ダーレン・アロノフスキー監督最新作『マザー!』Mother!, 2017)が、本日9月5日にようやく第57回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門にて上映される。これを皮切りに、第43回ドーヴィル・アメリカ映画祭(9月8日)や第42回トロント国際映画祭(9月10日)などでの上映が続き、その後はフランスやベルギー(どちらも9月13日)、そして本国アメリカ(9月15日)で続々と公開されることが決定している。ここ日本でも、来年2018年1月19日に封切られるとの情報が出たばかりだ。

 

 そういうわけで、ここ連日、ホットな話題として世界各国の媒体が取り上げているのだが、やはり注目されているのは、その徹底して詳細を語ろうとしない監督のこだわりである。映画のあらすじとして提示されたのは、「招かれざる客があるカップルの家へとやってきて、彼らの穏やかな生活を壊していく。そのとき、カップルはその関係性を試される」[*1]という非常に簡潔なものであり、最初に公開された30秒程度の予告編も、物語の展開を予測させないようなものとなっている。実際、ヴェネツィア国際映画祭に先立って、ごく少数の限られた人たちだけが内密の試写会に参加することとなったが、映画公開まで、その内容に関しては極秘にするとの約束が結ばれたようだ。そのような監督の意向から、映画の内容に関することはほとんど語られていないものの、その際行われた監督に対してのインタヴューからは、この映画を製作するに至った経緯監督自身驚いたという新しい試み、そしてタイトルに隠された「鍵」について確認できる。今回のWorld Newsでは、そういった『マザー!』を取り囲むいくつかの小さなエピソードを紹介したい。

 

 さて、アロノフスキーといえば、『π』(π, 1998)『レスラー』The Wrestler, 2008)や『ブラック・スワン』Black Swan, 2010)といった作品で広く知られているが、「ノアの方舟」という題材もさることながら、その莫大な予算をかけて作られた方舟の巨大セットや動物界のCGIが印象的な、前作『ノア 約束の舟』(Noah, 2014)も記憶に新しいだろう。「やりたいことがやれて満足だった」[*2]という監督は、次回作はもっと身近なものにしようと考えた。だが実際、それは『マザー!』ではなかった。「実は子どもに関する映画を準備していたんだ。サウス・ブルックリンで過ごした私の子ども時代、そして友人のことを題材にしてね。でもいくつか問題が生じて諦めざるをえなくなった。そこでまた別のアイディアが頭の中に浮かんできたんだ」[*2]とアロノフスキーは語る。そしてそのアイディアこそが『マザー!』での物語だった。

 

 アイディアが浮かんできても一旦おいておく、というのがアロノフスキーのやり方なのだが、今回は違った。すぐに考えをまとめ友人に送り、アドバイスをもとに今度は5日間で構想を練ったのである。そのような即時的なやり方は彼にとって新しいことだった。監督は言う「1日で、あるいは1週間で、自分の感情を表現出来るような作詞家に私はかなり嫉妬していた。映画監督というのは、感情を整理して表現するのに、少なくとも、2、3年ほどかかるんだ。だから、一種の感情を何かに入れてしまえる方法があって、その経過を見られるなら、それはとても興味深いことだと思った」[*2]

 

 そのようにして始まった本作だが、『マザー!』という題名について、アロノフスキーは、「映画の精神を反映している」[*2]と言う。重要なのは、エクスクラメーション・マークだ。監督へのインタヴューを担当したAbraham Riesman氏はこの秘められた作品について、「最大の手がかりはタイトルだ」[*2]と言う。監督は続ける「この映画には絶叫するようなところがあって、ラストがその大きなポイントなんだ。だからこのタイトルはいいと思う[……]はじめは、M-O-T-H-E-Rにしようと思って、その次は、Mother!!!がいいと考えた。[笑いながら]でも、[主演の]ハビエルとジェニファーに、それってタイトルじゃないよね?と言われたんだ。ああ、たぶんね!と答えたよ」[*2]

 さて、『マザー!』を製作するにあたって、アロノフスキーはもう一つ新しい方法を取り入れた。それは、3ヶ月にわたるリハーサルである。これは、主演の2人ハビエル・バルデム、そしてジェニファー・ローレンスとともに行われた。場所はブルックリンにある倉庫で、照明もなければ、想定される壁や階段もない。しかし、ヴィデオ撮影をしながら、役者の動き、そしてカメラの動きを確認していったのだという。リハーサル中はとりわけローレンスに焦点が当てられた。「今までやったことのないようなことを彼女に要求する箇所がいくつかあった。[……ローレンスが演じる]人物像については、撮影が始まって彼女が演じるまで、私もつかめなかった」[*2]とアロノフスキーは語る。「この映画は基本的に、彼女の肩から上、つまり顔、あるいは彼女の視線ショット(POV)で成り立っている。[……]彼女一人だけのロングショットもいくつかあるが、その背後には基本的に3台のカメラが置かれている」[*2]その効果については、ぜひとも劇場で確認したいところだ。

 

 これまでにもサイコ/スリラーというジャンルを得意としてきたダーレン・アロノフスキーだが、今回は、その枠組みの中でも全く新しい手法をいくつか取り入れている。それがどのように映像として表れているのか、この点も一つ、興味深いことであろう。冒頭にも述べたように、『マザー!』は本日から次々に世界各国で上映される。作品の内容に関して秘密主義を通したアロノフスキーの姿勢も念頭におきつつ、本作がどのように受け止められていくのか、今後の動向にも注目したい。

引用URL

[*1]http://www.indiewire.com/2017/09/mother-everything-you-need-to-know-darren-aronofsky-1201872751/

[*2] http://www.vulture.com/2017/08/darren-aronofsky-mother.html

 

参考URL

http://www.indiewire.com/2017/08/mother-details-plot-darren-aronofsky-jennifer-lawrence-javier-bardem-everything-you-need-to-know-1201862287/

 

http://www.indiewire.com/2017/08/tiff-2017-most-anticipated-films-mother-the-shape-of-water-1201870765/

 

http://www.imdb.com/title/tt5109784/

 

 

原田麻衣
WorldNews部門
京都大学大学院 人間・環境学研究科修士課程在籍中。フランソワ・トリュフォーについて研究中。
フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。


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