[515] 社会問題を扱う映画祭、カルロヴィ・ヴァリー国際映画祭と今年のノミネート作品について


p>5月にはカンヌ、8月にはロカルノ、9月になればヴェネティアや、トロントで大規模な映画祭が開かれる中で、見過ごしてはならない重要な映画祭が6月30日から、7月8日までチェコのとある小都市において開催されていた。それは、カルロヴィ・ヴァリー国際映画祭(KVIFF)である。

映画祭が開催されるカルロヴィ・ヴァリーは、チェコのスパタウンでもある。普段は療養目的で訪れる人が多いこの街も、映画祭の開催が近くなると多くの若者や映画人で賑わい出す。KVIFFは1946年から開催され、今年で52回目を数える、世界で最も伝統ある国際映画祭の一つである。その特徴は、世界規模で進行している政治的、社会的、経済的問題を扱った映画が数多く上映されるということにある。

今回は、コンペティションのドキュメンタリー部門における作品をいくつか紹介し、この映画祭の特徴についてまとめる。

 

映画祭のアーティスティック・ディレクターを務める、カレル・オーチは、映画祭がサポートしている政治的な映画製作の例として、ドキュメンタリー部門における、”The White World According to Daliborek”と、”Another News Story”をあげる。 両作品はそれぞれ異なるスケールの問題を扱う。前者が小さなチェコの街の、あるネオナチについての親密で高度に様式化されたポートレートである反面、後者はより広く難民危機をニュースメディアがどのように扱ったか、ということについての調査である。しかしどちらの作品にしても彼ら自身の境界を超えて何かを伝えようとしている。*1

 

The White World According to Daliborek

ダリバーは、40歳近くになっても未だ、母親と一緒に暮らしていて、チェコの国外に出たことのない、スキンヘッドの男である。小さな工場の塗装技師として、勤務時間の合間に人種差別主義の乱痴気と、自作のばかげたデスメタル動画をユーチューブにあげる。彼はユダヤ人、黒人、そしてロマの人々に対して憎悪の音葉を吐き掛ける。しかしこうした言動にもかかわらず、彼の存在があまりに痛ましいので、わずかに憐れみを禁じえない。彼は、デートのためにインターネットで情報を探し、明らかに病的なほどに準備をする。ネオ・ナチの集会にいく前にはマジックであごひげを強調し、入浴中に不用意に母親が浴室に入ってきてもそれを受け入れてしまう。


ダリバーの世界は、母親のボーイフレンドに出会ったことで変わっていく。このボーイフレンドは、新しく、恐怖を感じさせる考え方を家のなかに持ち込むのだ。ダリバーは大騒ぎはするが、実際には暴力をふるうには、臆病すぎるようにも見える。しかし、私たちはダリバー以外の登場人物に対して同じ確信をもつことができない。特に、母親のボーイフレンドである、操作的な扇動者、ギャングの中にいる時にはマイノリティーを攻撃したという物語を生き生きと語る彼に対しては。

 

映画はアウシュヴィッツへの吐き気を催す旅で終わる。ここでドキュメンタリーにおいてよく見られる、最も狂気じみたラストの一つで第四の壁(フィクションとドキュメンタリーの境界を示す)が壊される。 “White World” は世界規模で高揚するナショナリズムの上にある不安感を、踏まれるのを待っているブービークッション(踏まれると音がするおもちゃ)として扱い、憎しみとは、時に孤独と愚かさの副産物であると観客に伝えている。


【“Another News Story,”

“Another News Story”は、イギリスのドキュメンタリー映画監督である、オルバン・ワレスが、2015年の夏にギリシャの島々に旅行し、大挙して上陸する難民たちと、それを撮影するジャーナリストの両方を取材したものである。このデビュー作の特徴は、テレビのニュース・クルーの映像を、難民自身の映像と一緒に演出するような、部分的にはメディア批判であり、部分的には『VIce』的な突撃取材にある。

 

彼が自分と他のジャーナリストとを対立的に描くという編集手法を選択していることから、難民問題をいかに取材すべきかということについて彼に何か主張があるように思うかもしれない。しかしウォレスは、「自分対彼ら」という図式の意図について、映画祭での解釈を払い退ける。彼はテレビのニュース報道について価値を見出し、ドキュメンタリーとは、単に異なる方法を用いた語りでしかないと述べる。「私は自分がしたことが、ニュースジャーナリストや彼らの用いている手法よりも優れていたということはできません。」と彼はいう。「それは私が意見するにはあまりに大きな問題です。」

 

【特徴について】

KVIFFののラインナップは、ヨーロッパにおける難民危機から、専制的な国々において高まりつつある緊張にいたるまでの、新しい次元の複雑性と格闘している映画製作者たちを反映している。

オーチは、社会的・政治的問題についてアーティスティックに反応する映画製作者を紹介することは、映画祭の最も重要な目標だと述べる。

「政治性は、私たちが目をそらすことができないものです。」「しかし私たちにとって最も優先されるものでもありません。私たちがそうした映画を好むのは、洗練された方法を通じて政治性が示される時です。」*2

 

KVIFFは現実に起きている様々な「危機」に対して映画がどのように反応するのか、そして映画祭という状況の中で、どのような映画が評価されるのかということについて多くのことを教えてくれる。今後このような特徴ある映画祭を注視していくことは、映画と社会問題との関係を理解する上でも重要であろう。

 

参考サイト

http://www.indiewire.com/2017/07/brexit-europe-national-identity-movies-1201851388/

*1

http://variety.com/2017/film/markets-festivals/karlovy-vary-international-film-festival-showcases-stories-of-social-turmoil-and-honors-jeremy-renner-1202473523/

*2

http://www.kviff.com/en/about-the-festival/programe-sections

http://www.screendaily.com/features/karlovy-vary-preview-ken-loach-casey-affleck-and-edgy-films/5119481.article

 

村上 ジロー World News担当。国際基督教大学(ICU)在学中。文学や政治学などかじりつつ、主に歴史学を学んでいます。歴史は好きですが、(ちょっと)アプローチを変えて映画についても考えていきたいと思ってます。


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