去る6月7日、フランスの映画脚本家ジャン・グリュオーが90歳にしてパリで亡くなった。ヌーヴェルヴァーグの「灯台守」(*1)などとフランス各紙で形容される故人はどんな人物であったのだろうか。

 

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グリュオーは1924年8月3日にパリ郊外フォントネー=スー=ボワで生まれる。若い頃は神学校でカトリシズムを学び、後に共産主義に傾倒するが、彼の情熱が映画から離れることは生涯なかった(*2)。50年代半ばには、足繁く通ったカルチェ・ラタンの映画館やシネ・クラブ、シネマテークで出会った将来のヌーヴェルヴァーグの担い手たちと自然と親交を深めた。しかし当時のグリュオーはマルセル・エイメやジャック・オーディベルティの舞台に出演するなどして、もっぱら演劇に熱を燃やしていた。そんな彼にジャック・リヴェットが『パリはわれらのもの』の共同制作話を持ち掛け、同時期にフランソワ・トリュフォーがロベルト・ロッセリーニの助監督のポストを勧めた(*3)。喜んで仕事を引き受けると、これらのオファーをきっかけに、グリュオーは瞬く間に時代の重要な脚本作家という存在になった。

 

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『突然炎のごとく』(62)でトリュフォーと初の共作を遂げて以降、『野生の少年』(69)『緑色の部屋』(78)や『恋のエチュード』(71)『アデルの恋の物語』(75)などで二人は小説や実話あるいは歴史にインスパイアされた映画を中心的に撮るようになる。「日常的ダイアローグ」で語られる映画を嫌っていたグリュオーによれば、トリュフォーの映画は「本を愛する人々のために作られて」(*4)おり、それは彼の芸術精神と深く共鳴していたようだ。トリュフォーに限らず、グリュオーの才能はその他多くの著名な映画監督にも重宝される。ゴダールの『カラビニエ』(63)、レネの『アメリカの伯父さん』(80)、『人生は小説』(83)、『死に至る愛』(84)の脚本を手掛け、また、ロベール・アンリコ、アンドレ・テシネ、シャンタル・アケルマンらの作品でも筆を執り、グリュオーが脚本を書いた映画作品は60年から90年にかけて25作品にも上った。フランスの週刊誌Les Inrocksが、「ヌーヴェルヴァーグが脚本を破壊し、脚本家の仕事を奪ったと思っている無知な人々がいるが、グリュオーは、そこに脚本がしっかりと生きていたことを示している」(*5)と書いていることからも、彼がヌーヴェルヴァーグへもたらした貢献が小さくないことが窺える。

 

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多才な芸術家であったグリュオーは、脚本家であったと同時に小説家、役者、演劇・オペラ作家、プロデューサーでもあった。そのグリュオーの名が、今年のカンヌ映画祭において再び呼び戻される。1971年当初グリュオーがトリュフォーのために書くも制作されず、後に本として出版された « Julien et Marguerite »という17世紀イギリスで近親相姦に陥る兄妹の歴史的実話を描いた作品があった。女優、監督、脚本家として現代フランス映画界で活躍するヴァレリー・ドンゼッリは、この本を数年前に誕生日プレゼントとして受け取ると(*6)、元パートナーのジェレミー・エルカイムとグリュオーの原作を脚色し、映画化することを決めた。本作は今年のカンヌ国際映画祭でコンペティション部門入りを果たした。この制作には、グリュオーも監督の相談役として関与しており、実は今回の映画祭への来場も(1980年レネの『アメリカの伯父さん』以来)予定されていが、病状の悪化により断念された。グリュオーはアナクロニズムに臨むドンゼッリの姿勢に面白さを感じたという。本作をとても気に入り、どちらかと言うとトリュフォーよりもジャック・ドゥミの世界に近いとインタビューで答えている(*7)。われわれは、ヌーヴェルヴァーグの遺産がフランス映画の新世代によって再生される貴重な瞬間の目撃者となるのかもしれない。

 

 

1)http://www.lexpress.fr/culture/deces-de-jean-gruault-scenariste-phare-de-la-nouvelle-vague_1690270.html

2)http://www.lefigaro.fr/culture/2015/06/09/03004-20150609ARTFIG00281-mort-de-jean-gruault-la-plume-de-la-nouvelle-vague.php

3)http://next.liberation.fr/cinema/2015/06/09/jean-gruault-l-ame-de-fronde_1326222

4)http://www.theguardian.com/film/2015/jun/16/jean-gruault

5)http://www.lesinrocks.com/2015/06/09/cinema/jean-gruault-le-scenariste-de-la-nouvelle-vague-est-decede-11753012/

6)http://www.theupcoming.co.uk/2015/06/10/an-interview-with-the-cast-of-marguerite-julien/

7)http://www.telerama.fr/festival-de-cannes/2015/marguerite-julien-la-longue-errance-d-un-scenario-fantome,126996.php

保坂瞳 上智大学外国語学部フランス語学科所属。都内のとある映画館スタッフ。ときに宗教学。『ドリーマーズ』のような生活を夢見てパリに行くが、どこまで成就したのかは分からない。好きなものは抽象名詞。


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