「Jubilatoire!」。1986年エリック・ロメールの『緑の光線』を見た、ある女性批評家が発した言葉だ。ベルリン国際映画祭にて金獅子賞受賞も納得の良作なのだが、単に「素晴らしい」では形容しきれない「歓び」「賞賛」「祝杯」「感謝」といった感情を添えたくなるような、まさに大声でブラボー!と叫びたくなるような映画であった。

 7年前に惜しまれつつ亡くなったフランスの映画作家、エリック・ロメール。彼が後世に残した素晴らしい作品の数々は今でも世界中のファンに愛され、その永遠の普遍的テーマは時代を超えて語られ続けている。2017年1月6日から1月19日までの間、パリ11区にある劇場テアトル・デゥ・ラ・バスティーユにて、『Où les cœurs s’éprennent』という名の芝居が上演されている。ロメールの2つの作品『満月の夜』(84)と『緑の光線』(86)がインスピレーションを与えた『Où les cœurs s’éprennent』は、演者たった7人の2本立て構成となっている。1986年から2017年へ、30年という年月だけでなく、映像と舞台という芸術のジャンルを越えた現代のアーティストが創り出す全く新しいロメールの世界。熱心なロメールファンでなくとも待望の注目作だ。

 演出は、昨年日本でも日仏国際共同プロジェクトの一環で「山」をテーマにした『MONTAGNE/山』の上演を行った新鋭トマ・キヤルデ。俳優経験もある彼は、フランス国内とブラジルで活躍しており、テアトル・デゥ・ラ・バスティーユには今回初めて招聘された。彼と共に脚色を手掛けたのは、『緑の光線』の主演デルフィーヌ役を務めたマリー・レモン。主宰・演出・脚本・女優としてフランス国内で精力的に活躍し、常に新しい作品を発信し続けている。2013年にはボブ・ディランについて書かれた『ライク・ア・ローリング・ストーン』(グリール・マーカス著)に着想を得た『Comme une pierre qui…』を製作し、コメディ・フランセーズで上演した。2015年には、伝説的傑作と名高い『ワンダ』(70)を監督後亡くなったバーバラ・ローデンの物語『Vers Wanda』を発表。フランス・スイスの各地で上演し、好評を博した。ナタリー・レジェ著『Supplément à la vie de Barbara Loden』にインスパイアされたマリーは、研究に研究を重ね、演出だけでなくバーバラを自ら演じた。映画の主人公“ワンダ”であり、エリア・カザンの妻“バーバラ”であった一人の女性の人生を舞台上で生き生きと体現してみせた。

 彼らは今回、数あるロメール作品の中で何故この2作品を選んだのか。精密に練られたシナリオと、洗練された男女の会話によって構成された室内劇『満月の夜』と、フランス各地でロケ撮影を敢行し、天候・風景・自然の音だけでなく、道中の会話や動作まで、すべてが成り行き任せの即興劇『緑の光線』。マリー・レモンは、異なる形式の2つの映画には、ある共通点が存在すると語る。それは2人の女性主人公だ。『満月の月』のパスカル・オジェが演じたルイーズは、社交的な性格で友達にも恵まれ、自由奔放な現代的都会っ子。恋人のレミにも愛されているのにどこか満たされない。一方、『緑の光線』のマリー・リヴィエールが演じたデルフィーヌは、独り身で友達も少なく、どこか引っ込み思案で孤独な女性。バカンスの時期、ひとりフランス各地をあてもなくさまよう。両極端とも思える二人の女性象は、実は共通する部分が多い。頑固で、自分本位で、自由(開放)を愛するも、結局は孤独に耐えられない。環境が違えど、見えぬ“偶然”を求め、愛や自分自身を模索し、必死に生きている姿は両者に共通する。「二人とも、喪失感を抱えているんです。愛に渇望しつつ、自分のスタイルを決して曲げません」と、舞台版でデルフィーヌを好演したマリーは語っている。

 ルイーズとデルフィーヌは全ての女性の中に存在する。『Où les cœurs s’éprennent』はロメールの物語を通して、「何が我々を導いてくれるのか?」「我々には何が必要なのか?」「我々は独りで生きていけるのか?」という疑問を投げかけてくる。答えはなく、ロメールが「全てはめぐり合わせ、偶然を除いては」という言葉を残しているだけだ。

 いくら同じ物語を描いているとはいえ、映画と演劇、両者の間に存在する溝を埋めることは不可能で、完全再現することはできない。しかし、観客のイマジネーションを巧みに利用することで、それは補える。舞台上を覆うように敷かれたシート、剥がれた壁紙、テーブル、椅子、そして一つの大きな岩。その最低限に抑えたシンプルな装飾をうまく利用した“ある演出”と、演者の台詞や仕草・衣装・小物により、観ている者の想像力を最大限に引き出すことに成功している。その“ある演出”というのは、床に敷いたシートをめくり、ある時は布団のように体に巻き付けたり、またある時はテントを張るようにして他者との間を隔てたり。さらに驚くべきことは、『満月の夜』と『緑の光線』、舞台セットが全く同じであるということ。このような少し滑稽でありながら凝った演出が、主人公たちに共通する“孤独”というテーマを分かりやすく、可笑しく表現している。これらのアイデアが―マリー曰く“des livres en pop-up(飛び出す絵本)”―映画と演劇のジャンルを超えた融合と再現を可能にしているのだ。

 『満月の夜』と『緑の光線』はともにロメールの「喜劇と格言劇」シリーズの作品。映画の最初にそれぞれの物語の格言やことわざが掲げられている。『緑の光線』における格言は、詩人アルチュール・ランボーの『至高の塔の歌』の中の下記一節であった。まさに今回の演劇作品のタイトルとして採用されるにふさわしい、と言わざるを得ない。Jubilatoire!

 

“Ah ! que le temps vienne – Où les coeurs s’éprennent.”

“ああ 心という心の燃えるときよ 来い”

 

参考URL

http://www.lemonde.fr/m-moyen-format/article/2017/01/11/eric-rohmer-sur-les-planches_5061022_4497271.html?xtmc=eric_rohmer&xtcr=2

http://www.lemonde.fr/scenes/article/2017/01/16/ou-les-c-urss-eprennent-une-soiree-charmante-avec-eric-rohmer_5063222_1654999.html?xtmc=eric_rohmer&xtcr=1

http://info.arte.tv/fr/ou-les-coeurs-seprennent-rohmer-sur-scene

http://www.la-croix.com/Culture/Theatre/Ou-coeurs-seprennent-lamour-dapres-Rohmer-2017-01-13-1200817079

http://www.theatre-bastille.com/saison-16-17/les-spectacles/ou-les-coeurs-seprennent

 

田中めぐみ

World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


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