6月後半より公開され好評を得ている映画「COLD WAR あの歌、2つの心」(1)。監督・撮影を担当したのはポーランド映画としては初めてアカデミー外国語映画映画賞を受賞した「イーダ」(2)でもタッグを組んだパヴェウ・パヴリフコフスキ監督とウカシュ・ジャル撮影監督(3)。今回も発明とも言えるような撮影方法や、極めて緊張感のある映像表現が、過度に主張することなく映画内に散りばめられている。この映画のメインの舞台となるのは冷戦下1940年代後半と50年代のポーランドとパリ。歌手志望のズーラ(ヨアンナ・クリーグ)とピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)の約15年に及ぶ破滅的な愛の奇跡が描かれており、パヴリフコフスキ監督の両親をモデルにしていると言う。ジャル撮影監督は監督のパーソナルな要素がこの映画に入っているが、最終的にこの映画に参加した皆の感情が乗っていくような親密な関係を皆で撮影中に築き、様々な要素を有機的に対応させながら撮影して行ったという。ウカシュ・ジャルは「監督に関しては50テイクも同じことを納得いくまで繰り返して撮ると言う噂もあるんだ。実際50テイクは嘘だけど、15~20テイクはよく繰り返していたかな。監督はいつも俳優の芝居、カメラワークや構図、光の状態、エキストラ達や背景の動きなど様々な要素が完璧に合致してシンクロしていく魔術的な瞬間を求めていたよ。」主人公達の刹那的な激しい関係を静謐なタッチで昇華させ、アカデミー撮影賞ノミネート、アメリカ映画撮影監督協会撮影賞などを受賞したウカシュ・ジャル撮影監督の「COLD WAR あの歌、2つの心」における撮影アプローチについて紹介してみたい(4)。

 




ウカシュ・ジャルは1981年6月ポーランドに生まれている。ウッチ映画大学とヴロツワフにあるAFA写真学校で撮影技術を学び、在学中に監督兼撮影した「Master of the World」はポーランド・インディペンデント映画祭でOffskar賞を受賞している。卒業後はドキュメンタリー作品の撮影に携わり、撮影技術を競う映画祭Camerimageの短編ドキュメンタリー部門で最優秀撮影賞などを受賞。劇映画への進出は「イーダ」からで、当初は撮影助手として参加予定だったが、予定されていた撮影監督が健康上の問題で参加できなくなり、ジャルが撮影監督に昇格となった。そしてモノクロの4:3画面比で完成させた「イーダ」はCamerimage映画祭で長編部門の最高撮影賞、アメリカ映画撮影監督協会のSpotlight賞、European Film award撮影賞など数々の国際的な撮影賞を受賞することとなる。(5)

 

ジャル撮影監督は「COLD WAR あの歌、2つの心」のための準備に十分な時間を費やせたと言う。「この作品は撮影準備期間に約6ヶ月費やす事ができて民族舞踊のリハーサルや時代考証、それに基づいた美術のアイデアを出し合ってカメラアングルもかなり試行錯誤できた(撮影期間は56日間)。でも撮影が始まると準備とは全く別の人生を生きることになる。撮影の日々の現実が映画に何をもたらしてくれているかに気づけているかが大事で、時に準備プランを捨ててしまった方が良い事だってある。参照にしたのはタルコフスキーの映画や、時代的に同設定になる「勝手にしやがれ」などのヌーベルバーグ作品、冷戦時代のドキュメンタリー作品だった。初めはカラーの映画にしようと思っていたんだけど、時代考証している内にモノクロにする方が適していると思えて来たんだ。ポーランドの1940,50年代はの雰囲気はモノクロームだったと思う。僕はトッド・ヘインズ監督の1950年代を舞台にしたカラー映画「キャロル」などの撮影は素晴らしいと思っている。でもあれはアメリカのニューヨークが舞台だ。アメリカの40,50年代には鮮やかな色味があったんだ。でもポーランドは共産主義の影響もあって……全てが灰色の雰囲気だったんだ。撮影自体はカラーの映像で撮影し、ポストプロダクションでモノクロにしているんだけど照明、美術、衣装、背景も最終的にモノクロ映像にした時にどう見えるかに合わせてデザインしているんだ」と語っている。(6)(7)

 

 

そして当初はフィルムで撮影することを希望していたが、主に予算的な理由でデジタル撮影に切り替えたと言う。「初めは35mmフィルムで撮影しようと考えていたんだけど予算の事と、様々なレンズで衣装、色々な光の状況、グレーの濃淡をテスト撮影してARRI社のデジタシネマカメラ ALEXA XTがフィルム撮影とほとんど見分けがつかない事がわかり、ALEXA XTとZEISS社のUltra Primeレンズシリーズの組み合わせでこの映画を撮影することにした。人間の視野角に一番に似ている気がしてほとんどのカットはUltra Primeの32mmで撮影した」。モノクロの静かで端正な画面の構築と、意外性を含んだ人物のフレーム内外の行き来が、10数年に及ぶ主人公達の激しい情念を浮かび上がらる事に成功していると思うが、実際の撮影手法に関しては「”イーダ”と同じことはしたくなかった。映像に関して言うと「イーダ」はグレーの階調で表現しようと思った。でもこの映画では劇中の二人の行ったり来たり、裏切りを繰り返す対照的な関係、騒乱や混乱した状況を表現するため、白と黒がハッキリ出るコントラストの強い映像にしようと思った。登場人物達の感情の温度差や、ダイナミニズムはコントラストが強い方が適していると思ったんだ。被写界深度もストーリーの進行具合で変化させていったよ。映画前半の舞台ポーランドではピントがあらゆるところに合っている深い被写界深度で撮影したんだけど、登場人物が中盤からパリに移ってからは浅い被写界深度にして背景をぼかし、登場人物の環境から隔絶してしまっている様や、孤独を描こうと思った」と語っている。派手な撮影技術を見せびらかすことなく着実に登場人物達の心理的な推移を写し取り、カメラもそれに半直接的に反応しながら動いて、撮影をその都度発明しているように見える「COLD WAR あの歌、2つの心」をぜひスクリーンで見て頂ければと思う。

 

 

 

 

(1) https://coldwar-movie.jp

(2) http://mermaidfilms.co.jp/ida/

(3) http://lukaszzal.com

(4) https://ascmag.com/magazine-issues/january-2019

(5) https://culture.pl/en/artist/lukasz-zal

(6) https://filmschoolrejects.com/cinematography-of-cold-war/

(7) https://www.indiewire.com/2018/12/cold-war-black-and-white-landscape-pawlikowski-cinematography-1202030106/

 

 

<p>戸田義久 

普段は撮影の仕事をしています。

新作は山戸結希監督 「21世紀の女の子ー離ればなれの花々へ」、ヤング・ポール監督 「ゴースト・マスター」、越川道夫監督「夕陽のあと」等。過去作に 映画「かぞくのくに」「私のハワイの歩きかた」「玉城ティナは夢想する」/ ドラマに「弟の夫」「山田孝之のカンヌ映画祭」「東京女子図鑑」「マリオ AIのゆくえ」等。


コメントを残す