『アナイアレイション -全滅領域-』は、アレックス・ガーランドによる二作目の監督作品である。アメリカでは劇場公開されたが、日本を含むそれ以外の地域ではNetflixを通じて世界同時配信された。海外映画批評家からの評価は軒並み高く、ここ数年で最も注目すべきSF映画であるとも評されている。

 英国出身のアレックス・ガーランドは、1996年に出版した処女小説『ザ・ビーチ』の成功により一躍名を馳せた。この小説は、1999年にダニー・ボイル監督、レオナルド・ディカプリオ主演によって映画化されている。ボイルの次作『28日後…』で脚本を担当したガーランドは、以降、脚本や製作などで映画界と密接な関わりを持つようになる。オリジナル脚本を手がけると共にはじめて監督にも進出したSF作品『エクス・マキナ』は、英米を中心にきわめて高く評価され、英国から1年半遅れたものの日本公開時にも大きな反響を呼んだ。新型AIを搭載した女性型アンドロイドのチューリング・テストという斬新な物語を通じて、人間性やその身体、感情、進化といった問題を深くとらえたこの知的な作品の成功によって、ガーランドはハリウッドに招かれ、第二作『アナイアレイション』を監督することになったのだ。

 『アナイアレイション』は、ジェフ・ヴァンダミアの小説『全滅領域』を原作としており、これは「サザン・リーチ」と名付けられたトリロジーの第一作である。原作の映画化権を取得したパラマウントとプロデューサーのスコット・ルーディンは、アレックス・ガーランドを脚色兼監督として雇用し、映画の製作がスタートした。42億円という巨額の予算が投じられ、ナタリー・ポートマンやジェニファー・ジェイソン・リー、オスカー・アイザックといったスターを並べつつも、派手な娯楽大作ではなく、作家色を強く備えたアート系SF映画というコンセプトである。

 だが、このキャスティングを巡って、ガーランドは後に批判の矢面に立たされることになった。原作ではそれぞれアジア系とネイティブ・アメリカンとして設定されていた役柄を白人のナタリー・ポートマンとジェニファー・ジェイソン・リーに演じさせたことが、その理由である。人種差別の根強いハリウッドにおけるホワイト・ウォッシュ(他人種に設定された役柄を白人俳優に割り振ること)のもう一つの典型例であるとみなされたのだ。この批判に対してガーランドは、原作で彼女たちの人種が明らかになったのはトリロジーの二作目であり、キャスティング時点ではそれが分からなかったと弁明している。また、映画の主要登場人物となる五人の探索チームのうち、二人までがアフリカ系アメリカ人であることにも注目して欲しいと付言している。さらに言えば、その五人が全員女性であることも重要だろう。

 上記の製作経緯から明らかな通り、この作品はNetflixが出資して製作された映画ではない。にも関わらず、全米公開からわずか17日後に、日本やガーランドの母国であるイギリスを含む世界で「Neflixオリジナル作品」としてこの映画が配信されたのは何故だろうか。これは、劇場公開を行わず直ちに全世界同時配信を原理とするNetflixのポリシーとも異なっている。実は、昨年『アナイアレイション』のテストスクリーニングが行われた際、作品が「あまりに複雑であり、あまりに知的」だと怖れたパラマウントが、ガーランドとプロデューサーのスコット・ルーディンに作品後半(とりわけ第三幕)の改変を求めたが、契約によって最終編集権を保持していた二人はこれを拒否した。その結果、作品が巨額の負債を作ることを危惧したパラマウントが、アメリカを除く世界配給権をNetflixに即時売却したからである。

 この決定によって、作品が映画館の大きなスクリーンで上映されることを期待していたファンたちから、パラマウントは激しいバッシングを受けることになった。しかし、パラマウントにも擁護すべき点がある。彼らは昨年、この作品以外にも何本かのアート/作家系映画に巨額の予算を投じ、それぞれ興行的には大きな損失を抱える結果となったからだ。32億円の予算をかけたダーレン・アロノフスキーの『マザー!』は、全米でわずか18億円の興収にとどまり、予定されていた日本公開が突如中止される事態に追い込まれた。73億円かけたアレクサンダー・ペインの『ダウンサイズ』は、27億円しか回収できていない。パラマウントには、これ以上の損失を抱える経済的余裕が単純になかったのだろう。事実、42億円の予算を投じた『アナイアレイション』は、全米2012館で拡大公開されたが、最初の週末で僅か12億円の興収にとどまった。その後、作品に対する高い評価や口コミなどの効果もあり、6週間で合計34億円まで伸ばしたが、結果的に彼らの決定は経済的な意味で正しかったと言わざるを得ない。

 しかし、大きなスクリーンで上映されることを前提に製作された映画が、アメリカ以外の地域で劇場公開されないこととなった決定に対して、監督のアレックス・ガーランドは一体どう考えているのだろう。彼は、インタビューで次のように述べている。(※)

「スクリーンのサイズは映画体験と密接に関係している。だから、映像のフレーミングや音響、音楽、様々な効果を、スクリーンの大きさに見合ったものとして私たちは設計しているんだ。もちろん、小さな画面でも映画は楽しめるかも知れないし、『アナイアレイション』を観客が楽しんでくれることに期待している。しかし、私たちがこの作品の第三幕を作っていたとき、私たちの関心の全ては圧倒されるような体験を醸成することにあったし、それは大きなスクリーンでしか味わえないものなんだ。」

「この作品の第三幕では、観客が映画に没入してくれることを前提としている。小さな画面では、その没入感がやや失われてしまうのではないかと私は怖れているんだ。映画館では、映像や音響に襲いかかられるような感覚を抱くものだし、一服してお茶を入れに行くことなんてできない。これは家庭での映画鑑賞とは全く異なるものだよ。どちらが優れているかという話ではなく、ある種の映画は映画館で鑑賞されることを前提に作られているという話なんだ。」

「ストリーミングサービスと映画館の間の闘いは、やがてライバルとなるストリーミング企業同士の闘いへと移行していくだろうね。最大の闘いはそこで起きると思うよ。映画館の運命がその頃どうなっているか、私には分からない。」

「(最初のテストスクリーニングのあと)パラマウントからは、この映画の第三幕があまりにも奇妙で長すぎると言われた。主人公の自己破壊衝動を抑えるなどして、観客から共感されるキャラクターに作り替えてくれと彼らは言ってきたんだ。しかし、それはできなかった。映画の存在理由そのものを変えてしまうからだ。第三幕はこの作品の原理そのものであり、それを単なるクライマックスに変えてしまうことは、この映画の全ての意味を失ってしまうことと同じなんだ。」

「(Netflixに海外配給権を売却した)パラマウントの決定はすぐに理解したよ。彼らはこの直前に巨額の損失をつくったし、この作品でさらに多くのお金を失うことはできなかったんだ。悪い流れを断ち切らなければいけないと彼らは言った。それは理解できる話だ。ただし、私の観点から言えば、恥ずかしい話だというだけだ。」

 人間の自己破壊衝動や肉体への不信、精神の脆さや進化の問題を描いた『アナイアレイション』は、『ストーカー』や『惑星ソラリス』のようなタルコフスキー映画の精神と『2001年宇宙の旅』のようなキューブリック映画のビジュアルを融合させた傑作として高く評価されている。全米での劇場公開に合わせ、アメリカでは多くのレビューがメディアに並んだが、世界的なストリーミング配信に際しては、こうしたケースでしばしばありがちなように、ソーシャルメディア以外での反応に欠けている。これが映画の未来の姿だとすれば、それはやや寂しいものであるように感じるのは私だけだろうか。


https://www.thetimes.co.uk/article/alex-garland-interview-new-film-annihilation-released-netflix-5bk9xj856

参照:
Netflix, Paramount To Stream Internationally Natalie Portman-Starrer ‘Annihilation’ 17 Days After U.S. Release
‘Annihilation’ Review: Natalie Portman Ramps Up The Action In Alex Garland’s Smart, Scary Journey Into The Unknown

‘Annihilation’ on Netflix: Moviegoers Need to Take Responsibility For Paramount’s Controversial Deal


http://www.slashfilm.com/alex-garland-interview/
http://collider.com/alex-garland-interview-annihilation/
https://www.esquire.com/entertainment/movies/a15895685/annihilation-alex-garland-interview/
http://www.boxofficemojo.com/movies/?id=annihilation.htm

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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