ノア・バームバック監督の映画『マリッジ・ストーリー』(2019年)の音楽は、ランディ・ニューマンによって作曲された。ニューマンによれば、ふたりは、そのプロセスにおいて簡潔な表現を発展させていく手法をとった。バームバック監督は、全体のキューを聞かず、数曲のピアノのヴァージョンを求めた。バームバック監督が気に入れば、その楽曲を実際に使用した。ニューマンがまだ観ていない映画のパートにおいて作曲した楽曲を使うこともあったという[#1]。以下はニューマンの言葉である。

「[…] 私は彼に形容詞を伝えるように言いました。“loud”、“soft”、“pretty”、“not so pretty”というように。後からオーケストラのために広げようと考えているピアノの楽曲を彼に送りました。時折、彼はピアノのヴァージョンを気に入り、それをそのまま使いました。」[#2]

バームバック監督は、伝統的なシンフォニック・スコアをまったく使わなかった。彼は、映画がそのことを求めていたと感じたのだ[#3]。

「私は、脚本でさえもそれを感じました。その方法の上で、登場人物たちがヒロイックであると考えていました。一方で、この映画はとても人間的で、真の人生の本質を映し出す体験です。だけど、伝統的な優れたラヴストーリーの中に、この映画を観ることもあります。『逢びき』のように、どんな理由であれ不変の愛の物語はないというように。そうであっても、愛とは祝福に値します。」[#4]

『マリッジ・ストーリー』は、ふたりのモノローグによるモンタージュで幕を開ける。チャーリー(アダム・ドライバー)は、ニコール(スカーレット・ヨハンソン)について最も好きなところをナレーションする。同様に、ニコールは、チャーリーの最も好きなところをナレーションする。そこには、約7分から8分間ほどにわたって、ランディ・ニューマンの作曲の特徴、耳を奪われてしまうような美しいメロディ、感情への喚起を備えたスコアが伴っている。「自分にとって恐怖の8分間でした。埋めるべき多くの空白があったからです」とバームバック監督は笑って述べた。[#5]

「序曲」では、チャーリーとニコールへのいくつかのテーマ曲のアイデアが紹介される[#6]。ニューマンは最初のシーンの音楽について、「7分間のモンタージュで、映画は始まります。映画全体で使われるテーマ曲、主要な登場人物を紹介します」と説明する[#7][#8]。そこでニューマンは、テーマ曲を繰り返したり、発展させるというよりは、そのシーンの出来事に合わせて作曲していくという方法を採用している[#9]。

「ふたりの過去の暗示があります。昔々から始まる物語です。だけど、ほかの作曲家が行うことがあるような方法、つまり、明白なテーマ曲があってそれらを繰り返して発展させるという方法で作曲をそれほどしてはいません。シーンの出来事にそのまま作曲する方が好きだからです。たぶん、それが得意なのだと思います。」[#10]

さらに、以下は「序曲」に関するバームバック監督の言葉である。

「それは、祝福、心の優しさ、人間的であることを表現しています。ふたりを美化してはいません。愛することを表現していると思います。はじまりでその音楽を伴う映像は、ほとんどが家庭生活、ふたりの生活、それぞれのユニークな性格についてです。日常の風景です。そのスコアはその映像を祝福し、日常の風景を特別にできると思いました。ふたりはそうであるからです。
しかし、その後に映画には変化が訪れます。突然同じ音楽が異なる意味を持ちます。その音楽が観客の記憶、登場人物の記憶となっているという意味では、その音楽は回想となっています。しかし、同時にその音楽は別の意味を持ち始めるのです。」[#11]

ヴェテランの作曲家のニューマンは、20回のオスカーのノミネートを果たしている。そこには、エレジー風で旋律が美しい『ナチュラル』(1984年)や『わが心のボルチモア』(1990年)の音楽も含まれる。ニューマンは、ジョージ・クルーニー監督の『かけひきは、恋のはじまり』(2008年)以降には、アニメーションではない映画音楽の作曲を手掛けてはいなかったが、2017年にバームバック監督がそれを変えた。バームバック監督はニューマンのソング・アルバムの長きにわたるファンであるが、『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』にソロピアノのスコアを依頼したからだ[#12]。

数年前にバームバック監督がロバート・レッドフォードに会ったとき、バームバック監督はレッドフォードにいかに自分が『ナチュラル』のスコアを愛しているのかを話した。そのとき、レッドフォードは返答した。「僕たちが彼に映画を任せた際に、僕たちは言ったんだ。『僕たちは心からそのスコアを求めていたよ』と。だから、君もそうするべきだよ。」[#13]

その精神において、バームバック監督は大胆な行動に出た。離婚に関しては、悲喜劇的な室内オーケストラの演奏を用いたのだ。ニューマンの優しくて歌曲のような映画音楽を取り入れた。そのスコアは、チャーリーとニコールの人間性を伝える。室内オーケストラのために書かれ、ヴァイオリニストとしてランディ・ニューマンの従姉妹のマリア・ニューマンも演奏に参加している[#14]。小規模なオーケストラの起用についてニューマンは次のようにコメントしている。

「いつもよりも小規模なオーケストラです。『トイ・ストーリー』では、100人のミュージシャンたちを起用しました。このオーケストラは、たしか40人編成です。これは大きな違いです。少ない弦楽器で、全体的にも編成は小さくなっています。私はこれまでにこの規模のオーケストラを使ったことがありませんでした。大変なこともありました。奏者が40人のヴァイオリン奏者の背後に隠れることができないからです。すべてを聞いてしまいます。オーボエが多すぎれば、それを聞き取ってしまうのです。」[#15]

ニューマンは、ほかの監督たちが『マリッジ・ストーリー』のようなタイプのスコアを再び作曲することを拒むと述べる。しかし、バームバック監督は、さらにこのようなスコアを望んでいる。「その通りです。もし彼が私を迎え入れてくれるのであれば、そうであるでしょう」と[#16]。

【参考:ランディ・ニューマンとノア・バームバック監督が音楽について語る短編映像】

参考URL:

[#1]https://www.billboard.com/articles/news/movies/8543522/randy-newman-marriage-story-toy-story-oscars-interview

[#2][#9][#10][#15]https://www.hollywoodreporter.com/news/toy-story-4-composer-randy-newman-writing-a-song-an-introverted-spork-1254132

[#3][#4][#5][#6][#11][#12][#13][#14][#16]https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2019-12-03/randy-newman-composer-score-toy-story-4-marriage-story

[#7]https://www.youtube.com/watch?v=jYyxENvdxAA&t=1s

[#8]https://variety.com/2019/artisans/awards/randy-newman-marriage-story-noah-baumbach-1203412714/

https://pitchfork.com/features/5-10-15-20/noah-baumbach-music/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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