現在、新型コロナウイルスの感染拡大により、日本だけでなく世界各国でコンサートやスポーツなど様々なイベントが中止および延期されています。コンサートを決行したアーティストに対して非難の声が上がる一方で、芸術活動の全面的な自粛ムードに異を唱える意見もあります。こうした非常事態において興行が行われるべきかいなか、あるいはどのようになされるべきかといった問題は、先の東日本大震災の折や、それ以前にも歴史の中で何度も議論されてきたことではあるでしょう。しかし今回に関しては、興行を行う(=集客する)ことがウイルスの感染という健康上のリスクに直接影響を与えるために安全性を考慮した選択(=中止)が優先されており、その結果仕事を失う人たち、特にフリーランスで働く人々への補償が十分ではないことが改めて明るみになっているように思います。そうした問題をいま一度考えるために、今回は映画とは直接関係のない話題になってしましますが、その開催の行方が注目を集めていたSXSW2020に関するニュースを取り上げます。

SXSW=サウス・バイ・サウスウエスト[*1]は、毎年3月にテキサス州オースティンで行われている音楽祭・映画祭・インタラクティブフェスなどを兼ねた祭典です。もともと1987年に音楽フェスとして始まった同イベントは、皆さんもご存知の通り、年々拡大を遂げ、特に2000年代後半に入ってからはFacebookやTwitterの登場とともに特にインタラクティブ部門が注目を集め、世界有数のイベントに成長しました。昨年は40万人を超える人々が参加したとされます[*2]。
今年のSXSWは3月13日から22日まで開催される予定でしたが、開幕を1週間後に控えた6日にオースティン市と主催のSXSW社が新型コロナウイルス拡大予防のため中止することを発表しました[*3]。以下は公式サイトに掲載されたSXSW社の声明文の一部になります。
「オースティン市はSXSWおよびSXSW EDUの3月開催を中止することを発表しました。SXSWは市の決定に忠実に従います。“The show must go on(ショーは何があっても続ける)”は我々のDNAであり、この3月のイベントが開催されないのはSXSWの34年の歴史の中で初めてのことです。我々は現在この前例のない状況がもたらす影響に対処しようとしています。水曜日(4日)にオースティン公衆衛生局は“SXSWやその他の集会を止めることで地域の安全性が高まる証拠はない”と発表していました。しかし、状況は急速に変化しました。私たちは市の決定を尊重し、スタッフや参加予定者、そしてオースティン市民の保護に役立てるよう自分たちの職務を果たすことを約束します」[*3]。
主催者は2月25日に一度、「公衆衛生局の勧告に従いながら病原菌の拡散を防ぐべく一層の努力を行っていく」との声明を添えて、今年のSXSWを予定通り開催することを発表していました[*4]。しかし3月に入って、TwitterやFacebook、Apple、Google、Amazonスタジオ、Netflixなど大手企業が続々とSXSWへの参加を見送ることを発表[*5][*6][*7]。それによって例えば映画祭においても、今年の目玉のひとつとされていたスパイク・ジョーンズ監督によるビースティ・ボーイズについてのドキュメンタリー映画『Beastie Boys Story』のプレミアをはじめとする10作品近くが上映中止となる見通しでした[*8][*9]。また、オースティン市民からも中止を求める声が上がっており、オンラインの署名サイトChange.orgでのSXSW中止を求めるキャンペーンには5万人以上の署名が集まっていました[*10]。加えて4日にカリフォルニア州が非常事態宣言を出すなど、アメリカ国内での感染者数が増加していたことも事実です(テキサス州が報告している州内の感染者は5人)。こうした様々な影響を鑑みて、開催を1週間後に控えた6日にオースティン市が中止を決断したと考えられます。

SXSW開催期間中のオースティン市街の様子

では、オースティン市と主催者がぎりぎりまでSXSWを決行しようとしたのは何故なのでしょうか。それはいうまでもなくSXSW中止によって引き起こる経済的損失があまりに莫大なためです。中止が発表される3日前に、地元媒体のTexas Monthryに「SXSWを中止することは何を意味するか」と題された記事が掲載されていました[*11]。そこにはこのように書かれています。
「私は2015年にSXSWの地下経済のおかげで生き延びた人々に取材した。仕出し業者、ペディキャブ(自転車タクシー)やウーバーの運転手、バーテンダー、給仕、技術班クルーや警備員などなど、収入の多くをSXSWの経済効果に頼り、そのおかげで生計を立てることができている人々は数えられないほどいる。バーやレストランの主人の多くは3月が来ればレンタル料や前払いのバーの勘定で稼ぐことができることがわかっているから、客足が途絶える冬を乗り切ることができる。通常の2~3倍の宿泊料金を設定した部屋の払い戻しが必要となった場合、大きな損害を被る大手ホテル企業が多いのも確かだが、SXSWを中心に成り立つ経済ははるかに広範で、労働者階級の人々にとってより重大だ。このフェスティバルを中止することで多くの人々が危機に陥る。当座の生活を支える給料をめぐる苦闘に加え、結果として予想をはるかに超えるレストランやバーが閉店に追い込まれることになるだろう。SXSW開催期間だけでなく、その前後の数週間~数か月における働き口が一掃されてしまうのだ。SXSWは毎年オースティンで行われるその他のイベントとは違う。オースティンの経済の大部分はこの10日間のフェスティバルを提供することで成り立っている。SXSWの発展とともにホテルやピザの店、ポータブルトイレのレンタル会社も発展してきたのだ」[*11]。
この記事を書いたダン・ソロモン氏は実際に2015年にSXSWの経済的恩恵を受けるオースティン市民を取材した記事を書いており[*12]、同イベント開催時の稼ぎで出産費用を捻出できたというケータリング業者の夫妻などの声を紹介していました。ソロモン氏は「SXSWに依存している生計を立てている人々にとっての経済的懸念が、健康上の懸念を上回るという主張はなされるべきではない」としながらも、「フェスティバルの中止を求めることはオースティンの人々にとって非常に現実的なリスクを伴うことになる」と主張していました[*11]。

そして、6日に中止が発表されるやいなやすぐにSXSW中止にともなう経済的損失を懸念するニュースが配信され始めました。FoxBusinessの報道によれば、昨年のSXSWには約3億5590万ドルの経済効果があり、そこには主催者が正社員および臨時社員・季節労働者を雇って進めた準備期間を含めて計上した1年間の利益、つまりフェスティバルの純利益・約1億5710万ドルも含まれているとしています[*13]。また、昨年の開催期間中には市内近郊で12800件以上のホテル予約が入っており、その税収だけで190万ドル近く計上されたといいます [*13]。
たしかにSXSWとその中止が及ぼす経済的影響はその規模の大きさを含めてかなり特殊な例ではあります。一地方自治体がひとつのイベントがもたらす収益に頼り切ってしまった結果であると、あるいはSXSWの恩恵によって地域が発展することができたのだから中止に伴うリスクや損失に対して前もって備えておく必要があったと、批判することは簡単です。しかし、規模の大小の差はあれ、ひとつの興行や催事によって財政を維持している地方自治体は無数にあり、非常時のための備えや蓄えをする余裕がない人々もまた無数にいます。そして先に上げたように、これまでオースティンの経済的余裕がない低所得世帯に雇用と貯蓄の機会を与えてきたのも他ならぬSXSWなのです。今回の出来事は対岸の火事ではなく、誰の身にも今まさに起こりうることなのではないでしょうか。
SXSWは中止の発表とともに、日程を変更しての開催を検討中であること、またオンラインで体験できるバーチャルSXSWを可能な限り早く提供すべく取り組んでいることを表明しています[*3]。SXSWとオースティン市がこの難事にどのような対策を講じていくのか、そしてアメリカ合衆国政府がいかに対応するのか、今後も見守っていきたいと思います。

*1
https://www.sxsw.com/
*2
https://explore.sxsw.com/hubfs/2019-SXSW-Event-Stats.pdf
*3
https://www.sxsw.com/2020-event-update/
*4
https://deadline.com/2020/02/coronavirus-sxsw-2020-impact-1202868409/
*5
https://edition.cnn.com/2020/03/02/tech/facebook-sxsw-coronavirus/index.html
*6
https://deadline.com/2020/03/amazon-studios-sxsw-2020-cancellation-coronavirus-1202873881/
*7
https://www.hollywoodreporter.com/news/apple-skip-sxsw-coronavirus-concerns-1282456
*8
https://variety.com/2020/tv/news/netflix-cancels-sxsw-2020-1203524545/
*9
https://www.indiewire.com/2020/03/apple-cancels-sxsw-coronavirus-judd-apatow-1202215546/
*10
https://www.change.org/p/petition-to-have-sxsw-cancelled-amid-coronavirus-outbreak
*11
https://www.texasmonthly.com/the-culture/what-would-mean-cancel-sxsw/
*12
https://www.texasmonthly.com/the-daily-post/sxsw-2015-meet-some-faces-of-the-sxsw-economy/
*13
https://www.foxbusiness.com/technology/sxsw-cancellation-austin-economic-impact-coronavirus

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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