[619] 『Love, Simon』はミレニアル世代の“ジョン・ヒューズ映画”となるか?


3月16日に全米公開された青春コメディ映画『Love, Simon』がヒットを記録しています。公開初週の全米興行成績では『ブラックパンサー』『トゥームレイダー ファースト・ミッション』といった大作には及ばなかったものの初登場5位を記録、公開2週で2734万ドル(約29億円)の興行収入を上げ、またRotten TomatoesやIMDbといった有名な映画サイトでもかなり高い評価を受けています[*1]。
私も『キングス・オブ・サマー』や『ジュラシックワールド』のニック・ロビンソンくんの主演映画ということで、公開前から気になっていた作品ではあったのですが、正直ここまで話題になるとは思っていませんでした。というのも、主人公の男子高校生がゲイではあるものの、この作品の粗筋はこれまで数多と作られてきた青春映画で語られてきた物語を踏襲するものだったからです。そしてLGBTQ映画という観点からも、近年では『ムーンライト』『キャロル』『君の名前で僕を呼んで』といった話題作が輩出されており、目新しいものはないように思えました。実際、本作について特筆されているのはその内容よりもまず、20世紀フォックスという大手スタジオが初めてゲイの男性を主人公にした映画を製作・配給したという点です。しかし、メジャースタジオがゲイの男子を主人公に“普通の”青春映画を作ったことこそが画期的なことだったのです。Box Office Mojoの調べによれば、『Love, Simon』は現在アメリカ国内の2400館以上の劇場で上映されており[*2]、また前述した近年の代表的なLGBTQ作品が全てR指定を受けているのに対し、本作はPG13指定でティーンエージャーの観客が大きなターゲットになっていることがわかります。

NewYork Timesにはこの作品がメジャースタジオで製作され、幅広い地域と世代の観客が観ることができる重要性を検証する記事が掲載されています[*3]。そこでは、原作となったヤングアダルト小説『Simon vs. the Homo Sapiens Agenda(サイモンVS人類平等化計画)』の作者であるベッキー・アルバターリが、この物語を自分の高校時代の体験だけでなく、臨床心理学者でもある彼女が診察したゲイやレズビアンの子供たちに教わった「コミュニティの中で立ち向かうべき問題に対して抱く不安感」を元に書いたこと、さらには彼女の幼い息子が成長して「母親からの助言が必要になったとき」に読んでもらいたいメッセージとして書いたことが紹介されています。またGlaad(中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟)の代表であるサラ・ケイト・エリス氏は、「20%がLGBTQと見なされているミレニアル世代の若者がこの映画を観ることができるのは画期的なこと」だと語り、2160人の大人を対象とした調査で自分の家族やかかりつけの医者、自分の子供の教師がゲイやレズビアン、トランスジェンダーであることを知って不快に感じる人がいまだ多く存在したというデータを例に、そうした偏見を取り除いていくためにも「この映画はとても力強く、良い効果をもたらすでしょう」との見解を示しています。

本作の監督を務めたグレッグ・バーランティはこれまでに『ブロークン・ハーツ・クラブ』、『かぞくはじめました』という2本の長編映画を撮っていますが、彼の仕事で最も知られているのは『ドーソンズ・クリーク』(脚本・製作)、『エバーウッド 遥かなるコロラド』(企画・製作総指揮)などのテレビドラマでしょう。自身もゲイであることを公表しているバーランティは、IndieWireのインタヴュー[*4]でかつて『ドーソンズ・クリーク』の中でゲイの青年のキスシーンを入れるときにテレビ局から強い反対にあったことを明かし、しかしこの数年でそうしたLGBTの人物描写をめぐる状況が変化してきたと述べています。
「テレビではある種のLGBTの表現を試みようとして15年ほどで壁が崩れ始めた。いったん崩れ始めると、その壁が崩壊するのは早かったね。その結果僕らはそのストーリーテリングをより具体化することができた。映画はこれまで常にそうした事柄の最前線にあったけれど、主流のスタジオは決してそうではなかったと思う」。
ですがこの『Love, Simon』はまずフォックスが製作を決定し、彼が加わったのもフォックスの意向によるものだったといいます。
「この映画は最初からスタジオに支援されていた。しかも僕に先立ってこの作品に携わっていた、プロデューサー、エグゼクティヴ(プロデューサー)、脚本家、原作者といった人たちは全員ストレートだった。それでも彼らはこうした作品の必要性を感じていたわけだ」
この映画に関わることは「自分でも必要性を感じていなかった心の空白を埋める」「これまで明らかにできていなかった何かを感じさせてくれる」体験となったというバーランティは、本作がたくさんの子供に観られることを望んでいるそうです。
「たくさんの人から子供のときにこういう映画を観たいと思っていたと言われた。だから僕たちはそういう人たちの子供にこの映画を観てもらいたいと思っている。こうした映画がストレートの登場人物を主人公とした同等の作品と同じくらい素晴らしい作品になりうることをスタジオや個々の人々に示すことが必要だからね」[*3]

バーランティを始めとする『Love, Simon』の製作陣のそうした想いはこの映画を観る観客にも伝わっているようです。
たとえば若者から絶大な支持を集める監督のひとりであるグザヴィエ・ドランはこの映画について自身のインスタグラムで以下のように記しています。
「この映画自体について議論する前にまずはこの作品が存在すること、メジャースタジオが10代の若者のカミングアウトを題材にした映画を発表したことに注目しよう。扉は開かれた。前から開かれてはいたけれど、でも今度こそ、その扉の中に光が注ぐのが見えた。僕は子供のころたくさんのLGBTQ映画を観た。必死で答えを探して、閉め切った自分の部屋で…。そうした作品の多くは素晴らしく、僕が目指していたような若きアーティストに生気を与えてくれるものだったが、同時にその若い男にはほとんど希望がないようにも思えた。自殺、失恋、いじめ、ゲイたたき。『Love, Simon』はそのあらゆる熱意、正常さの中でカミングアウトの苦悩を見せているが、『Love, Simon』を観るティーンエージャーはその結末に勇気づけられるだろう。何故なら彼らは“普通”だと感じていないから。たぶんこの映画は彼らに教えてくれている。たとえ彼らの人生がサイモンの人生のように恵まれていなくても、行動を起こすことはできると」[*5]

またピーター・トラヴァース氏はRolling Stone誌の映画評で本作をこのように評しています。
「(本作の)プロットの構造は残念ながら洗練されたシットコム風の方向に傾きがちではある。だが登場人物たちが自身を理解する力を育むことを祝福するバーランティや出演者たちの偽りのない喜びが、そうした欠点を補い、この映画をあふれんばかりの贈り物にしている。『Love, Simon』は観客が目覚めを体験したジョン・ヒューズ映画のようだ。そしてそのあらゆる試みが誰も不快にさせないという意味でも、この映画は本物の先駆者である」[*6]

*1
http://www.imdb.com/title/tt5164432/
https://www.rottentomatoes.com/m/love_simon
*2
http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=main&id=untitledgregberlantifilm.htm
*3
https://www.nytimes.com/2018/03/14/movies/love-simon-gay-romantic-comedy.html
*4
http://www.indiewire.com/2018/03/love-simon-greg-berlanti-dawsons-creek-banned-gay-kiss-1201942587/
*5
http://www.indiewire.com/2018/03/xavier-dolan-love-simon-review-queer-cinema-1201941032/
*6
https://www.rollingstone.com/movies/reviews/peter-travers-love-simon-movie-review-w517823

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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