制作に10年かかったとされるマリアーノ・リナス監督の『La Flor』がニューヨークのリンカーン・センターで公開された(現時点では日本未公開)。13時間を超える長尺作品である本作は6つのエピソードからなるという。エピソード毎にジャンルが異なり、一つ目は往年のアメリカB級映画風味、二つ目はミステリー要素のあるミュージカル、三つ目はスパイ映画、4つ目は虚実入り乱れる映画の舞台裏、5つ目のエピソードはジャン・ルノワールの『ピクニック』のリメイク、6つ目のエピソードは18世紀を舞台に誘拐された英国人女性を描いたものになっているという。映画は無表情な監督本人が、本作の構造をノートに書いているプロローグから始まる。(1)(2)(3)(4)

 Los Angels Timesは四人の主演女優がエピソードごとに様々な役や状況を演じていることから、本作を優れた四重奏と表現している。また、映画は既にロカルノ映画祭や、トロントなどで上映され、批評家からはかなりの好評を博しているという。(1)(2)

 監督のマリアーノ・リナスは’75年アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。本作は長編二作目に当たる。他には二本の短編と、二本のドキュメンタリーを手がけている。Harvard Film Archiveによれば、リナス監督は伝統的な物語の形式の作り直しなどによって、アルゼンチン映画界で特異な地位を占めているという。昨今の有名監督たちの間に漠然と共有されているミニマリスティックな形式主義や、賞狙いの商業映画に見られるテーマ主義のようなものを拒絶し、映画を強い可能性を持った陶酔的で啓発的なナラティブ・アートの一種と捉えているところがその所以のようだ。(5)(6)

 インタビューで本作の制作に至った経緯を聞かれた監督は、「初めから14時間の映画を構想していたわけではない。最初にあったのは4人の女優だ」と答えている。「フィクションそれ自体に強い関心を抱いていた」時に、長編一作目の撮影前に会っていた四人の女優を思い出し「あの四人ならばフィクションを新たなところへ導けると考えた」のだという。また、監督は次のように語る。「あの頃は誰もがドキュメンタリーとフィクションの境界について語っていた。それなのに、誰もフィクションや現実における喜びを考えたり語ろうとしない。きっと誰もがこう言っただろう。『ありふれた、あるいは伝統的な物語には興味がない』。私は、物語るということが毒されていると感じていたため、この考えを信じるところがあった。だが、人々は物語ることを救済しようとしなかった」。フィクションや物語ることを巡る意識と、主演女優四人との出会いが本作制作の端緒になったようだ。(7)

 監督のインタビューからは、音に対する独特のこだわりも伺える。最初のエピソードでは、主演女優が途中からスペインのB級ホラー映画のような訛りでまくし立て始め、まるっきり別人のような声になるという。また、何人かのアメリカ人や兵士の声はYoutubeの音声を使っている。更に別の登場人物に至っては、Google翻訳の音声を用いたというのである。リナスは、多くの監督が映像は扱えても、音に関してはルールに従ってのみいると指摘しながら、自分の作品については音と音楽とが連動するようにしたいのだと語っていた。(7)

 13時間越えの長尺だけでも目を引くが、多様な物語や、音へのこだわりも興味をそそる本作。日本公開に関しては未定のようだが、チェックしておくのもいいかもしれない。

 

予告編


(1) https://www.indiewire.com/2019/08/la-flor-mariano-llinas-reviews-1202162897/

(2) https://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-locarno-in-los-angeles-la-flor-20190612-story.html

(3) https://criterioncast.com/reviews/theatrical/joshua-reviews-mariano-llinas-la-flor-theatrical-review

(4)https://www.imdb.com/title/tt9047474/?ref_=nm_knf_i3

(5) https://www.imdb.com/name/nm1183471/

(6) https://library.harvard.edu/film/films/2018decfeb/llinas.html

(7)http://cinema-scope.com/cinema-scope-magazine/teller-of-tales-mariano-llinas-on-la-flor/

 

貳方勝太 (にのかたしょうた)迷える社会人。大学在学時は映画の制作に耽るなどして徒らに過ごし、現在は重度のヘヴィ・メタル好きが高じて作曲に手を出す。好きな監督はハル・ハートリーやマルコ・ベロッキオなどなど。文化に触れる時間を確保するのが日々の課題。


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