5月末からAmazon Primeで配信されている『ヴァスト・オブ・ナイト』[*1]は、1950年代後半のニューメキシコ州にあるカユーガという架空の田舎町を舞台にしたSF映画。バスケットボールの試合を観るために高校の体育館に町民の大多数が集った夜、電話交換台でバイトをする女子高生とラジオ局でDJを務める青年が電話回線とラジオ電波から不思議な音を聴き取ったことから起きる“未知との遭遇”を描いた、ささやかでありながらも刺激に満ちた作品です。
監督のアンドリュー・パターソンは現在38歳、オクラホマシティで地元企業のCMなどを作る映像プロダクションの経営者で、これまで短編を含めて一度も映画を作ったことがありませんでした。
「僕は10代のころから映画制作を目標にしていたけれど、M・ナイト・シャマランやスピルバーグのように8mmカメラを手にして生まれてきたような男ではなかった。高校生のときに映写の仕事を見つけ、二十歳のころまでその仕事を続けたけれど、その期間にたくさんの素晴らしい映画を観て、多くの35mmのセルロイドフィルムを扱った。その時点でも映画を監督したい気持ちはあったものの、僕が育った場所ではその手段がなかったんだ。デジタル時代の前だったから、自分の携帯電話で撮影してアプリを使って自力で編集するなんてことはできなかったしね。結局この『ヴァスト・オブ・ナイト』を作ることに決めたのは5年前のことだった」[*2]。
さらに驚くべきことに、彼はこの映画をほぼ自主製作で完成させたといいます。「オクラホマには映画に出資する人なんていない。僕は誰の意見にも従わなかった」[*3]。彼はCM製作で稼いだ自己資金を製作費に投じ、自身のプロダクションのカメラや照明機材を使って撮影を行いました。
一方でパターソンは長編映画の製作をひとりでは管理しきれないこと、有能なスタッフが必要であることも理解していました。「自分が思い描いたことを自力でやることはできても、自分らしくやるためにはある組織や仕組みが必要だった」[*3]。そこで彼は制作管理を任せられるプロデューサー(メリッサ・カーケンドール)を雇い、『Resistance』などの撮影を担当した撮影監督のミゲル・I・リッティン=メンツを始めとする経験あるスタッフを起用します。撮影はテキサス州のウィットニーで3~4週間で行われ、ポストプロダクションも含めて約70万ドル(7500万円)の製作費によって作品は完成しました。
映画の完成後、パターソンは映画祭に本作を出品しようと画策します。18もの映画祭に断られた後、ついに出品がかなった2019年のスラムダンス映画祭(米ユタ州で行われるインディペンデント映画祭)で観客賞を受賞しました。同映画祭でいち早く本作を発見した映画監督のスティーヴン・ソダーバーグは、このように評しています。
「僕の考えでは映画作家が映画を作るうえで理解しておくべき要素は3つある。ひとつは語り方、2つ目は演技、3つ目はカメラワークだ。良いキャリアを築いてきた優秀な人々はそのうちひとつかふたつは知っている。しかし3つすべてを備えていると感じさせる人、しかもそれがかなり意義深い、洗練された理解力で、かつそれを処女作で感じさせる人は非常に稀だ。しかしこの作品はこれまで映画を作ったことがないとは思えないほど並外れたレベルの技術を持った人の手で作られているように思えた」[*4]。

ソダーバーグの言う3つの要素、話法と俳優の演技とカメラワークが巧みに組み合わされていることは、『ヴァスト・オブ・ナイト』の最初の20分で早速証明されます。「パラドックス・シアター」という架空のシリーズ番組の1エピソードとして語り始められる物語は、バスケットボールの試合が開始される前の体育館にいた主人公のふたり――電話交換手のフェイ(シエラ・マコーミック)とラジオDJのエヴェレット(ジェイク・ホロウィッツ)――が、集まってくる町の人々の車の間を縫って(その間にふたりはフェイが買ったばかりのテープレコーダーの動作を確認するために町の人々にインタビューを試みます)、暗い夜道をそれぞれの職場に休みなく話しながら向かうところから始まります。長回しによる移動撮影によって一続きの時間を描いたその導入部には、街の雰囲気や時代の背景、主人公の性質や興味を示す様々なディテイールが織り込まれ、観るものをすんなりと物語の核心に導くことに成功しています。
ちなみにその冒頭部分について、監督はリチャード・リンクレイター作品からの影響を明かしています。「『バッド・チューニング』『恋人までの距離』『ビフォア・サンセット』では、特にその第1幕において登場人物たちが互いに交流を育んでいくさまが見られる。『ヴァスト・オブ・ナイト』ではふたりの人間が互いに理解し合うことをそれほど長い時間をかけて見せる必要はないと考えた。それで(冒頭の)20分間をふたりの人物が交流を持つ時間に使った。それはリンクレイターの映画から盗んだものだったかもしれない」[*4]。

パターソン監督は本作の脚本を、『放射能X』『マックイーンの絶対の危機』『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』といった50年代のSFインディ映画[*3]、40年代のラジオドラマ、そして60年代のテレビドラマシリーズ「トワイライト・ゾーン」などにインスパイアされて構想していったといいます。
「僕らは単純なラインからこの映画を作り始めた。“白黒、1950年代のUFOもの、ニューメキシコ、接近遭遇(Close Encounters)”といった具合にね。ここから無限の道が拡がっていた。町に争いを生み出したり権力の座にある人々を怒らせることもできるが、僕が以前に観たそのような映画では市長がそれを信じていなかったり、人々が異なる考え方を持ち、全員がビクビクして互いを信用しなかった。それは僕たちが作りたい映画ではなかった。僕らは観客を飛び上がらせるようなことがしたいわけではなく、それほど多くのことをやりたいわけでもなかった。結局自分たちに課せられた制限のなかで何ができるかを考えることになった。ちなみに予算はそれほど大きな制限にはならなかった。あくまで創造的な興味ゆえに何らかの制限を必要としたということだね」[*2]。
「『トワイライト・ゾーン』は20世紀において、19世紀における『白鯨』のような小説に相当するテレビ番組だった。それほどの力と強さがある。視聴者は毎週新しく輝かしいものを期待するので、シリーズ作品は長く続くほどその価値を落としていくものだが、『トワイライト・ゾーン』はその並外れたセンスによって画期的な番組となり、それまでのテレビシリーズの常識を覆した。製作者たちはミニチュアを作り、バックロット(野外撮影所)で撮影し、曖昧な表現や悲劇のまま終わることを恐れない脚本を用意した。そこには様々な制約があり、その点こそが『ヴァスト・オブ・ナイト』を作る上で1930~40年代のラジオドラマとともに参考にしたところだ。オーソン・ウェルズがハリー・ライムを演じた『第三の男』のラジオショーもそのひとつだね。1940年代に作られた映画の多くはラジオドラマとしてもリメイクされた。たとえば『キー・ラーゴ』には映画の主演俳優(ハンフリー・ボガート)をそのまま起用した1時間のラジオ版もあるんだ。そうしたラジオ番組になった1940年代の映画には大きな影響を受けた。僕らはこの映画を40年代後半のラジオドラマのような感じにしたかった」[*3]。
「僕らはポッドキャスト化されている30年代のラジオドラマや舞台演劇を聞くことでアイデアを膨らませて脚本を書いていった。舞台演劇にもグラフィックノベルにもできる話で非常に興味深いものばかりだったが、僕らが目的としたのはあらゆる媒体を超越するストーリーテリングやダイアローグ、ある種の正直な人間の体験を経るキャラクターを見出すことだった。結果として僕らは3~4つの非常に巧みに語られる物語を物干しロープに吊るすことができるような場所にこの映画を着陸させた。だからもしこの物語をオーディオのみのポッドキャストで聴くことになっても楽しめると思うし、あるいは舞台で上演するとしてもエキサイティングな1時間20分になると思うよ」[*2]。

そしてパターソンと共同脚本のクレイグ・W・サンガーが重視したのは、物語の中盤の舞台となる主人公2人の職場、つまり電話交換台とラジオ局の場面でした。「サンガーが当時の電話交換台やラジオ局の仕事に関するあらゆることを調べてくれた。僕は彼にしつこくつきまとってドラマを作る方法をみつけたんだ」[*3]。ふたりは50年代に使われていた本物の電話交換台を探し出し、その操作方法をフェイ役のシエラ・マコーミックに伝授しました。
フェイが交換台とラジオ電波を通して聴いた不思議なノイズ音をエヴェレットに電話を通して聞かせます。エヴェレットはそれを録音、ラジオ番組で流してリスナーからその音に関する情報を募ります。このように中盤において主役となるのは電話から聞こえてくる音声です。
「電話からもたらされる音声や情報によって理解を超えるものを解明しようとする登場人物の描写が、『大統領の陰謀』から大きな影響を受けていることはすぐにわかると思う」[*4]。「この作品には電話の向こう側に素晴らしい謎が広がっている。ロバート・レッドフォードが非常に重要な情報を解明し始める序盤のシーンにおいて、彼の肩越しにオフィスが騒めき立っていく様が映し出される。観客は情報を追跡する間に彼の視線や手早くメモを取る様に釘付けになる。非常に効果的な演出だ。そして30年後、『ゾディアック』においてそれに対するオマージュが捧げられている。映画の中盤、電話の主はテレビ番組に電話をかけることで映画を人質にとる」[*5]。「(監督のデヴィッド・)フィンチャーが電話の向こう側を見せないためにあれだけの時間を使ったのだとわかった時すごいと思った。共同脚本家にメールを書いたのを憶えているよ。“なぜ途中で映画を止めて、ただ電話をかけるだけじゃだめなんだ? もしそれをうまくやれればこの映画は特別なものになるかもしれない”ってね。」[*4]。
電話交換台とラジオ局のブースの前で作業する主人公ふたりの動作と顔のアップで構成されていた画面は、ビリーと名乗るリスナーが電話越しの声のみで登場し、ある体験談を語る途中で数分間暗転します。パターソンがこの演出を思いつき、ビリー役のブルース・デイヴィスの声を録音したのは撮影後1年以上経ってからだったそうです。
「僕らは赤狩りや共産主義者が国や政府を乗っ取るといった当時のパラノイア思想を重く受け止めている。その代わりの物語が電波を通して起こったという可能性を重視したかった。それは登場人物が(電話をかけてきた相手に)質問を投げかけることで熟成されていく。ゲームプランはたくさんの質問を投げかけることだった。僕はこれまでマイノリティのキャラクターが登場する脚本を書いたことがなかったので、人種に関わることによって、黒い登場人物に映画を15分間止めさせたかった。フェイとエヴェレットという2人の登場人物は市民権運動の最前線にいるのでビリーのような人物の話に耳を傾けるが、彼らの両親は違ったかもしれないよね」[*5]。

さらにパターソンはビリーから電話が掛かってくる前に、視覚的な“変化球”を用意します。それはそれまで映し出されていたフェイがいる電話交換台からエヴェレットがいるラジオ局への場面転換を、その2点をカメラが移動する―それは文字通りカメラが町を突っ切って体育館を通過点として、ふたつの場所を結ぶロングショットで見せるということでした。
「僕らは(そのショットによって)町全体の距離を測り、3つの場所を繋げた。それは脚本に書かれていた。フェイが交換台にいて、それからバスケットボールの試合に吸い込まれ、DJがいるラジオ局へたどり着く。どんな映画でも構わないが、もし映画が始まって20分か1時間ごろに変化球が投げ込まれた場合、私は映画作家のなすがままになる。僕は観客に予測されないタイミングでペースを変えるリズミカルな方法としてそれを試みた」[*5]。
ちなみに撮影隊はその長い移動撮影をゴーカートに乗り、リレー方式で撮影するという原始的な方法で可能にしたといいます。
「僕らは3.5フィート幅のギアをつけたゴーカートで文字通り走り回った。交換台(のある小屋)を出て、7~8mphの高速スプリントで40~50フィートをカメラとともに走った。快調で問題はなかった。カメラは振動を遮断するジンバルに取り付けられていたので、揺れて見えたり、見るに堪えないようなものになることはなかった。それからショットは別のペアに引き継がれ、彼らはバンジーコードに結ばれて走り去った。ドリーグリップの役割を果たすゴーカートに乗ったのは18歳のドライバーだ。彼は8分の1マイルを走ってそのままグリーンスクリーンに激突したんだ。僕らはさらにゴーカートで撮影した2つのショットを組み合わせた」[*5]。
序盤の20分間およびこの中盤の高速の移動撮影によって、観客にこの架空の町に関する地理的な感覚が芽生えるでしょう。パターソンはこのように明かしています。
「僕らは観客が舞台となる空間に潜り込んでいるような感覚になる映画にしたかった。また僕は映画において地理がどのようになっているのか、キャラクターが相互の関係のなかで見せる間隔について考えるのがとても好きなんだ。僕たちの映画には例えば電話を介して空間的に切り離されている人々を繋げる場面があるが、観客は彼らがお互いの関連性においてどこにいるのかはわからない。脚本においてそれを描き出すことができればそこからドラマとなる瞬間が生まれるし、それがうまくいっていることを願っている」[*5]。

本作を「かなり素晴らしい(pretty great)」と評価したDEADLINE誌のピート・ハモンド氏はその理由を以下のように述べています。
「『ヴァスト・オブ・ナイト』の基本前提やプロットは驚くほどに新しかったり独創的だったりはしない。そうではないのだ。しかしパターソンがひとりの映画作家として取る手法――長いトラッキングショット、モノローグ、暗く不気味な手がかり、創意工夫をこらしたサウンドデザインを通じて観客の注視を信頼した選択によって、この映画は印象的なものになっているだけでなく終始観客とともにあり続けている。何より完璧なのはそのキャスティングだ。マコーミックとホロウィッツはそれぞれが優れた役者であることを証明し、独特のスタイルで作られた台詞の山によって予測不能な人物像を作り上げている。ふたりは完璧な好一対で、それぞれに優れている」[*6]。

ラジオのリスナーによって情報を得たフェイとエヴェレットのふたりが、その後いかにして未知との遭遇を果たすかは、ぜひ本編をご覧になって確かめてみてください。

*1
https://www.imdb.com/title/tt6803046/
*2
http://moveablefest.com/andrew-patterson-vast-of-night/
*3
https://www.indiewire.com/2020/06/the-vast-of-night-oklahoma-indie-andrew-patterson-dazzling-debut-amazon-1202232583/
*4
https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2020-05-28/director-steven-soderbergh-advice-for-andrew-patterson-the-vast-of-night
*5
https://www.salon.com/2020/05/29/the-vast-of-night-andrew-patterson-amazon/
*6
https://deadline.com/video/the-vast-of-night-review-amazon-prime-andrew-patterson-sierra-mccormick-jake-horowitz/

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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