『I Am Easy to Find』トレーラー(本編は記事の末尾へ)

先月、ロック・バンドThe Nationalの最新アルバム「I Am Easy to Find」がリリースされた。昨年グラミー賞を受賞した彼らの音楽は広く知られつつあるが、このアルバムには、同時に制作された25分間の短編映画がある。アルバムタイトルと同名のこの映画は、『20センチュリー・ウーマン』、『人生はビギナーズ』のマイク・ミルズが監督を務め、主人公にアリシア・ヴィキャンデルを起用した。ある女性の一生を描いた物語で、特殊メイクなどは使用せずに身体の動きによって、人生におけるすべての年代を表現している。

近年ストリーミングサービスの充実と共に、ビヨンセの「Lemonade」など、「ビジュアル・アルバム」が続々と生まれている。しかしこれは、それらとは少し異なった取り組みであった。製作者らの出会いから、映画監督、バンドメンバー、俳優がお互いに共鳴して、音楽のための映像でもなく、映画のための音楽でもない、新しい形の作品が生まれていった。

アルバムのリリースとともに日本でもイベントが行われたが、ここではその音楽だけでなく、映画と音楽が共にどのように創作されていったのか、IndieWireに掲載された記事から、印象的な彼らの発言を紹介したい。

監督とバンドの出会い

2017年9月、『20センチュリー・ウーマン』の仕事が終わり、次回作の予定もなかった映画監督のマイク・ミルズは、自分のお気に入りのバンドThe Nationalのマット・バーニンガーにメールを送った。

バンドのMVを制作し始めたのが彼のキャリアの始まりだったこともあり、このような形で打診することには慣れていたようだ。拒否されることもあったが、企画が進むこともあったので、動いてみる価値はあったという。メールを受け取ったバーニンガーは次のように言う。

「僕はマイクの映画の熱狂的なファンだった。だから、このメールを貰った時はすごくうれしかった。興奮した子供みたいにすぐに返信したよ。僕たちは皆ひと休みしているところだったから、バンドのメンバーにこのことを相談する前に、当時作成中だったものを全部マイクに送ったんだ。正直、ちょっとおかしくなっていたんだと思う。」

一方でミルズは言う。「マットが自分の映画を知っていてくれたことをとても光栄なことと思ったし、感動した。それで僕たちは電話で話をして、僕がビデオを撮りたいというようなことを言ったら、マットは『今ここに制作中の曲が全部あるんだ、やりたいようにやって!』というようなことを言っていた。」「まさに最初の電話で、未知への船出が、しかもとても特別な、自由な航路に定まった。バンドはツアー中で、通常のルールもないし、期待されてもいなかった。この制約のない自由なエネルギーは、自分の状態にすごくぴったりだった。マットは僕たちのこの企画を、ビデオゲーム「ギャラガ」のボーナスステージに例えていたよ。」

他のメンバーもこの企画に興味を持ったため、彼は手元にあったデモの束をミルズに送り、バンドはツアーに出ることとなる。

「彼らは僕のことをとても信頼していた。彼らは、『君なら素晴らしいものができるよ!』といった感じだった。それで、僕はというと、 『優しいね、けどどうしたらいいのかわからないんだ!』 マットには正直に、いいアイディアが浮かばないかもしれないと言ったよ。」

 ミルズは言う。「正直言うと、とても怖かった。彼らに渡された最初の曲の束はどれも全く異なるものだったんだ。歌詞があるのもあったし、無いのもあった。しかもいくつかはマットがブツブツ言ってるだけの仮の歌詞。それらがどういうものなのかも全然わからなかった。それで思った、存在したりしなかったりするような音楽からどうやって物語をつくればいいんだ?」

監督と女優との出会い、映像化へ…

ミルズは行き詰っていたが、そんな時、アリシア・ヴィキャンデルとの出会いがあった。彼が夫妻で開催した食事会にたまたま来ていたのである。お互いの作品について話している中で、当時ミルズを悩ませていたこの企画についての話が出た。ヴィキャンデルによれば、「私は文字通り『なんてクールなの!』と言いました。」「2017年のストックホルムでのコンサートの時にThe Nationalを見に行きました。 私は18歳頃、のちに付き合うことになる人との初めてのデートで、彼に好かれたくて家でアルバムを予習していったのです。」

ミルズは、ヴィキャンデルをイメージすることで初めてコンセプトを思い描くことが出来たという。 「自分の頭の中のアリシアの存在が、 そして、彼女と一緒に何ができるだろう、という考えが、アイディアを生み出したんだ。」「この企画にYesと言えるような人は、アリシアの他に誰も想像できない。」

ミルズはまず作品のコンセプトを伝えるために、古いフランス映画をバラバラにして、5分間の映像にし、The Nationalの新曲に合わせた。バーニンガーがこれを気に入り、ついに企画が動き出したのだ。

共鳴しながら一つの作品へ

ヴィキャンデルはミルズの物語の独創性に対して、「脚本はただ、映画の中でもでてくる140行のテキストだけで構成されていました。でもその一文一文が私の心を打ちました。それを読んでみて、 私はほとんど… 気恥ずかしいというのではなくて、 でもそれは、誰かに自分の奥深く、心の一番内側にある考えをのぞかれたような、むき出しの感情でした。」

2018年の3月、ヴィキャンデルのスケジュールに突然空きがでたため、その間にカリフォルニアでの撮影を行った。マイクは140ものシーンを5日で撮るつもりだったそうだ。

しかしヴィキャンデルの表現力のすばらしさは、最初のラフカットから、バンドからみても明らかだった。バーニンガーは言う。 「彼女の女優としてのスキルはまさに…スーパースターを見ていることを忘れるのはほんの一瞬だった。存在、魂、スポンジ、そういうものを見ているような感じだ。ただ、彼女が周りの世界に浸って一体になるのを観るんだ。あんな映像の断片で、こんなに完全に人物が描写されているのは見たことがない。」

ここからバンドとの共同作業が始まる。ミルズが映像を送り、それを基にバンドは曲を作り、そしてその曲からミルズがまた新しく映像を作り…というプロセスがなされていった。バンドのメンバーの1人、ブライス・デスナーは言う。「まずアルバムが半分できて、それからマイクがもう半分へと橋を架けるような映画を作った。」「彼は僕たちがやりきるために創作上のヒントをくれた。曲の半分は彼の映画によって形作られている。彼無しではこのアルバムは作れなかった。」

バーニンガーも制作過程について次のように語っている。「(ミルズが送ってきた)ラフカットを見て、僕はさらに書きだし、妻(バンドでは作詞などを担当している。)はもっと書きはじめ、バンドの残りのメンバーもさらに音楽を作り始めた。 僕たちは皆、子をもつ親であり、なぜ自分が自分であるのかを見つけ出そうとしている。マイクの作った映像は、そんなメンバー達と強く共鳴し、僕たちの作詞作曲を新しい段階へ進める刺激をくれた。この作業は1カ月にわたって続いた。僕たちが彼に新しいものを送って、彼が映画の中の新しいカットで返答する。僕たちは彼のアイディアにいつも賛成だったわけでは無いけれど、彼に挑戦してもらえるように十分な信頼を置いていたし、実際その75%は彼が正しかった。というのも、僕たちは彼に、居心地の良い場所から追い出してもらいたかったからだ。マイクは私たちに、なぜThe National が素晴らしいのかを思い出させてくれた。」

ミルズの方も、The Nationalはファン層の厚いバンドではあるが、自由をより重視したようだ。「短編映画に期待されていることは、(普段の長編映画の制作とは)ちょっと違うんだ。もっと自由だ。 皆はこのアリシアの演技を長編映画の中で見たいと思うだろうか? この映画では、音楽が映像と同等に重要だ。—オペラと同じように— それは、物語への期待を緩めるんだ。」

The Nationalは、ミルズが映画の製作を終えた後もスタジオでプロデューサーとして関わることを強く提案したようだ。

 「マイクは、『レコーディングの仕方なんて知らない! 音楽のことなんて全くわからない!』という感じだった。でも僕たちは、『まさにそれだよ!僕たちはもう、どうやって ドアノブを回せば良いかは知っているんだ。だから君は、何が起こっていて、どうやってぼんやりしたアイディアを曲にして伝えられるか、それを僕たちが見つけるのを手伝ってくれればいいんだよ。』 マイクは映画監督だ。時間軸に沿って感情を伝えるのが彼の仕事だ。それこそ私たちが新しい音楽に求めるものだった。新しい音ではなく、何か別の物が必要だった。マイクはそれを私たちに与えてくれた。この映画は人生のポートレートといえるし、そうするとこのアルバムは来世のポートレート(portrait of an afterlife)なんだ。」

©2018 Graham MacIndoe

ミルズは言う。「音楽と映画は、まるでピーナッツバターとチョコレートのようだ。それだけですごくハッピーだけど、それ以上のものなんだ。ビヨンセでいうと, 彼女は自分の音楽や、キャラクターとしての自分の存在の内に、そういう強力で、物語的で映画的なセンス、3次元の才能を持っている。どういうわけか、The Nationalもそれと似ている。マットは映画製作者なんだ。曲のことを話すときにも物語やキャラクターの話をする。彼が歌うと、俳優が演じている場面が思い浮かぶ。 それは、彼は感情をベースに歌っているからだ。 彼が自身のことを、歌手を演じている俳優であると表現しているのを聞いたことがあるが、本当にそう思う。」

制作を終えて

ミルズは今回の企画を終えて言う。「一番素晴らしいのは、そして予想もしていなかったのは、僕が実際に5人の新しい友人を持てたことだ。」「彼らは全然違う5人の男たちだ。 — 僕には男友達は多くない。けれど、僕たちはお互いしっくりくるんだ。昔から何らかの形で知り合っていなかったことが奇妙にさえ感じられる。」

バーニンガーもミルズについて次のように言っている。「クリエイティブな人物として、仲間として、そして僕たちにエネルギーをくれる人として、僕たちはみなマイクに恋に落ちたんだ。」「彼の興奮はみんなに伝染していった。僕たちがマイクと一緒にやり遂げたのでもないし、マイクが僕たちと一緒にやり遂げたというのでもない。彼はそのあとThe National のために幾つか映像を作ったし、Tシャツまで作っている。The Nationalはただの5人組 —でもバンドには、本当は25人、30人の様々な共同制作者がいる。 マイクは今やその一人だ。彼をメンバーのように思っている。」

ヴィキャンデルはこの映画を観ることで、「これまで経験したことのない芸術的な充実を得られる」と言うが、彼女はより明確な視点で次のようにも言っている。「(この映画は)人間の普遍的な恐怖に入り込むのです。完璧な循環を描いている。あなたはここにいて、それから立ち去り、そしてそれがその先もずっと続いていくのです。」

ミルズは言う。「伝記が大好きなんだ。大きな問題をほんの短い一時のうちに扱うのが好き。人生を短く縮めたようなものに心が奪われるんだ。」「物事は常に変化する。 だから25分間は一瞬にして過ぎ去る。でも、その速さのうちにすべてがあるんだ。実際、物語の構造がわかりやすいということがすべての秘策だと思っている。それが人生だ。完全に直線的なんだ。最後に何が起きるかなんて初めからわかっている。それはちょうど、よく知っている川を下っていくようなものだ。でもよく見れば、そこにはたくさんの不思議なことや驚きの余地がある。」

ヴィキャンデルは最初に映画を観た晩のことを思い出して言う。「試写が終わって最初のマイクとの会話の中で私は、『なんでこの映画はこんなに早く終わってしまうの?』 と聞きました。彼はただこう言いました。『それが人生だ。』」

『I Am Easy to Find』 本編

↓公式ホームページでは、インタビュー動画やミュージックビデオも公開されている。

https://iameasytofind.com/


※参考 (発言部は全て下記から抜粋。その他参考箇所あり)

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10267

https://www.huffpost.com/entry/the-nationals-matt-bernin_b_578896

https://web.archive.org/web/20111005221835/http://web.virginmobileusa.com/life/interviews-the-national

小野花菜
早稲田大学一年生。現在文学部に在籍しています。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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