとても近いという。以下はグドナドティルの言葉である[#5]。

「この物語はクレッシェンドに近いです。始まりで、彼の出身や経験してきたことがそれほど分かりません。彼が誰でなぜ彼であるのかをそれほど理解できないのです。だから、物語は、とても微かに、エモーショナルに始まりまると思います。それこそが私が求めたことだからです。自分にとって、それはチェロでした。トッドは、はじめから大部分の物語を伝えるチェロを求めていました。最初、私はチェロにほとんど隠れていて欲しかったのです。最初のシーンで、子供が彼を攻撃する際に、ソロのチェロだと思ってトラックを聞きます。とても低いキーで、基本的にソロのチェロの寂しいトラックです。だけど、実際には、大規模なオーケストラがチェロの背後で演奏されています。観客はそれをあまり聞くことができませんが、ソロのチェロだけではないと感じます。これこそが、私がアーサーと共に経験をしたかったことです。
彼が貧しい若い男性であると分かります。蹴られて通りに横たわる孤独な男性です。その背後に、最初には分からない肥大化していく力が存在します。ですが、そこにその力があることを理解しています。その力が湧き起こっているのを感じます。映画が進むにつれて、フラストレーションは膨らんでいくのを感じます。そして、オーケストラの演奏が始まります。彼の怒りが大きくなるにつれて、オーケストラが大きくなります。ここで、音楽がとてもシンプルで、決してクールではないことが重要であると感じます。幻想的な拍子のようであることが大切です。彼を感じるように純粋であって欲しかったのです。だから、音楽が物語となっているのです。」[#6]

グドナドッティルは、“Call Me Joker”は、直線的で段階的なクレッシェンドの音楽であると説明をする。非常に常軌を逸した仰々しい音楽となっている。グドナドッティルは、はじめに作曲したときよりも、ファイナルカットではかなり短い尺にしたことを明かした。当初は、長い尺で、全面的で、終わりがなく、仰々しい音楽が続いていた。グドナドッティルは、この音楽が映画全体で彼にとっての円環となっていて、アーサーが自分が誰なのかを理解するのを感じる経験であると述べる。「ここが私(アーサー)がやってきた場所で、これこそが自分のためにしたことだ。これこそが社会に適合できない理由だ。ここが自分が属する場所だ」と。グドナドッティルは、基本的に映画を通して、ほんの少しのハーモニーだけしか含めなかった。それぞれのトラックは物語を伝えるという一点に集中し、その大部分はアーサーに焦点が合わせられている。しかし、最後には、ハーモニーが強調されている。グドナドッティルは、突然コミック映画になるのだと笑って話した[#7]。

さらに、“Bathroom Dance”と名づけられた楽曲は、シーンを撮影する際にセットの背後で流された。グドナドッティルはその楽曲についても説明をしている[#8]。

「映画におけるそのシーンは、基本的にその音楽への直接的なリアクションとなっています。それと、そのシーンは脚本にはありませんでした。その音楽はこのダンスのために予定されてはいませんでした。ところが、キャラクターやジョーカーに変化を遂げることにおいて彼(ホアキン・フェニックス)が演じ方を模索していました。ここは、内面でジョーカーになる場面です。数週間前に、変化に足を踏み入れるときに、少し奮闘しているのだと、彼は私に述べました。トッドは基本的にセットで彼に何度もこの音楽をかけて、彼はそれに応えました。それは、とてもはじめの方に書いた楽曲でした。最も力強く、最も物語に身体的なリアクションを持った楽曲です。コミュニケーションや協議がなくとも、私たちは美しく、協力的で会話なしに同じ考えを持っていました。」[#9]

フェニックスがダンスを始めるバスルームのシーンで、グドナドッティルは伝統的な楽器を演奏してはいない。グドナドッティルが演奏しているのは、“Halldorophone”というエレクトロアコースティック・チェロである。クラシックのチェロ弦だけでなく、マイクに通されてスピーカーに送られる共鳴弦を備えている。「それは、フィードバック・メカニズムで、ジミ・ヘンドリックスのチェロのようであり、泣き叫ぶ怪物のようです」と、グドナドッティルは説明をする。
グドナドッティルは続ける。「私は部屋でアンプ(増幅器)を通して演奏しています。ひとりの人物の旅で、自分が誰なのか、どこからやってきたのかを模索します」と。最終的に、そのチェロは、ジョーカーのヴォイスとしてオーケストラに圧倒される。オーケストラは、「チェロの息の根を止めるかのようなのです。物語の中で、そのキャラクター(アーサー・フレック/ジョーカー)が経験をするのと同じ経験をひとつの楽器がするのは、面白いです。」[#10]

【参考:ヒドゥル・グドナドッティルが“Halldorophone”を扱っている動画】

音楽は、アーサー・フレックというキャラクターを模索する上で、そこに非常に大きな影響を与えている。アーサー・フレックを演じたホアキン・フェニックスは、音楽は確実に映画製作の一部であると明言する。彼は音楽を聞いて、映画のワンシーンの動きを見出したことを明かした。フェニックスは次のように述べる[#11]。

「一緒に仕事をした多くのフィルムメーカーたちはセットで音楽を使ったと思います。本当に効果的な方法でそれを自分にも使います。ですが、この映画で、これは非常に役立ちました。洗面台のシーン内でのダンスのフォームは、音楽を聞いた最初の場面です。最終的に、そのシーンの動きを見つけ出した最良の方法の上で、音楽は非常に大きくて重要な影響を持っていました。だから、音楽は、キャラクターには非常に不可欠なのです。」[#12]

フィリップス監督は、シーンを見ることからというよりも、脚本から音楽を書いてもらうという映画音楽への方法をとった。以下はフィリップス監督の言葉である[#13]。

「映画を完成させる前、脚本を書いているときに、『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』を観に行きました。その映画が気に入りました。ステファノ・ソッリマは大好きな監督です。『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』を観に行って、音楽を聴いて、心を動かされました。『この音楽は誰が作曲したんだ?』と。その人物は、ヒドゥル・グドナドッティルでした。彼女にEメールを書きました。『ねぇ、この映画の製作を始めるけど、変わったことをしたいんだ。この脚本を送るから音楽を書いて欲しいんだ』と。彼女は脚本から音楽を書きました。通常、作曲家は、シーンを観て音楽を書きます。」[#14]

フィリップス監督は、音楽が脚本から書かれたことの説明を続けた。音楽によって影響を与えられてる映画に皆が取り組めたが、そのセットの上で彼らは音楽に興味を示すことができた[#15]。

「彼女は音楽を脚本から書きました。そして、セットで常に私たちはそれを聴きました。例えば、ホアキンが階段を歩いて上るときに、巨大なスピーカーを階段の一番下に置いて音楽をかけて、彼の耳に音楽を届けることで何かを得たのです。音楽は私の耳にも届いていました。キャメラのオペレーターにもです。私たちと共に音楽が生きているようでした。それは撮影を通してのことでした。」[#16]

グドナドッティルに編集用の下見のフィルムが送られると、彼女はクルーが自分の音楽へとどのように応えたのかを知った。そのことで、彼女はさらなる音楽を書くことができ、ヴァリエーションをもたらしたり、テーマ曲を発展させることができた。ロバート・クラフトは、楽器によって擬人格化されたヴィジョンを取り上げて、本当の「映画音楽の作曲家の直感である。多くの作曲家は、映画のアクションに音楽を作曲する。しかし、(彼女は)ジョーカーの内面の生に音楽を書いている」と述べている[#17]。

【映画『ジョーカー』のサウンドトラックより“Bathroom Dance”】

【映画『ジョーカー』のサウンドトラックより“Call Me Joker”】

参考URL:

[#1]https://www.npr.org/2019/10/03/766172923/composer-hildur-gu-nad-ttir-finds-the-humanity-in-joker

[#2][#11][#12][#13][#14][#15][#16]https://simplenews.co.uk/general/how-joker-used-behind-the-scenes-music-as-a-major-influence-on-joaquin-phoenix/?fbclid=IwAR3Eu-z0JSBulRaaXV-_lqHN64r9DRw7v2toq85AhCn_51KwxoUgU2zruN0

[#3]http://www.filmmusicmag.com/?p=18845

[#4][#5]https://www.bmi.com/news/entry/meet-joker-and-chernobyl-composer-hildur-gunadottir?utm_medium=email&utm_campaign=MusicWorld+October+2019&utm_content=MusicWorld+October+2019+Version+A+CID_ee21249c29420e605a158665ce76c149&utm_source=Email+marketing+software&utm_term=Meet+Joker+and+Chernobyl+Composer+Hildur+Gunadttir&fbclid=IwAR2cT7kSZrYil0pd177Egfc2LZVKIonC0tW6cfSebnSszveJ0U5ydRGbVug

[#6][#7][#8][#9]https://www.slashfilm.com/joker-composer-interview/

[#10]https://variety.com/2019/film/spotlight/awards-season-oscars-film-composers-tap-into-offbeat-inspirations-for-scores-1203404572/

[#17]http://magazine.scoreit.org/world-soundtrack-awards-2019-the-gudnadottir-method/

https://www.esquire.com/uk/culture/a29384479/joker-composer-hildur-gudnadottir-chernobyl/

http://www.filmmusicmag.com/?p=19924

https://www.nytimes.com/2019/10/07/movies/joker-scene.html

http://www.awardsdaily.com/2019/10/04/interview-hildur-gudnadottir-discusses-composing-the-score-for-joker/?fbclid=IwAR0dqLI5BlX84dy_sp0RSArzeB9NLyU4b1r2y7cKtimHOw0_WzypXrvtwgI

https://www.billboard.com/articles/news/movies/8543521/joker-composer-hildur-guonadottir-oscars-interview

https://variety.com/2019/music/news/joker-score-composer-us-harriet-motherless-brooklyn-judy-1203389033/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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