[239]『Ashes/灰』ヌーヴェルヴァーグで儚くも活躍した日本人女性


cendres

 小阪恭子。ジャン=リュック・ゴダールの『メイド・イン・USA』(1966)でアンナ・カリーナと共演し、ギターを弾いていた日本人女優を覚えているだろうか。フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』(1962)に感動した彼女は、トリュフォーにその思いを手紙にしたため、それが彼女を60年代のヌーヴェルヴァーグの監督たちと引き合わせるきっかけとなった。トリュフォーの『家庭』(1970)に出てくる「キョウコ」のモデルとなった女性でもあり、作中でアントワーヌ・ドワネルの家に届けられる薔薇の花に添えられているメッセージは、実際に彼女がトリュフォーへ宛てたものだったという。*(1)

 イドリサ・ギロとメラニー・パヴィの『Ashes/灰』はそんな彼女とドキュメンタリー作家のピエール=ドミニク・ゲッソォの間に生まれた明子・ゲッソォが、1964年から書き続けられていた母の日記をたよりに、自身のことをあまり語ろうとしなかった母の記憶を辿り、原爆後の日本と60年代のヌーヴェルヴァーグを経験した母の思いを、骨壺を日本の家族へと届ける旅を通じて、娘が母の死を超えて対面するドキュメンタリーのようだ。*(2)

 「母の灰、原爆の灰、歴史の灰、映画の灰、時の灰……イドリサ・ギロとメラニー・パヴィはタイトルを多義的に活用している。彼らはただ死者を悼み弔うだけではなく、自立心や世界の広がりを、母から娘へと伝達する様子も記録している。これらの灰を超えたところで、映画と命のサイクルはまわりつづける。」*(3)

 明子・ゲッソォは母の記憶を通じて、自分の人生と現実を見つめなおし、情熱を抱いて駆け抜けた母の人生の記憶を再び生きることになる。そして母がいくつもの試練を乗り越えてきた歴史/物語を娘の明子・ゲッソォも引き継いでいく。

 「記憶はフィクションでしかないのです。いつも伝えるべき意思を選択し、生者に歴史/物語を構築してみせるのです」*(4)

 『Ashes/灰』はつい先日フランスで公開され、批評家などから好評を博しているが、日本では昨年の広島国際映画祭で上映されている。 *(5)

cendres affiche

参考資料、引用元:
http://www.nobodymag.com/interview/melaniepavy/index1.html *(1)
http://next.liberation.fr/cinema/2015/06/09/cendres-de-convergence_1326216 *(2)
http://www.lesinrocks.com/cinema/films-a-l-affiche/cendres/ *(3)
http://leblogdocumentaire.fr/cendres-un-documentaire-poetique-signe-melanie-pavy-et-idrissa-guiro-en-salles/ *(4)
http://hiff.jp/archives/705/ *(5)

楠大史
World News担当。慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士2年、アンスティチュ・フランセ日本のメディア・コンテンツ文化産業部門アシスタント、映画雑誌NOBODY編集部員。高校卒業までフランスで生まれ育ち、大学ではストローブ=ユイレ研究を行う。一見しっかりしていそうで、どこか抜けている。


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