4月26日から米huluで配信の始まった”THE HANDMAID’S TALE”。出産可能な女性が奴隷のように扱われる近未来ディストピア世界を描いたドラマです。6月1日現在でシーズン1、10話のうちの第7話までが放映され、開始後1カ月にして「この春の新番組の中でベスト。主演のエリザベス・モスは最も有力なエミー賞候補だ」(*1)、「アトウッドの原作を忠実に再現しつつ新しい世界を開いた。残虐かつ目にも鮮やかな映像がじわじわと進む展開に、番組が終わった瞬間、視聴者は安堵の息をもらすだろう」(*2)と評判は上々。米映画批評サイトROTTEN TOMATOESでも評価家スコアで9.06/10、一般視聴者スコアで4.6/5と高い支持を得ています。

本ドラマの原作『侍女の物語』は、カナダの作家マーガレット・アトウッドが1985年に発表したSF小説です。舞台となる「ギレアデ共和国(かつてのアメリカ)」は、遺伝子実験や環境汚染の影響で出生率の低下が深刻化している全体主義国家。政府はこの危機を脱すべく、「伝統的価値」への回帰を強調し、有色人種を迫害。男性優位のカルト的宗教のもと、女性から仕事や財産はもとより、家族や名前すらも奪ってしまいます。妊娠不能な女性は「廃棄」され、妊娠可能な女性は富裕層の家庭に送られて、あるじたる「司令官」の子どもを産むための道具(「侍女」)として奉仕することを強いられるのです。逆らえば肉体的に罰され、反抗を貫く者や同性愛者は拷問で「矯正」されるか、見せしめに「吊される」のみです。主人公のオブフレッドはその侍女のひとり。絶望的な状況の中、彼女は奪われた最愛の娘と自らの人生を取り戻さんと生き抜くことを誓います。

カナダ総督文学賞、アーサー・C・クラーク賞などを受賞したこのベストセラーSF小説が映像化されるのは、これが初めてのことではありません。ベルリンの壁崩壊直後の1990年に『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ監督がナターシャ・リチャードソン、フェイ・ダナウェイを配し映画化しています(音楽を担当したのは坂本龍一)。アメリカで同時多発テロが勃発した2001年に制作されたオペラ版では、奇しくもツインタワーの崩壊が描かれました(9.11後、この場面は削除)。世の不穏な情勢に呼応するかのように浮上してきたこの物語が、2017年の今、再び映像化されたことにはどんな意味があるのでしょうか。

制作総指揮者のブルース・ミラーはカリフォルニア州パサデナで開かれたテレビ批評家協会の記者会見でこのように語っています。「これはいつ誰が読んでもタイムリーな物語なのです。私たちの誰一人として、今起きていることを無視することはできません」(*4)。

「女性の心身を力で支配する男性政権」という構図は、現トランプ政権下では非常に象徴的です。昨年秋に本作のスクリプトを執筆していたミラーにとって、大統領選は刺激に満ちた情報源でした。「この種のドラマの面白さは、『悪役』次第だからね」。その間に起きたあからさまな女性蔑視の風潮も物語を紡ぐ上で重要な要素になったといいます。「反フェミニズム、白人至上主義、反イスラムを唱える『オルタナ右翼』が台頭し、我々がもはや信じるに値しないと思っていたことを、候補者たちは極めて明確な形で表現していたんだ」(*5)。

司令官の妻セリーナを演じたイヴォンヌ・ストラホフスキーは語ります。「このドラマを観たとき、アメリカの各地で起きた女性の権利向上のためのデモ行進の様子が頭をよぎるでしょう。これは今まさに起きていることだ、と。ギレアドのような国家に至る過程がどれほど容易なのかが分かるはずです」。司令官役のジョセフ・ファインズも「これは実際に今起きていることなんだ。悲しいことに、アメリカだけでなく、世界の各地でね」と述べています。

物語の状況をより複雑に、より深刻にしたのが、セリーナの年齢の設定です。原作でのセリーナは関節炎を患う老女でしたが、ドラマでは主人公のオブフレッドと同世代の女性として描かれています。まだ子どもが産める年齢なのに産むことができない。そのセリーナが子どもを「所有」し特別な存在になるときに起こる権力闘争がどれだけ激しいものか、想像に難くありません。

「儀式」と呼ばれる行為を描いたシーンは、そのセリーナの権力欲と葛藤を非常によく表しています。ベッドに半身を起こして座り足を広げるセリーナと、その足の間に横たわるオフブレット。二人は両手を握り合っています。司令官はオブフレッドと機械的にセックスし、セリーナはその一部始終を無表情で見つめるのです。「とても強烈な場面。これが政府の方針で、私たちは従わなくてはならないの」とストラホフスキー。ファインズも続けます。「誰だってこんな状況は望まないよ」。ファインズはまた、米エンターテイメント・ニュース番組『ハリウッド・アクセス』で暴露されたトランプ大統領の発言を引き合いに出し、「このドラマは、最悪に下品な発言をする『司令官』に投票したとき何が起きるのかを示してくれているんだ」と述べています(*6)。

アトウッドによる原作は30年以上前に書かれたものですが、近年、英作家ジョージ・オーウェルの小説『1985』が爆発的ブームを引き起こしたのと同様に、売れ行きを伸ばしています。ディストピア小説がいかに現代の人間の心をとらえて離さないかは、とても興味深い現象です。第1話で小さな役を演じ出演を果たした原作者のアトウッドは、その経験に満足しつつ、こう問いかけます。「このディストピア世界は、現実に基づいているのです。『スター・ウォーズ』のような遙か銀河の彼方の話ではありません。この未来予想図はあなたが生きたい社会を描いていますか? もしそうでないなら、そんな社会を実現させないためには、どうすればいいと思いますか?」。ギレアドのような国に住みたいと思う視聴者はいないでしょうけれども、”THE HANDMAID’S TALE”は、その「怖いもの見たさ」の気持ちを刺激してやまないに違いありません(*5)。

米国で話題騒然の本作は既に2018年にシーズン2が配信されることが決定しています。日本での公開が待ち望まれるところです。

*1 http://www.hollywoodreporter.com/review/handmaids-tale-review-991871
*2 http://www.vulture.com/2017/04/the-handmaids-tale-hulu-review.html
*3 https://www.rottentomatoes.com/tv/the_handmaid_s_tale/s01/
*4 http://variety.com/2017/tv/news/handmaids-tale-hulu-elisabeth-moss-yvonne-strahovski-1201954955/
*5 https://www.wired.com/2017/04/hulu-handmaids-tale-relevant/
*6 http://variety.com/2017/tv/news/remote-controlled-handmaids-tale-joseh-fiennes-yvonne-strahovski-sex-scene-1202443255/

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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