今ここに、新たなジャンヌ・ダルク映画が誕生した。
来たる9月6日、ブリュノ・デュモン監督最新作『JEANNETTE, L’ENFANCE DE JEANNE D’ARC』(ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼少期)が本国フランスで公開を迎える。羊飼いの少女がポップ、エレクトロ、ロック・ミュージックに乗って歌って踊るミュージカル・コメディである。本作品は今年度カンヌ映画祭の「監督週間」で上映され、“異端ミュージカル”として話題になっていた。一般公開に先駆けてテレラマ誌に掲載された現在『プティ・カンカン』の続編にあたるTVシリーズ『Coin Coin et les Z’inhumains』を撮影中のブリュノ・デュモン氏のインタビューを軸に、この“異色作”に迫っていきたいと思う。
その前に、基本情報を述べておく。本作は、フランスの詩人で思想家シャルル・ペギー(1873 – 1914)の『ジャンヌ・ダルク』と『ジャンヌ・ダルクの慈愛の神秘』にインスパイアされて書かれたものだ。シャルル・ペギーは、社会主義者としてエミール・ゾラらと共にドレフェス大尉の失脚事件で活躍した後、カトリック信仰へと回帰した。彼の生涯の作品には、彼自身のキリスト教へのゆるぎない信仰心を代弁する人物としてジャンヌ・ダルクは必要不可欠な人物であった。物語は15世紀の百年戦争末期、フランス北東部にあるドンレミ村の農家の娘で羊飼いの少女ジャネット(ジャンヌ)は目の前で起きているあまりに悲惨な現状を嘆いていた。敬虔なカトリック教徒の彼女は、年下のオーヴィエットと年上の修道女ジェルヴェーズとの宗教的かつ哲学的な対話を通して、自身の中にある愛国心に目覚めていく。13歳になった時、彼女はついに神の“声”を聞く。
なぜシャルル・ペギーなのですか?
彼は捉えるのが難しい作家ですが、複雑な私自身の考えに近いものがあります。彼は詩人であるだけでなく、偉大な思想家です。近年我々が抱える政治的争論にも通ずる根源的な疑問に対して明確な答えを持ち、フランス人としての在り方を改めて問いかけてくれます。フランスの持つ矛盾をしっかりと捉え、ジャンヌ・ダルクならどう答えるかさえ理解している人物です。物事の真髄を鋭く把握しています。
これまでの作品の例に漏れず素人をキャスティングし、さらに歌わせましたね。
『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』(2013)では、ジュリエット・ビノシュ扮するカミーユ・クローデルの世間にあまり知られていない精神病院に送られてからの後半生を描きました。同じように、かの有名なジャンヌ・ダルクにも知られざる幼少期があります。フランスのヒロインである彼女の“原点”に焦点を当て、無名の俳優らと共に、自身のすべてを賭けてみようと思ったのです。多くの場合、高い理想は手の届かないものです。素人を起用することで、それらを脆く不完全なアクセスしやすいものとなります。さらには“歌う”ことにより、シャルル・ペギーという手の届かない存在により近づくことが出来ます。
作中のダンスは、実にぎこちなかったですね。
その“ぎこちなさ”こそが、優美なのです!私は、今の時代が求めてやまない“完璧さ”など一切求めていませんし、信じていない。一方で、歌い方さえあまり分かっていないこの小さな少女を信じています。振付師のフィリップ・ドゥクフレは「プロのダンサーを使いたい」と言っていましたが、言語道断です。とんでもない。物事というのは起こるものです。映画はその発生を見せるためにあって、観客はその誕生に参加するのです。ジャンヌは世の人々の悲惨さに触れた羊飼いの少女であり、同時に天に昇れる可能性を秘めている。人間はそうでないといけません。
ジャンヌを演じた8歳のリズ=ルプラ・プリュドムを起用した理由は?
彼女の知性に完全にノックアウトされました。生き生きして、解放されている女性です。なによりペギーをよく理解していました。
修道女ジェルヴェーズという一役を双子の2人が演じていますよね。
双子のアリーヌとエリーズは2人でオーディションに現れました。二人とも歌が上手く、どちらを選ぶか非常に悩みました。そんな時、ジェルヴェーズを分身させればいいんだ!というアイデアが浮かびました。彼女たちはほとんどのシーンを自ら演出しています。音楽はフランスのミュージシャンIgorrrが作りましたが、メロディは彼女たちから湧き出たオリジナルです。まるでラッパーのようでした。映画に様々な人の才能を組み込むことは大歓迎です。
修道女ジェルヴェーズがベールを脱ぎ捨て髪を振り乱すシーンは衝撃的でした。
あのアイデアを思い付いたのは振付のフィリップ・ドゥクフレではなく、Igorrでした。彼のおかげで、私は頭を激しく前後に振る“ヘッドバンギング”に出会い、奇抜なヘヴィメタル・ミュージカルというジャンルに至ることができました。ペギーの詩的文章のエクスタシーを体現するには最適のこのアクションを私はとても気に入りました。
あなたの映画に対して、不可解で苛立たしいという意見を持つ人もいるようです。
それは承知しています。映画とは、観客と監督におけるミステリアスな面接のようなもので、ある者には快く受け入れられ、またある者にはこき下ろされる。私はそれをよく分かっています。すべての人に好かれたいなら、それに対応する一般的な映画を作るでしょう。私はリスクを冒しますが、これは決して挑発行為ではありません。ただ、誠実に、自分の信じるものの果てまで必死に追い求めようとしているだけなのです。ハイレベルな観客を求めているわけでも、自己満足に浸っているわけでもない。ただ純粋に観客の皆さんを尊重しています。
ジャネットの幻想のシーンはどぎつく、馬鹿馬鹿しさと壮大さの妙なバランスでしたね。
意図的な馬鹿馬鹿しさこそが、壮大さをつくるのです。些細なことを強調して描くことの中に趣があります。ジャネットが大天使ミカエルのお告げを受ける木のシーンは、ジョルジュ・メリエスの『ジャンヌ・ダルク』(1900)と同じ映画の基本的な手法を用いています。たとえ実生活で天使を信じていなくても、映画の中では天使を木の上に登場させようが何の問題もありません。私は映画の中でしか信仰を持つ人に興味を持ちません。映画において宗教というテーマは我々を圧倒しつつありますが、あくまで詩的で、映画という名の芸術作品でなければなりません。スポーツもいいですが、人間力を高めるのはやはり“芸術”です。
「ジャンヌ・ダルクという一人の少女の人生は、まさに“フランス”を物語っています」と語るブリュノ氏。神のお告げをきっかけに戦地に赴いたジャンヌ・ダルクは、若干17歳にして軍隊の指揮を執りフランス軍を勝利に導いた。神に仕える敬虔なキリスト教信者だった彼女にとって、人間たちの裏切りと策略により“神の名のもとに”処刑される、という屈辱的な最期を迎えたことは悲劇以外の何ものでもない。19年という短い生涯だった。後に聖女として、また騎士として崇められる存在になったジャンヌ。フランス人はもちろんのこと、世界中の多くの人々の心を惹きつけて離さない。ジャンヌの物語が映画人たちに愛され、これまで幾度となく映画化されてきたことを見てもそれは明らかだろう。改めて、《ジャンヌ・ダルクと映画》の歴史を遡ってみてはいかがだろうか。彼女はこれからも永遠の孤高のヒロインであり続けるだろう。
≪ジャンヌ・ダルクを扱った代表的作品≫
■『ジャンヌ・ダルク』(1999/アメリカ、フランス)
監督:リュック・ベッソン
出演:ミラ・ジョヴォヴィッチ
■『ジャンヌ ~薔薇の十字架~』(1994/フランス)
監督:ジャック・リヴェット
出演:サンドリーヌ・ボネール
■『ジャンヌ・ダルク裁判』(1962/フランス)
監督:ロベール・ブレッソン
出演:フロランス・カレ
■『聖女ジャンヌ・ダルク』(1957/イギリス、アメリカ)
監督:オットー・プレミンジャー
出演:ジーン・セバーグ
■『火刑台上のジャンヌ・ダルク』(1954/イタリア、フランス)
監督:ロベルト・ロッセリーニ
出演:イングリッド・バーグマン
■『女と奇蹟』(1953/フランス)
監督:ジャン・ドラノワ
出演:ミシェル・モルガン
■『ジャンヌ・ダーク』(1948/アメリカ)
監督:ヴィクター・フレミング
出演:イングリッド・バーグマン
■『裁かるゝジャンヌ』(1920/フランス)
監督:カール・テオドア・ドライヤー
出演:ルネ・ファルコネッティ
■『JOAN THE WOMAN』(1916/アメリカ)
監督:セシル・B・デミル
出演:ジェラルディン・ファーラー
■『ジャンヌ・ダルク』(1900/フランス)
監督:ジョルジュ・メリエス
参考URL:
http://www.telerama.fr/television/jeanne-darc,-le-trivial-et-lelevation-rencontre-avec-bruno-dumont,n5163943.php
http://www.allocine.fr/film/fichefilm_gen_cfilm=245585.html
http://www.lemonde.fr/festival-de-cannes/article/2017/05/21/cannes-2017-jeannette-l-enfance-de-jeanne-d-arc-bruno-dumont-en-etat-de-grace_5131401_766360.html
http://www.allocine.fr/communaute/forum/voirmessage_gen_refmessage=20764527&nofil=576242.html
http://3b-productions.com/tessalit/jeannette/
https://web.archive.org/web/20060409012934/http://smu.edu/IJAS/movielis.html
田中めぐみ
World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。
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