歴史上の画家であり活動家であるキャサリン・ウェルドンを描いた映画『Woman Walks Ahead(原題)』が2018年7月29日にアメリカで公開された。
この映画では、ジェシカ・チャステイン演じる実在の肖像画家であり活動家でもある キャロライン(キャサリン)・ウェルドンとマイケル・グレイアイズ演じるネイティブアメリカン、シッティング・ブルとの長期にわたる友情を描いている。彼女が彼の肖像を描くようになった過程や、激動の時代で苦痛と弾圧のもとにあったネイティブアメリカンとの深い親交も描き出される。

この作品は西部劇でありながら、女性監督だからこそできる新たな視点を取り入れている。
監督のスザンナ・ホワイトは語る。
「私はジョン・フォードやセルジオ・レオーネの西部劇に憧れを抱きながら育ちました。けれど、私には彼らと繋がることのできない壁がありました。西部劇は完全な男社会だったのです。」
彼女は前監督作である『ナニー・マクフィーと空飛ぶ子ブタ』で、彼女の愛する西部劇というジャンルを、歴史の真実に基づきながらも、女性ならではの視点で再構築した。この彼女の実績が、今作で、オスカーノミネート女優であり、同じく西部劇を愛するジェシカ・チャステインの協力を得ることに繋がった。

新しい西部劇と呼ぶことができる理由は、女性の視点を取り入れたことだけではない。スティーブン・ナイトの脚本に対して監督はこう語っている。
「この脚本が送られてきた時、それはまさに私がやりたいことだと思いました。ある面では西部劇だけれど、そこでは、新たな声、私たちが伝統的な西部劇では聞くことのなかったネイティブアメリカンの声と共に、力強い女性が物語の進行を務めていました。一般に、こういうキャラクターは西部劇において本質的ではないのです。」

脚本は従来の西部劇の枠組みをもとに作り上げられていた。魅力的な“よそ者”が西部の地で予期しない仲間を得、最終的には自由をかけて戦うことが運命づけられていく。しかしこの物語は、そうした枠組みの中にありながら、一般的には西部の隅の方へ追いやられてしまうような人々に目を向けていた。これまで西部劇になじみ深い装飾にすぎなかったキャサリン・ウェルドンやシッティング・ブルといったキャラクターにこの物語の進行を任せたのだ。
チャステインも脚本に対してこのように語っている。

「私はこの脚本を、私が見てきた西部劇というジャンルの革命だと思いました。これまで過小評価されてきた人々の声を使ってストーリーを語っているところが気に入ったし、異なる二つの文化の人々を結び付ける友情や愛を見つめようとすると姿勢も気に入りました。彼らの親交を探求する映画を作ることにたいへん刺激をおぼえました。」

監督は映画を撮るにあたり、彼らの文化を理解し、尊重することを心に決めていた。
「異なる文化を描こうと決めたとき、まず初めにネイティブアメリカンの保護区へ行って、人々を知り、彼らの生活を理解することに努めました。私は儀式に招待され、通訳を同伴して部族の評議会と話をしました。」
このことは彼女にネイティブアメリカンのシーンで“ラコタ”の民族の言葉を用いる決心をさせることになったという。
「私はキャサリン・ウェルドンの、よそ者であるという感情を表現したかったのです。この体験により彼らの文化からたくさんの美しいことを学びました。」

監督の理念はキャスティングにおいても一貫している。ネイティブアメリカンの役はネイティブアメリカンが演じるべきだというのが、彼女の彼らへの敬意でもあるのだろう。
「なぜネイティブアメリカンのキャラクターにネイティブアメリカンを起用しないのでしょうか。私には簡単なことのように思えますが、他の人々がまだ成し遂げていないのは驚くべきことです。」
チャステインもこのことに同意していた。
「初めて監督と出会った時、私はただこう言いました。『シッティング・ブルの話をしましょう』と。私は脚本を愛していたけれど、一方で業界のことをよく知っていたからです。『こういう映画はビッグスターなしでは金銭的な支援を得にくく、作るのが難しい。だからと言って、私はかつらをかぶった有名なスターを使うのは納得がいかないわ。』」
しかし、監督のこだわりを実現するのは険しい道のりだった。
チャステインは語る。
「ある日、セットでメーキャップトレーラーを覗いたとき、何人かのスタントが青い目をしていることに気づきました。彼らはかつらをかぶって、肌を黒く塗っていたのです。そして、だれもスザンナ(監督)にそのことを言わなかった。彼女は気づいてすぐに彼らを締め出して、『ありえない』と言いました。」
彼女は信念を曲げることなく、結果的により少ない人数で撮影を終えることになってしまったという。

最終的に、シッティング・ブルを演じることになったのは、ネイティブアメリカンのクリー族であり、かつてカナダ国立バレエ団のメンバーでもあったマイケル・グレイアイズだ。彼はカナダ・サスカチュワン州出身のネイティブアメリカンだ。グレイアイズは90年代半ば頃から、『スモーク・シグナルズ』や 『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』.といったネイティブアメリカンの文化を描いた映画に出演するようになった。さらに2017年にはドラマ『フィアー・ザ・ウォーキングデッド』にも出演した注目の人物だ。
キャスティングには長い時間がかかったが、こういった映画が世の中に受け入れられるためには、製作陣も重要だった。幸いにもこのような試みに対して熱心で情熱的なプロデューサーに恵まれ、制作に必要な1200万ドルを工面できたという。チャステインは語る。
「観客たちの期待は、映画そのものだけでなく、キャスティングにもかかっています。しかし私には、既に健全とはいえない慣習が存在しているように思えます。だからこそ、『正しいことをしよう。そしてネイティブの人々こそシッティング・ブルの物語を語るにふさわしい』と歩みを前に進めてくれる支援者が必要だったのです。」

では我々はこの物語をどのように受け止めればよいのだろうか。
この映画で描かれるキャサリン・ウェルドンの物語は、彼女自身の人生の物語ではあるが、決して私たちと無関係ではない。 監督は言う。
「私たちは、個人の物語を普遍的なものとして捉えるべきです。この映画は、時代を一歩先に行く女性、つまり、他者を恐れずに並々ならぬ勇気を持って旅に出た、そして異なるコミュニティーを受け入れ、彼らの持つ大きな文化的価値を見出した女性の物語です。しかし、私たちが語ろうとしているのはこれと同時に、普遍的な物語でもあるのです。私が思うに、歴史をベースにした大抵の映画は、私たち全員にも共通する物語だと捉えられるでしょう。」

こういった映画は一時の出来事を、現代的な問題として私たちに投げかける。チャステインは次のように述べる。
「この物語は、現代社会で家族と引き裂かれた子供にさえ当てはまります。それはネイティブの人々が自分たちの文化を抹殺された経験と同じと言えるでしょう。“ラコタ”の言語は今、本質的には死んでいるも同然です。私たちが映画を作っている最中にも、ダコタ・アクセス・パイプライン建設へのネイティブアメリカンの抵抗運動は続いていました。」
また、歴史が繰り返されるということを映画は示すと彼女は考えている。
「今現在アメリカで起きていることは、たった一度きりの出来事ではありません。その土地で生きてきた人々の歴史に基づいているのです。歴史を見つめる時、私たちが歴史の循環の中にあると理解しなければなりません。それは映画の中で、Groves(作中のキャラクター)が『歴史を前に進めたい』といったのと同じことなのです。私たちは繰り返す歴史の中にいるけれど、一方では前進したいとも感じています。」

彼女たちの活動はこれからも続いていく。映画完成から1年以上、ワールドプレミアから9か月近く経つが、ホワイト監督もチャステインもいまだにこの作品を積極的にメディアに提示し続けている。チャステインは現在、「プレスリリースを行っていくうえで、テレビ番組のような場においても、マイケルと共に活動できるように戦っている」。
また、彼女は、「人々は時に、正しい行いよりも名声に価値を見出すということに気付いた」という。このことは、単に彼女が映画の顔になるだけでなく、共演者(=マイケル)も同等にメディアに取り上げられるべきだという考えにつながっていった。
「今、新たな道が切り開かれようとしていることをとても嬉しく思います。私は今マイケルと一緒にテレビ番組を作っています。これは映画製作の更に先にあることです。私たち一人一人が、変化を起こすために何ができるかを問い、前に進む必要があるのです。」

彼女たちの取り組みは、従来の西部劇というジャンルの可能性を広げただけでなく、映画業界にとっても大きな前進となっただろう。

参考記事
https://www.indiewire.com/2018/04/woman-walks-ahead-trailer-jessica-chastain-1201956541/
https://www.indiewire.com/2018/06/woman-walks-ahead-jessica-chastain-susanna-white-female-diverse-western-1201979264/
https://www.popmatters.com/woman-walks-susannah-white-tiff-2017-2495377002.html
https://www.indiewire.com/2018/06/jessica-chastain-diverse-film-criticism-susanna-white-1201979081/

小野花菜 早稲田大学一年生。現在文学部に在籍してます。自分が知らない世界の、沢山の映画と人に出会いたい。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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