自分の一部である自然と馬との暮らしをある日それが原因で二度と前のように動くことができなくなったとき。自分が存在している意味を問い続けるブレイディの横顔を無視するかのように美しく彼の背後で輝く月と太陽。

毎年カンヌ国際映画祭の外に設置される監督週間で昨年、最優秀賞である芸術映画連盟賞を受賞したクロエ・ジャオの最新長編作『ザ・ライダー』はアメリカ中西部南ダコタに位置するパイン・リッジ保護地区でカウボーイとして生きる青年を中心に描かれる馬と大自然の物語だ。

ドキュメンタリースタイルで撮影された今作は主演のブレイディをはじめとする彼の父親や自閉症を抱える妹のリリー、彼の友人たちは皆役者ではなくカウボーイとして生活するコミュニティの一員である。しかしこれはドキュメンタリーとは異なると監督は話す。
「リハーサルはしませんがそれぞれの自分のキャラクターを理解してもらうために一応脚本は渡します。ブレイディは現実でもこうして父親と口論したり妹のリリーに慰められたりしています。でも同時に彼は与えられた役を演じている。実際ブレイディに会うととてもおしゃべりで活発なことが伺えます。この物語の中の彼のキャラクターというのは演じられているのです。でも彼の存在や彼を取り巻く環境、そして心情というものはすべて本物です。」

本物の物語に近づけるため、人と人との間のやりとりから浮かび上がってくる偽りのなさを描くためには自分の抱いていたビジョンや理想というものを少しは犠牲にすることが必要であると語る監督。同時に実話であり本当に起こったこと、本物の傷跡を映しながらもフィクションであること。そのバランスを説明するのに度々苦労したという。
「真実も必要ですが同時にここには情緒を含む詩的な感覚を求めるのが人間的な気質だと感じます。ドキュメンタリー監督たちは物語の中に詩的な感覚を持ち出さずにはいられません。わたしはフィクションの中に真実を持ち出します。結局は同じことです。」

監督がブレイディに会ったのは前作の撮影の際、今作を撮影する2年前のことだ。「彼が馬といる姿を見たとき、彼の姿や気持ちをそのまま観客たちにつなげていくことができると思いました。でもどうやってというのはその時はまったく思いつきませんでした。」と語る監督。その後、2016年4月にブレイディはロデオの大会の際に馬から落ち頭蓋骨を馬の蹄で叩き割られてしまうという大事故に遭う。彼を映画にしようと思っていた計画がすべて白紙になった思っていた時、彼が6ヶ月後には馬のトレーニングをしている姿を見つけこれが語るべき物語だと思ったという。

真っ青とピンクが溶け合っていく空。
終わりのない大地。
自分が壮大さに吸い込まれていく感覚。
月が太陽のように明るい。

これらはすべてこの時間の制約によって生まれた世界である。9月には撮影が始まったがブレイディは生活のために馬の訓練を続けなければいけないという状況で朝6時から日中までの仕事後に撮影に参加するという契約での制作だった。そのため午後からのマジックアワーを最大限に利用することによって可能になったまさに魔法のような世界だ。

しかし一歩家の中に足を踏み入れるとそこには閉じた息苦しい空間が迫ってくる。蛍光灯に照らされる傷跡、ぶつかりそうな四方の壁。二人の大人が立つといっぱいいっぱいになってしまうキッチン。うまく息ができない。
「ありのままに撮るということを意識しました。自然をそのまま映すこと。でも同時に彼らの生活は保護されているので住居は政府の支給した人工的で蛍光灯のギラつく箱のような場所です。一方で外に出ると信じられないほどの壮大な景色が広がっています。このコントラストがとても複雑だと感じました。コントラストを出すために家の中にも壁の色を青やピンクなど外の自然の色を取り入れ、蛍光灯との対比を出しました。」

馬とまっすぐに見つめ合うブレイディの横顔と馬の艶やかな目。
それは吸い込まれそうな壮大な景色の鏡のようだ。

ブレイディのアイデンティティを探す旅となる今作はいかに彼が自然と馬によって形作られているかということがうかがえる。そしてそれをある日突然奪われてしまったとき、その先にあるものを共に見つめようとする監督の視点には彼を正面から映すというより彼に寄り添い一緒に歩いていくような感覚が宿る。
「映画監督でいることは良い聞き役でいることだと思います。ブレイディは事故の後セラピーなどに通っていませんでした。怪我の後の検診にも行きませんでした。こうして他者として彼の生活に入り込んでいろいろ聞いていたのはもしかしたら私だけかもしれません。ロデオの世界はとても過酷で常に死や事故と隣り合わせで私がこの牧場で出会った多くの人たちはそれらを生き抜いてここまでたどり着きました。」

本作の背景であり同時に物語の主軸となるカウボーイやロデオの文化はどんなものか想像できないかもしれない。特にカウボーイの世界観は映画や音楽などであまりにも理想化されている。しかし実際にカウボーイとして生活しロデオを生活の一部として生きている人たちがいることを彼女は伝えたかったという。
「ロデオカウボーイたちと本当に長い時間をともに過ごしました。2年くらいですね。私の最初の作品の撮影後、ネイティブアメリカンカウボーイたちのロデオの現場に初めて行きました。テレビなどで見るスポンサーされている様子とは全く違った彼らの舞台裏は、自然とともにありました。子供たちで勝手に雄牛を引っ張ってきてロデオを始めます。彼らのDNAの一部なのです。今作の細かなシーンや情報というのはこの2年間に私の見聞きし体験したことすべての集大成です。西洋文化では彼らの生活が勝手に理想化していますが実際の生活を見ると長く続けられる生活ではないことに気づきます。」

みんな何かしらこの世界に使命を持って生まれてきているわけだが、動物は自由に動き回れなくなったらあまりにも過酷な運命を背負うことになる。容赦ない自然の中で苦しみながら生き続けるよりも命を終わりにする方が彼らのためだ。それなのに人間だけはなぜだか生かされる。なぜ自分が馬に乗れなくなったいまもこうして毎朝起きて息をし続けているのか、と自分に問い続けるブレイディ。前のように馬に乗れないのにこうしてこの世界の片隅に生息し続けているのか。人間と動物の違いとは。

迫ってくる嵐は辺り一面の大地に飲み込んでしまったかのような黒さで世界を覆い尽くす。彼の顔に浮かぶ苦痛は物理的な痛みではなく自分の一部であったことが自分の一部ではなくなっていく虚無感。絶望。それでも自然はそこに横たわり続けるし馬たちは走り続ける。彼はその世界でどんな選択をするのか。
風が体を駆け抜けていく。それは馬に乗っていたときにだけ味わえると思っていたすべてが始まり終わっていく世界の感覚だ。

参考
1. http://www.firstshowing.net/2018/interview-the-rider-director-chloe-zhao-on-telling-emotional-stories/
2. https://www.vanityfair.com/hollywood/2018/04/chloe-zhao-director-of-the-rider-interview
3. http://collider.com/chloe-zhao-the-rider-interview/
4. https://seventh-row.com/2018/04/27/chloe-zhao-rider/
5. https://mubi.com/notebook/posts/better-than-wages-chloe-zhao-discusses-the-rider

mugiho
夜の街を彷徨い、月を見上げ、人間観察をしながらたまにそれらについて書いたり撮ったり


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