ギレルモ・デル・トロ監督作『シェイプ・オブ・ウォーター』は、1962年に政府の研究所で清掃員をしているイライザと、水中で生きる“彼(不思議な生きもの)”との愛を描いている。その音楽を作曲したのは、フランス出身のアレクサンドル・デスプラである。デスプラは、ヨーロッパ映画で音楽を手掛けていたが、2003年の『真珠の耳飾りの少女』をきっかけに、多くのアメリカ映画の音楽も作曲するようになった。『シェイプ・オブ・ウォーター』の音楽でデスプラは、第75回ゴールデングローブ賞の作曲賞、第71回英国アカデミー賞の作曲賞を受賞した。また、第90回アカデミー賞の作曲賞にノミネートされている(授賞式は、現地時間で2018年3月4日)。
デル・トロ監督の映画において、デスプラが作曲を担当したのは、今回が初であった。そのような中で、デスプラを作曲に駆り立てたデル・トロ監督による過去の映画作品がある。それは、デスプラが傑作と評する『パンズ・ラビリンス』であった。しかし、デスプラは、『シェイプ・オブ・ウォーター』は、『パンズ・ラビリンス』よりもさらに力強い作品であると述べる。「私が初めてその映画を観たとき、愛情、エネルギー、スクリーン上の美しさ、卓越した演技が流れているかのように感じました。音楽によって、そのことが現実であるように思わせるだけでなく、ある程度の寓話性を持たせなければなりませんでした。水底世界に入っていってもらうためです。水の流れがあり、それが観客をその世界へと誘い、体験させるのです」とデスプラは振り返った。
デスプラは、オープニングから作曲を始めた。『シェイプ・オブ・ウォーター』の音楽は、水の表現が際立っている。デスプラは、自身の作曲に対する考え方からオープニングの作曲過程を説明した。
「いつも述べているのは、作曲とは考えることであるということです。音楽を演奏することは、良いことで役立ちます。しかし、作曲が考えることであるとは、音楽を書いたり、演奏したりする知力がどのようにアイデアと繋がっていくのかということなのです。だから、多くのことを総合していかなければならないのです。サウンドを聞いたり、対位旋律やコードのレイヤーを聞いたりします。
私たちは、水について話し合いました。これはまったくの無意識であったということは言っておかなければなりませんが、オープニングシーンのために書いた音楽は、波に基づいています。意図的に行ったことではありませんが、愛情と水の表現に注視することで、波のようなアルペジオ(分散和音)を奏でる旋律を書きました。
波を奏でない旋律を書くこともできました。作曲以前に、知力を働かせ、映画を鑑賞したことから湧き上がる直感的感情を合わせていくことが大切なのです。」
この映画の中心は、恋愛物語である。その点に関して、デスプラは、『シェイプ・オブ・ウォーター』を『トリスタンとイゾルデ』に喩える。現実的で深い愛情の物語であり、古典的なのである。デスプラは、愛情を示すことに対しての恐怖がなく、上品で情熱的な恋愛物語が展開されるのだと述べる。そして、映画の中で表現される水とは愛情を暗喩しているが、音楽の多くは浮遊してるような感覚を与えてくれる。
「映画は、水中で始まり、水中で終わります。つまり、映画の原動力になっているものは明らかなのです。それは水です。リチャード・ジェンキンスのボイスオーバーは、愛情とは水のようであると説明します。愛情は、多種多様に形を変えるからです。愛情は空気を通り抜け、見ることができず、透明です。しかし、強大な力を備えています。止めることなどできません。それらのことには意味があり、観客はそのことを音楽とサウンドの中に捉えようとします。
コードや旋律だけではありません。例えば、2つの旋律があります。メインのラブテーマとイライザのテーマです。映画の後半で登場します。始めは2人が離れているからです。サウンドをどうするのかという問題があります。どのようなサウンドであるのか。スクリーン上で起こってることを、音によって観客に対してどのように表現するのか。そのことを伝えために、私はギレルモにオーケストラの音を合わせることを提案しました。いくつかの弦楽器を使いました。オーケストラはワンシーンでテーマ曲を大きく奏でます。彼女(イライザ)が行方不明になった不思議な生きものを探そうとし、彼がシアターで映画を観ている場面でのラブテーマです。しかし、オーケストラの音は、映画で主要な役割を担ってはいません。」
デスプラによれば、最後のシーン以外では、大規模なオーケストレーションを一切行っていない。また、水を表現するために、フルートを除いては、木管楽器を使用していない。水中にいるかのような不明瞭で柔らかい低音域のサウンドを創り上げるために、4本のバスフルート、4本のアルトフルートを用いたのである。さらに、弦楽器とアコーディオンも楽器編成に組み込まれている。デスプラは、フランスよりも南アメリカのサウンドを意識してアコーディオンを使った。不思議な生きものは、南アメリカからやって来るからである。
「残りの部分は、フルート、アコーディオン、口笛で編成されています。水中にいるかのようなサウンドを必要としたからです。水中から音楽を聞いたとき、遠くに不明瞭で曖昧な何かを感じます。その感覚を探求し、強調したかったのです。
同時に、不思議な生きものには南アメリカのサウンドを必要としました。私が考えていた楽器はバンドネオンでした。それは、タンゴの音楽に使われる楽器です。だから、アコーディオンを使って、バンドネオンの音色で輪郭を演奏しました。口笛はイライザを表現しています。彼女は、屈託がなく、話すことができません。しかし、口笛を吹くことができます。実際に、映画内で彼女は口笛を吹いています。
バスを待っているとき、彼女は口笛を吹いていて、私たちは考えたのです。この口笛を使って彼女を表現するサウンドにしようと。その時のその音は、とてもかぼそく、不安定で、繊細で、気ままで、幸せそうであったからです。因みに、私が口笛を吹いています。私が(サウンドトラックにおいて聞こえる)口笛の奏者です。」
デスプラはデモの段階で口笛を吹いたが、アビー・ロード・スタジオに世界チャンピオンの口笛奏者を招いた。その口笛奏者は、何でも完璧に吹くことができた。しかし、聴き返してみると、余りに完璧だったのである。そのことで、感情が殺されてしまっていた。デスプラは、「自分の口笛にある不安定さには温かみがあるのです」と述べた。
「私はフルート奏者です。だから、様々な表現で口笛を吹きました。フルートを演奏するように、ビブラートを使いました。前面に出し過ぎず、感情を表現するように心掛けました。あるレベルで、とても不安定な映画だからです。感情を抑制し、美しく、繊細に保たなければならないのです。」
デル・トロ監督は、音楽に関してデスプラに明確な指示を出さなかった。彼はヨーロッパのスコアを要求しただけであった。デスプラによれば、その要求の意味するところとは、スコアがスクリーン上で起こっていることだけでなく、映画の本質を捉えることであるという。デル・トロ監督は、映画音楽の作曲を改革した60年代の作曲家の音楽を要望し、そのアイデンティティを捉えてほしかったのだとデスプラは述べる。
「私に分かることは、ギレルモがヨーロッパのスコアを望んだということです。ジョルジュ・ドルリューに言及することもありました。そのような作曲家たちです。しかし、自分にとって、それはインスピレーションを与えてくれる映画であっただけなのです。
アコーディオンとバンドネオンは19世紀から存在しています。私は、アコーディオンを発明しておらず、ほかの作曲家も同様です。長きにわたって存在し、メキシコ音楽やイタリア音楽のワルツを奏でるアコーディオンの音色を聞いています。ルキノ・ヴィスコンティによる『若者のすべて』の音楽を聴けば、アコーディオンによるワルツが登場します。だから、自分にとって、アコーディオンを使うことにおいて民間伝承の側面は一切ありません。特に、この楽器を使う方法においてです。フランスのミュゼット、すなわち典型的なパリの50年代のサウンドとしてアコーディオンのサウンドを使っていません。奏でられている楽句はミュゼットに由来してはいないのです。つまり、タンゴに由来しているのです。これは別のことなのです。」
デスプラは、マイケル・シャノンが演じるストリックランドにテーマ曲を与えないことを決めた。そのキャラクターにはメロディ、またはモチーフがないのである。一方で、映画のかなり後になってから、ストリックランドには音楽が付くのだと説明する。その音楽は、ストリックランドの中の悪魔が現れ始めて、とても多くのダークなエネルギーを発散するときに流れる。さらに、デスプラは、ストリックランドが感じているものの変化を捉えてほしいのだと話した。
「観客が聞くサウンドは、彼のサウンドではありません。不思議な生きもののサウンドなのです。その不思議な生きものには、ゆっくりと高く穏やかになっていく低い音を与えました。観客にとって、その段階での不思議な生きものは、脅迫的で、少し危険です。誰が悪人であるのかをまだ判断していないのです。(しかし、)観客は、すぐに善と悪を理解します。
そのサウンドは水のようで、低い音域です。濁っていて、暗くて、耳障りなのです。そして、フルートの音色が流れます。ストリックランドには、テーマ曲がありません。彼の演技は、とても力強くなっていきます。彼は人間ですが、モンスターであることが明らかとなるのです。
彼女(イライザ)は話すことができないのでモンスターであり、河からやってきた彼(不思議な生きもの)もまたモンスターです。このことこそが、ストリックランドが観客に伝えることであり、彼が考えていることです。彼には音楽は必要ありません。音楽は愛情について表現しているからです。彼は愛を与える存在ではないのです。彼は自分の妻とセックスをしますが、そこに愛はありません。」
デスプラがデル・トロ監督の映画において、音楽を作曲したのは初であったが、『シェイプ・オブ・ウォーター』で仕事を共にしたデル・トロとはいかなる存在であったのかについて、デスプラは語っている。
「彼は情熱的で、寛大な映画製作者です。とても繊細な人物で、感情に溢れています。彼に適当な音楽を提示すれば、すぐにフィードバックが返ってきます。彼は感動し、感情を昂ぶらせます。何かを合わせるとき、彼は正確にコメントをします。ギレルモとの夢の仕事です。この映画は、何年もかけた美しいコラボレーションのひとつです。『シェイプ・オブ・ウォーター』は、自分が取り組み、誇りに思うトップリストの中の映画であると思います。」
参考URL:
http://deadline.com/2017/12/the-shape-of-water-alexandre-desplat-oscars-interview-1202220056/
https://www.billboard.com/articles/news/8062806/alexandre-desplat-shape-of-water-interview
http://www.latimes.com/entertainment/envelope/la-en-mn-scores-roundup-20171206-story.html
http://www.awardsdaily.com/2017/11/25/interview-alexandre-desplat-creating-music-love-shape-water/
http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/story/
http://www.alexandredesplat.net/us/bio-e.php
宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。
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