[405]世界映画界で絶賛された『彷徨える河』


El_Abrazo_de_la_serpiente 10月にいよいよ日本公開される『彷徨える河』(2015)は、幾つかの観点からきわめて注目すべき作品である。まず、深遠なアマゾンのジャングルを彷徨い、その大河を遡っていく白人探検家の姿をスペクタクルかつ幻想的な展開で描いた作品として、映画ファンにとってはフランシス・コッポラ『地獄の黙示録』やヴェルナー・ヘルツォーク『フィッツカラルド』、そして『アギーレ/神の怒り』を容易に想起させるものであることが一つ。そしてもう一つは、滅び行く先住民族のシャーマンを主人公とし、彼らの文化や魂を彼ら自身の側から描こうと試みた作品であることだ。

 これに比べれば、先述した映画史上名高い作品たちは、白人探検家の眼差しを通じ彼らの心の中に巣くう「闇の奥」と出会うこと、つまり征服者である白人の罪悪感を含む心の最深部に遡行していくことこそが重要なテーマであり、ジャングルはあくまでその道具立てや鏡でしかなかった。『彷徨える河』において私たちははじめて、アマゾンのジャングルという「闇の奥」、私たちの外側に拡がる闇、そこで暮らしていた人々、彼らの文化と本当に出会うこととなるのである。

 『彷徨える河』は、監督のシーロ・ゲーラにとって3本目の長編作品となる。処女作『彷徨える影 Wandering Shadows』(2004)は、ロカルノ映画祭始め数多くの映画祭に出品され、コロンビアから生まれた俊英として一躍世界の注目を集めた。つづく『風の旅 The Wind Journeys』(2009)は、カンヌ映画祭ある視点部門に出品されたほか、コロンビア映画史上最も重要な10本の作品の1本として現地の映画批評家から選出されている。そして待望の最新作『彷徨える河』では、カンヌ国際映画祭監督週間で上映されアートシネマアワードを受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネート、そして数多くの国際映画祭で最高賞を受賞した後、「Variety」誌において「2016年もっとも注目される映画監督10人」の一人(他には『サウルの息子』のネメシュ・ラースローや『エクス・マキナ』のアレックス・ガーランド、『裸足の季節』のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンなど)にも選出された。まさに、世界の映画界が熱い注目を注ぐ監督の一人であるのだ。

embrace-of-the-serpent ゲーラがデビューする2004年まで、コロンビア映画界は毎年わずか数本の映画を送り出していたに過ぎず、それらは国際的にほぼ無視されていた。ところが2003年、通称「映画法」と呼ばれる新たな法制がコロンビアでスタート、CNACC(コロンビア映画芸術文化協議会)を中心に映画製作資金の調達を容易にするファンド(FDF)が国家主導により制定された。これを利用した最初の企画の一つが当時23歳だったゲーラの『彷徨える影』であったのだ。彼の最初の2本の作品は先述の通り国際的に高い評価を獲得、さらに最新作『彷徨える河』では、コロンビア映画史上はじめてアカデミー賞外国語映画賞に正式ノミネート、その存在感を国際的に高めることにまで大きく貢献している。ゲーラは現在、ハリウッド製作による新作の企画を進行中だ。

 『彷徨える河』の物語は、事実とフィクションを交差させた実験的な形式を持つものである。1909年と1940年に著された2人の白人探検家による2つの日誌をゆるやかにベースとし、先住民への取材などを通じてゲーラが4年かけて脚本を書き上げ、共同脚本家ジャック・トゥールモンドと共に最終的な形へとまとめ上げている。それは、時代も国籍も異なる2人の探検家がアマゾンを旅する中で先住民族のシャーマンであるカラマカテと共に出会う物語だ。彼らの目的は幻の聖なる植物ヤクルナを探し出すことだった。そして、カラマカテと共にアマゾンの大河を遡る旅を通じて、彼ら探検家、そして私たち観客は、私たちの現代文明が行った暴虐と共に、失われていく先住民族の文化や魂の最後の姿に触れることとなる。カラマカテとは、現地の言葉で「試みる者」を意味している。

 『彷徨える河』の原題はEmbrace of the Serpent、「蛇の抱擁」という意味である。このタイトルが何を示すかについて、ゲーラが「Cineaste」のインタビューに答えた内容を以下に訳出しておく。

 ゲーラ:アマゾンの神話では、銀河から降りてきた地球外生命体が巨大なアナコンダに乗って地上に旅してきたとされている。彼らは海に落ちて、そこからアマゾンへとやってきた。アマゾンで暮らしていた先住民族の部族を訪れ、乗組員が後に残った。彼らは地上で如何に暮らすか、どのように植物を育て、魚を捕り、狩りをするかを部族に伝えた。その後、乗組員たちは再び結集して銀河へと戻っていった。後に残されたアナコンダは河となり、そのしわくちゃの表皮は滝となった。
 彼らはまた、幾つかの贈り物を残していった。聖なる植物コカやタバコ、そしてヤヘなどだ。地上で暮らすことについて質問や疑問が生じたとき、こうした植物を使って彼らと会話することができるのだ。ヤヘを使うと、銀河から再び蛇が降りてきて、私たちを抱擁する。その抱擁によって、私たちは遠い場所へと連れて行かれるのだ。それは生命がいまだ誕生していない始原の地であり、世界を異なった方法で見ることの出来る場所である。『彷徨える河』を見る観客にとって、この映画が同じビジョンを与えるものであることを私は願っています。

 『彷徨える河』は、渋谷シアター・イメージフォーラムなどで10月より日本公開される。

http://samayoerukawa.com/
http://embraceoftheserpent.oscilloscope.net/
http://www.imdb.com/title/tt4285496/
http://www.cineaste.com/spring2016/embrace-of-the-serpent-ciro-guerra/
https://www.theguardian.com/film/2016/jun/12/embrace-of-the-serpent-observer-review
http://www.rogerebert.com/reviews/embrace-of-the-serpent-2016

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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