[188]1万円でDIYするビッグバジェット感


The-Cinematography-of-Singapore-Sling 映画作りはお金がかかる。
 勿論、友人たちを被写体に、自分で書いた脚本を渡しデジタルカメラで撮影、それをパソコンで編集するならば、それは限りなく安く仕上げることが現在では可能だろう。しかし、少しでも良い映像、良い演技、良い物語、良いカメラワーク、良い背景、良い音楽を、と望み始めるやいなや、たちまち累乗的にコストが上がっていく。そして、コストが上がればそこにもはや創造性の関与する余地はほとんど無くなる。それが私たちの住む社会だ。残るのはただ、商売の理屈ばかりとなる。

 しかし、豪華で大がかりで派手だけど映画としての質の高さは考慮されないエンタメの世界と、志は高いが地味で寂しく制約ばかり目に付くマイナー映画の世界という二極分化は余りにもつまらないのではないだろうか。その両極を繋ぎ、あたかも映画の世界にお金の理屈なんて最初から存在しないと私たち観客に感じさせることもまた、人間の知恵であり工夫であり、映画のマジックなのではないか。

 現在完成に向けてポスプロ中の映画『シンガポール・スリング』(監督:マルコス・シグリスト)(#1)で撮影監督を務めたアイヴァン・ロドリゲス(#2)の手法が話題になっている(#3)。彼は、走行中の車に乗る乗客らをその車の外から移動撮影するカメラリグをたった1万円程度で自作したのだ。レンタル機材を使用したとしても、インディペンデント映画の製作規模では到底実現が困難なこうした特殊撮影を、DIY機材の開発によって可能にしたその試みは大いに注目に値するのではないだろうか。

Wooden-Car-Rig 『シンガポール・スリング』は、ブラジルとアメリカのスタッフによって製作中の低予算映画である。監督マルコス・シグリストにとって初めての作品で、73分の上映時間を持つとのこと。全てのショットが5分から10分程度の長回しとなり、作品全体がわずか12ショットで構成される。しかも、その撮影を7日間で行うタイトなスケジュールが課せられていた。

 撮影の中で、登場人物が話しながら車に乗り、そのまま運転しながら議論を続ける一つのシークエンスがあった。10分以上続くこの場面をワンショットで撮りたいと主張する監督は、撮影スタイルに関して全権を委任していたロドリゲスにその実現を依頼する。こうした場面では、例えばリチャード・リンクレイターの『ビフォア・ミッドナイト』のように、ボンネットにカメラを吸盤で貼り付けるテクニックがしばしば採用される。しかし、それでは場面がフィックスになってしまう。資金的制約が撮影スタイルを制限してしまうわけだ。それに対し、ロドリゲスは車上カメラリグの自作を思いつく。

singapore-sling アメリカに住む彼は、さっそくブラジルで船大工をしていた父親に連絡し、このアイディアを話す。そして、スカイプで綿密に打ち合わせしながら設計を進めたとのことだ。完成したカメラリグは、世界中のDIYショップで簡単に入手できる木と紐とワイヤーによって作られている。プロトタイプも合わせ、全体で1万円もかからなかったそうだ。車の屋根に固定され、そこから伸びたアームに据えられたカメラによって側面から正面まで自由に回り込んだ撮影が可能だとのことである。アシスタントがトランクにもぐり込み、モニターを見ながら紐を引っ張ることで、カメラリグを自由自在に操作することも可能となる。

 運転手のクロースアップにはじまり、走り出した車の中、助手席に座った人物との会話を二人のショットで正面からとらえ、最後は再び乗客一人のショットで終わる。この全てをワンショットで撮影するという当初のプランに加え、さらに実際の撮影現場では、車の内部を撮影した手持ちカメラのショットに始まり、そのままカメラマンが車を抜け出してカメラをリグに固定し、そして車が発車するという手順も付け加えられたとのことだ。

 こうした撮影プランの即興的変更は、大がかりな映画製作では殆ど不可能である。その意味でも、単にビッグバジェット映画の撮影スタイルを真似ただけにとどまらない革新的な意義が、こうしたDIY撮影機材の開発にはあるように思われる。さらに詳しい製作過程や、リグを使った撮影場面などがロドリゲスのサイトにあるので、是非そちらもチェックしてもらいたい。

The Cinematography of “Singapore Sling”

#1
http://www.imdb.com/title/tt4448132/
#2
http://www.ivanrodrigues.org/
#3
http://www.indiewire.com/article/this-cinematographer-created-an-incredible-diy-camera-rig-20150320

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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