第71回カンヌ国際映画祭は、是枝裕和『万引き家族』のパルムドール受賞で幕を閉じた。この作品は、経済不況による貧困を個人の責任へと転嫁し処理する日本政府によって社会から排除された社会的弱者たちの生きる姿を映し出す映画であるという。

 今年は#MeToo運動が支えとなり、映画業界における弱者としての女性やマイノリティの権利を擁護するための抗議活動が数多く行われた。たとえば、ケイト・ブランシェット率いる女優、監督、脚本家、プロデューサーなどの女性82 人は、レッドカーペット上でウィメンズマーチを行い、均等な賃金の要求を含めた女性の地位向上性差別への抗議をし[1]、アイッサ・マイガによって主導され、今年の5月に『Noire nest pas mon métier』(黒人であることが私の仕事ではない)という本を出版した黒人女優や混血女優たち16人は、同映画祭において差別主義者のステレオタイプを非難した。[2]さらに、アーシア・アルジェントは女優賞のプレゼンテーションで、21歳のときにカンヌにおいてハーヴェイ・ワインスタインから強姦されたことを告白した[3]。

 

 

 本映画祭は、毎年LGBTを主題にした作品が数多く選出されており、2010年からはLGBTをテーマにした作品に与えられるクィア・パルムという賞が用意されている。例えば今年は、最高賞であるパルムドールを競うコンペティション部門にクリストフ・オノレの『Plaire, aimer et courir vite 』とヤン・ゴンザレスの『Un couteau dans le coeur / Knife + Heart』が、ある視点部門にルーカス・ドンの『Girl/ガール』とワヌリ・カヒウの『Rafiki』が選出されているが、その中でクィア・パルムを受賞したのは、ドンの長編第一作である『Girl/ガール』だった。『Girl/ガール』はそのほかにも、新人監督賞であるカメラ・ドールを、ある視点部門では国際映画批評家連盟賞と俳優賞を受賞し、合計で4つの賞を獲得している。世界初の上映後には、スタンディングオベーションがおよそ15分続いたという。

 『Girl/ガール』は、15歳のトランスジェンダーの少女がバレリーナを目指す物語である。ドンはインタビューにおいて、この作品のアイデアが2014年に生まれたことを語っている。「私はフランデレン地域の新聞で、男の子の身体を持ちながらも、バレリーナになることを夢見る女の子の数奇な運命を伝える記事を読みました。それは私の子ども時代を思い出させました。子どものころ、父は私をボーイスカウトに入れることを望んでいました。父は、兄と私を二週間ごとに遊びに連れて行きました。私たちは他の子どもたちと泥んこになりながら、遊び、キャンプをしました。しかし私はそれがイヤだったのです。友達は、私の女性的な部分を奇妙に思っていました。私は演劇とダンスの方が好きだったのです…その当時、私は自分の趣向を表現するのは難しいと感じていました。なぜならそれはタブーだったからです。」[4]

 新聞記事のトランスジェンダー少女に自分自身を投影するドンが自身の作品を通じて目指しているのは、「男性らしさや女性らしさという古典的な規範を持たない人を提示すること」だという。それは、男性らしさや女性らしさなるものによって位置づけられることのない、現代のメタモルフォーズを伝えることであった。規範の外部にあるマイノリティとしての存在を映し出すこと、そして、そうした古典的な規範を変形させること。「映画は、それについて語る興味深い方法なのです」。[4]

 こうした目的のためにドンは、トランスジェンダーを演じるキャスト探しに一年の歳月をかけ、500人以上の候補者をオーディションしたという。キャスト選びに難航した映画製作チームは、苦肉の策としてキャスティングを行なったダンススクールで、ようやく一人の少年を見出すのだった。「グループオーディションのうちの1つで、私は一人の少年が入場するのを目撃したのですが、その少年は本当に天使のような姿をしていました。 彼は性別を超越する印象を与えました。」[4]

 こうして主演のララに選ばれたのは、16歳のベルギー人ダンサーであるビクトール・ポルスターである。ポルスターは「トランスジェンダーを演じることは怖くなかった」というが、彼にとって女性としてのダンスを踊らなければならなかったことは唯一のリスクだったという[5]。ボルスターは、彼が演じたララと同じように、バレエのシーンで苦労したのである。「ララは隠されたあらゆる美しさを抽出するために、自分の身体を痛めつけます」とボルスターはいう。「それは、私が踊るときにすることでもあるのです。」[5]

 ドンはララという人物を作るにあたって、ギリシャ神話に登場するイカロスに着想を得たという。イカロスとは、父ダイダロスの忠告も聞かず自分の能力を過信することで破滅へと向かう人物である。「この野心的な存在は、さらに遠くに行くことを望んだために自分の羽を燃やしてしまいます。 それは思春期の典型です。私はララの過激主義が父親との衝突の中心にあることを望んでいました… 」[4]。

 こうした過激主義は撮影方法においても見出されるため、中には「フラマン人のグザヴィエ・ドラン」と呼ぶことをためらう人もいるという。

 『Girl』において規範の外部を映し出すことを試みるドンに共鳴して、ボルスターもまたインタビューでこう語っている。「私はこの映画が社会通念と戦うために役立つことを願っています。身体が自分のアイデンティティと合致しない人々にとって、選択する手立てはないのです。」[6]

 

 

[1] この82人という数字は、1946年の第一回から現在までにコンペティション部門に選ばれた女性監督の数を表している。これに対して男性監督は1688人が選ばれており、この数字がかなり少数であることがわかる。 https://www.20minutes.fr/arts-stars/culture/2269803-20180512-video-festival-cannes-marches-82-femmes-7e-art-reclament-egalite-salariale

[2] http://www.lefigaro.fr/festival-de-cannes/2018/05/17/03011-20180517ARTFIG00160-noire-n-est-pas-mon-metier-naissance-d-un-mouvement-a-cannes.php

[3] https://www.gala.fr/l_actu/news_de_stars/cannes-2018-jai-ete-violee-ici-meme-par-harvey-weinstein-la-colere-dasia-argento_415481

[4] http://www.lefigaro.fr/festival-de-cannes/2018/05/19/03011-20180519ARTFIG00121-cannes-2018-girl-de-lucas-dhont-decroche-la-camera-d-or.php

[5] https://www.20minutes.fr/arts-stars/cinema/2269775-20180512-festival-cannes-victor-polster-star-girl-eblouissante-revelation-prevenus

[6] http://www.lesoir.be/157748/article/2018-05-20/victor-polster-recompense-cannes-jespere-que-le-film-girl-permettra-de-combattre

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。趣味は寝ること、最近よく聴くフォーク・デュオはラッキーオールドサン。


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