タランティーノ監督作品や『ギャング・オブ・ニューヨーク』『英国王のスピーチ』などの数々の作品を手がけ、『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞を受賞した著名な映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長年に渡るセクハラ疑惑がハリウッドを揺るがす大きな問題となっている。
 ワインスタイン氏に関する疑惑は先月初旬のニューヨーク・タイムズ紙の報道により公に明るみとなったが、現在では50名以上の女優が彼から暴行を受けたと告発している。ワインスタインは自らの設立したワインスタイン・カンパニーを解雇となった*1だけでなく、アカデミー賞を選出している映画芸術科学アカデミーを除名処分となり*2、事実上ハリウッドから追放される形となった。

 今回の件を受け、映画芸術科学アカデミーはメンバーに対し新たな行動規範を確立させる方針を示している。アカデミーCEOのドーン・ハドソンは会員に対しこのような連絡をしたという。
「アカデミー理事会は、我々自身の産業におけるセクシャルハラスメントや快楽のための利己的な行動について懸念を抱いています。アカデミーは映画制作のプロフェッショナルらのための安全で敬意ある環境を作る役割があると信じています。私たちはメンバーに対する行動規範ーそれは申し立てられた違反を審査し、その品行が構成員として正当なものであるかどうか決定するものでもありますーを確立させようとしています。」*3
 同時にハドソンは、非営利組織のための行動規範を引き上げることの難しさを認め、アカデミーが調査団や法廷としての機能をするつもりはない、とも保証している。ワインスタイン氏を除名することとなったのちに、アカデミーの会長であるジョン・ベイリー(なお、彼の名前は『普通の人々』『恋はデジャ・ブ』などの撮影監督としても広く知られている)は会員に以下のようなメッセージを送っている。
「アカデミーは調査や審問のための法廷ではない。しかし、品行の規範を定め新たな改善への自発性の一部でありうることができるだけでなく、一個人として弱い立場にある女性や男性、彼らの周囲の倫理に反した行為による職業的なリスクに対して支えとなる必要がある」*4
ハドソンは12月・1月に行われる次の理事会でこの議題について取り組むことを約束している。
 また、PGA(全米プロデューサー組合)も今回の一件への対応として、ワインスタインと今後一切の関わりをもたない、とした声明を発表した。「世間で広く報道されているワインスタイン氏の行いを考慮した結果、委員会は投票により、満場一致で彼を生涯永久にPGAから追放することを決定しました。この前例のない措置は、過去数十年に渡るワインスタイン氏の愚かな行いの深刻さを反映したものです。我々の組織自体において、また業界においても、もはやセクシャルハラスメントを許容することはできません。娯楽産業におけるハラスメントを阻止するために、実用的かつ効果的な解決法を探り提案するタスクフォースを設置します。」*5

アカデミーCEO ドーン・ハドソン氏

 IndieWire誌の記者アン・トンプソンは”低俗な組織的疲労・麻痺に対するハリウッドの戦い”と題した記事の中で「今は巨大な権力者による暴力の象徴としてワインスタインに対する批判が集中しているが、本当の反省はこれから始まるだろう」と記し、この一件に対する映画人の見解を集めている。
 ハラスメントや差別は珍しいことではない、と『ジェーン・オースティンの読書会』などで知られる映画監督ロビン・スウィコードは書いている。「ワインスタインの一件は、私たちの間でも最もひどく横暴な者が繁栄していることを示しています。業界のなかには、彼と同様の行いをしていて、その名の公になっていない権力者がいるでしょう。しかしそれに対して孤独に告発の声を挙げることは安全ではないーむしろそのキャリアの終わりを示しています。男性中心的な社会は、女性たちの告発を”彼女はおかしいんだ”、”和解金目当ての脅迫をしているんだ”などと言って簡単に埋もれさせてしまうでしょう。私たちは長年の暴力に対し、沈黙を続ける体質の一部となっていました。孤独で立場の弱い女性が、彼女らの声に耳を傾ける仲間との繋がりを得ることができたのは、SNSが重大な変化をもたらしたからだと感じます。」
映画監督のキャサリン・ビグローもそれに同意している。
「情報拡散の民主化は、その情報を埋没させようとする巨大なメディアにも勝ることができるでしょう。」*6

 一方で、長年に渡るハラスメントの疑いを掛けられている人物が、我々に馴染みのあるものも多い作品に深く携わっていたことに戸惑いを感じた方もいるのではないだろうか。Indiewireでは批評家たちが”作品と作家を隔てることはできるのか?”と題し、コメントしている。その中でBBC Cultureの記者クリスチャン・ブロベルトは以下のように総括している。
「映画やその他の芸術をどう受け取るべきか迷わせるようなスキャンダルが起きた場合、多くのライターは”芸術家と作品は別物なんだ”という文句を書きます。表向き、その言葉は私たちに例えば検閲への反対声明として示されるような、映画の可能性を与えています。しかし、本当のところそれは、高慢な映画を観ることに関する倫理観についての対話をシャットアウトすることと等しいでしょう。
 ワインスタインの一件は、映画は芸術であるのと同時にビジネスでもあるということを思い出させました。その論理においては、ワインスタイン・カンパニーやウディ・アレンの作品を観ないことは非常に合理的なようです。しかしそれは”芸術家と作品は別物なんだ”ということと相反する作用をもたらす助けや、我々が欲する信条に与することにはなりえません。(中略)
 例えばネイト・パーカーの『バース・オブ・ネイション』が多くの批評家から作品に見合った評価をされなかったことは、彼に強姦の容疑が掛けられ、裁判で無罪が確定したのちも被害者が自殺してしまった過去の事件に原因があると表向き見ることもできるでしょう。この事件は、一部の批評家がどちらにせよ受け入れがたかった映画を退けることを容易にさせたように感じます。その一方で、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケイシー・アフレックが、彼がセクシャルハラスメントの嫌疑を掛けられたにも関わらずアカデミー賞を受賞したのは、人々が非常にこの作品を愛していたからでしょう。芸術はあらゆることを正当化します。
 しかし今、リーフェンシュタールの映画をそれが作られた時代的背景と切り離して考えようなどと言う人はいないでしょう。あるいは、グリフィスの『国民の創世』について、不愉快な人種差別主義に基づいているにも関わらず、我々がその革新的な映画的話法を賞賛し続けているがために、KKKの再興に刺激を与えるといった犠牲を払っているとしたら?芸術は人間であり、また人間によって作られるものです。どんな常識や倫理観にも影響されない、ある種の神話的な空白のなかに芸術は存在しています。
 ステファニー・ザカレック(タイムズ紙の著名な映画批評家)は、”ワインスタインの被害者でもあった女優たちが素晴らしい仕事をしたミラマックスの作品を無視する必要はない、その行為はむしろ被害者を冒涜するひとつの手段となってしまうだろう”*8と見事に主張しました。しかし、今では、ミラマックスの映画が性やジェンダーに関してどのような見解から成り立っていたかについて素直に考えることができます。”芸術家と作品は別物なんだ”という言葉に容易に同意することは、作家を取り巻く問題について意識し、考える必要がないということと等しいのです。別の言い方をするなら、映画や他の芸術を、何も考えずに受容することは望ましい態度ではないでしょう。」
 また映画批評家リチャード・ブロディはこのように述べている。「どんなことであれ、観客が映画と作り手について知っていることで明らかになってくるものがあるだろう。批評とは有益な関連性を問題提起することです。しかし、より良い映画とは、それが生まれる過程が、クリアな目で鑑賞するためにすでに明らかになっているべきだったことについてのデティールで満たされたものでありうるでしょう」*7

 映画芸術科学アカデミーにおけるワインスタインの処分については、映画監督・脚本家のロマン・ポランスキーやジェームズ・トバック、俳優のビル・コズビーら彼と同様の嫌疑がかけられた人物についての処遇に対する疑問にも繋がっているという。アカデミーはワインスタインの除名を発表した際の声明において「我々の産業における、職場でのハラスメントと性的に搾取する行動に対する恥ずべき共犯と故意の黙殺の時代が終わったことを伝えなくてはならない」*9と述べている。この疑惑が明るみになったことは、彼一人の処分に留まらず今後ともハリウッドに影響を及ぼしていくだろう。それに注目していく必要があるだけでなく、芸術でもあり産業でもある映画をどのように受け取ってゆくべきなのか、我々自身が問われているようにも感じられる。

参照

*1https://www.nytimes.com/2017/10/08/business/harvey-weinstein-fired.html
*2http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-harvey-weinstein-film-academy-20171014-story.html
*3http://movieweb.com/oscars-academy-motion-pictures-code-conduct-voting-members/
*4http://www.hollywoodreporter.com/news/academy-board-governors-discuss-new-code-conduct-1052273
*5http://www.indiewire.com/2017/10/producers-guild-harvey-weinstein-ban-1201892671/
*6http://www.indiewire.com/2017/10/harvey-weinstein-hollywood-way-forward-sexual-harassment-abuse-scandal-1201888543/
*7http://www.indiewire.com/2017/10/harvey-weinstein-separate-art-from-artist-film-critics-1201887805/
*8http://time.com/4979250/how-do-you-solve-a-problem-like-harvey-weinstein/
*9https://www.nytimes.com/2017/10/14/business/media/harvey-weinstein-ousted-from-motion-picture-academy.html

吉田晴妃
現在大学生。英語と映画は勉強中。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。映画の保存に興味があります。


コメントを残す