「日本よ、これが映画だ」
これは、マーベルとディズニーがタッグを組み、オールスターキャストで作られた『アベンジャーズ』が日本公開された際に付けられたキャッチコピーです(*1)。2012年の公開当時には、さまざまな批判やパロディも生みだし、大いに話題となったのも記憶に新しいでしょう。そして、その意味するところは、この作品に代表されるように、資本と人材と時間が湯水のように投入されたハリウッド映画の素晴らしさを喧伝したものであることは間違いありません。さらに、その比較対象として、メジャーかインディーかを問わず資金面で圧倒的に劣る日本映画が含意されていたことも推測できます。しかし、そのことの当否を問うのがここでの目的ではありません。ただ、もしかすると、このキャッチコピーは今や別の意味を持ち始めたかも知れないのです。

『アベンジャーズ』の監督、脚本、原案をつとめたのは、ジョス・ウィードン(*2)。彼は、監督としてよりも、脚本家やプロデューサーとして主に活動し、ハリウッドや米テレビ業界の中心人物の一人として知られています。クリエイティブよりむしろインダストリー寄りの人間だと言って良いかもしれません。例えば彼がシリーズを手がけた『バフィー 恋する十字架』やそのスピンオフとして作られた『エンジェル』は、ホラーやSFといったジャンルものに形式を借りつつ、実際にはティーンエイジャーの恋愛物語を中心にした作りで、『トワイライト』や『ハンガー・ゲーム』といった現在隆盛を極める一つのジャンルを作り上げる源となったと言えるものです。

そのウィードンが『アベンジャーズ』に続いて脚本とエグゼクティブ・プロデューサーをつとめた最新作が完成しました。タイトルは『イン・ヨア・アイズ』(*3)。監督は、これが長編2作目となるブリン・ヒルがつとめ、『ルビー・スパークス』のゾーイ・カザンがヒロインを演じています。『アベンジャーズ』とは打って変わってインディペンデントで製作されたこの作品は、およそ1億円の予算をかけられ、アメリカ映画としては小規模な部類ですが、日本であればほぼメジャー映画の規模になります。

『イン・ヨア・アイズ』は、ほんの数日前、2014年4月20日(日)にトライベッカ映画祭で世界に先駆けプレミア上映されました(*4)。通常、こうした映画祭で初上映された作品は、そこで各国のバイヤーに買い付けられ、字幕作りや宣伝期間をおいた後、数ヶ月から1年といった期間の後に他の国でも見られるようになります。あるいは、自国の配給会社に買われなかった作品は、アメリカからDVDを個人輸入などしない限り見られなくなる。ところが、『イン・ヨア・アイズ』はその例外となりました。と言うのは、トライベッカでのプレミア上映直後、ジョス・ウィードン自身によって、この作品が直ちにオンライン有料配信されると発表されたからです(*5)。

事実、そのわずか数分後には、公式サイトを通じて、『イン・ヨア・アイズ』が世界中から見られる状態になりました(*6)。IPなどによる制限はなく、世界中から、もちろん日本からでも購入可能です。サービスは、Vimeo On Demandを通じて行われ、72時間(3日間)のレンタル視聴権を5ドル(およそ500円)で購入することができます。そして、特筆すべきことには、作品には字幕が付けられています。それも、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、そして日本語。そう、日本語字幕の付いた状態で、ほんの数日前に国際映画祭でお披露目されたばかりのバリバリの最新作を自宅に居ながら見ることができるのです!

作品的には、ウィードンお得意のジャンル(SF)のクリシェ+若者の恋愛物語という形式がここでも再び踏襲されています。子供の頃からテレパシー能力を持ち、そのため社会の中で疎外され居場所を見出せなかった男女が、ある日お互いの知覚が繋がっていることに気づき、相手の瞳の中(イン・ヨア・アイズ)に自分がいることに気づく、というものです。作品の出来映え以上に、何よりヒロイン演じるゾーイ・カザンの魅力が日本でも大いにアピールするでしょう。彼女は、名前から分かるように伝説的映画監督エリア・カザンの孫娘であり、また近年活躍めざましい男優ポール・ダノと長らく交際を続けていることでも知られています。脚本家でもあり、知的なエッセイなども手がけますが、この作品では、『バフィ』のサラ・ミシェル・ゲラーともどこか似た、その愛すべきルックスで作品に花を添えています。

『イン・ヨア・アイズ』の購入手続きはきわめて簡単です。公式サイトからレンタルを選び、Vimeo On Demandで名前とパスワードを登録。あとは、クレジットカードかペイパルのどちらかによる支払い方法を選択すれば、そのまま作品を鑑賞することができます。プレイヤー下にあるCC(クローズド・キャプション)ボタンをクリックすれば、日本語字幕も付きます。動画の画質はおおむね良好、字幕も、決して良質とは言えませんが(聴覚障害者向けの字幕をそのまま翻訳したと思われ、「音楽」などの文字がしばしば表示される)、台詞や物語を追えなくなることはないでしょう。

映画をインターネットのストリーミングで世界的に配信しようとする試みは、もちろんこれが初めてではありません。たとえば、日本でもLOAD SHOWなど先駆的で素晴らしい試みが行われています(*7)。しかし、『イン・ヨア・アイズ』が特筆されるべきなのは、それがインディペンデントよりむしろインダストリーの世界に属しているジョス・ウィードンが行ったという事実です。世界的に多くの熱狂的ファンを持つ『アベンジャーズ』や『バフィ』のクリエイターによる最新作が、映画祭上映直後に世界的にネット配信されたという事実なのです。これで直ちに全てが変わる訳ではないでしょう。しかし、これが新時代の到来を告げるきわめて印象的な事件の一つとなったことは間違いないでしょう。

そして、その新時代は必ずしも既存のインダストリーにとって好ましいものではないかもしれません。「日本よ、これが映画だ」というキャッチコピーを日本の配給会社が付けたとき、そこには「持てる者」から「持たざる者」へと向けられた(上からの?)視線が含まれていたと指摘することができるように思います。しかし、『イン・ヨア・アイズ』のように、海外の最新映画が日本でも字幕付きで手軽かつ安価に見ることができる新しい時代が到来したとき、「持てる者」がそのままいつまでも「持てる者」としてあるかは、もはや誰にも分かりません。

ジョス・ウィードンの『アベンジャーズ』には、「日本よ、これが映画だ」というキャッチコピーが付けられていました。そして今、彼の最新作『イン・ヨア・アイズ』には、もしかすると、「映画インダストリーよ、これが映画の新時代だ」というコピーを付けることができるかも知れないのです。

大寺眞輔(映画批評家、早稲田大学講師、その他)
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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120824/235988/ph001.jpg
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%B3
*3
http://www.imdb.com/title/tt2101569/
*4
http://tribecafilm.com/filmguide/532089dfc07f5df7d200026d-in-your-eyes
*5
http://variety.com/2014/film/news/joss-whedon-launches-digital-distribution-of-in-your-eyes-after-films-tribeca-screening-1201160036/
http://www.rollingstone.com/movies/news/joss-whedon-pushes-in-your-eyes-to-vimeo-on-demand-20140421
*6
http://inyoureyesmovie.com/
*7
http://loadshow.jp/


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