2014年公開「ババドック暗闇の魔物」で鮮烈なデビュー作を放ったジェニファー・ケント監督、日本でもDVDが発売され独特な作風が話題を呼び、ホラー/サスペンスジャンルに新たな風を吹き込む珠玉の一作となった。

同監督の最新作「Nightingale」は昨年のヴェネチア国際映画祭で高い評価を受けた。その予告編が先週公開された。太平洋に浮かぶオーストラリア、タスマニア島で物語は始まる。主人公はクレア、アイルランド人の受刑者だ。彼女は夫と子供が入植者のホーキンスに殺されるのを目撃する。しかしイギリス人のホーキンスには正しい制裁が行われず、クレアは自ら夫と子供の復讐を決意。アボリジナルの案内人ビリーを雇い、果てしない荒野を復讐の決意と共に駆け抜けるのであった。

イギリス人が流刑地として植民地化を始めたオーストラリア、原住民のアボリジナルは4000年前から大陸に住んでいたことが近代の研究で分かっているが、当時の入植者たちは各地でアボリジナルの居住地を襲撃し、奪っていった。イギリス領は東の都市シドニーから拡がり、1827年にはオーストラリア全土に拡張したとされている。

特にタスマニア島では1820年代から入植者らによるアボリジニへの襲撃が激化した、これをブラック・ウォーという。そして1830年にイギリス植民地政府の副総督であるジョージ・アーサーが原住民の一掃を行った、このブラックラインと呼ばれる侵略がきっかけとなり、アボリジニたちは半ば強制的にフリンダース島への移住を余儀なくされた。

本作は1825年のタスマニア島が舞台となっており、こうした歴史背景が反映されている。監督のジェニファー・ケントはDEADLINEへのインタビューに本作でチャレンジしたことについて以下のように答えている。

“いくつかのことがあります。とてもタフな主題であること、実際の物語に基づいているからこそ、調査をしながらも痛ましい思いでした。クレアやビリーについては創作ですが、彼らが住んでいる世界は実際にあったのです。数年の調査を経てスクリーンに映すことになりました、調査の確実性や誠実さを保ちながら真実を描くことに努めました。物語を語ることは私たちにとってとてもタフなことでしたが、実際に必要なことでした。それは当時のアボリジナルの人々に起こっていたことであり、今でもその遺産は生き続けています”

監督が意味する”遺産”とは何か?

今月18日にオーストラリア総選挙が行われ、与党が過半数の議席を獲得し第一党を死守した。しかし投票前の与党への評価は決して高くなかった。地球温暖化への対策不足、所属議員の人種差別的な発言、東部アダニ炭鉱への反対運動、中国からの政治介入、大企業からの不正献金など、与党に不利なニュースが多かったこともあり、今回の下院選挙では野党労働党の勝利が期待されていた。ABC,SBS,Channel9など大手メディアが論争を繰り広げる中、アボリジナルの権利回復については、本選挙の争点としてあまり取り上げられなかった印象がある。

1967年にアボリジナルが市民権を取り戻して以降は、格差の是正や福祉の優遇などあらゆる手段が取られてきた。成果として、アボリジナル議員の擁立、国立公園での活動を通した文化遺産の保護など表向きは”平等”が見て取れる。しかし実態は彼らが平等に扱われているとは言えないだろう。その大きな理由の一つは、オーストラリアの憲法ではアボリジナルの存在ががいまだ認められていないということにあるのではないだろうか。

インタビューの中で監督はもう一つのチャレンジについて以下のように語った。

“性被害や一般的な暴力についても、当時はそういう暮らしに基づいていたものだった。しかし私達にとってはその物語を伝えることがとても重要でした。私たちが住んでいる世界と明確に結びついているように私には感じられます”

ー今日との関連性について詳しく述べてもらえますか?

“私達は歴史上の決定的な場面にいると思います。私には世界を横断する女性の力が軽視され、無視されていると感じます。いかにたくさんの暴力が世にはびこっているか、それと理由付けられるでしょう。わたしたちはこの決定的な時期に女性や自然に敬意を示し始めています。私は次のことを問います。「暗黒時代にどうやって人間性を取り戻すのか、どうやって以下のような特性に重点を置くのか、愛、哀れみ、共感、優しさ、これらを示すのは簡単ではない時代ですね?」これを問うのはなぜなら、それだけでしか私たちは救われないからです”

本編はタスマニア島で撮影された、オーストラリア本土とは異なる自然景観がスクリーンに映されることは多くない。緑豊かなタスマニアの山並みや深い森が舞台になっている。本作の公開は8月に予定されている。ぜひ公開された予告編をご覧いただきたい。

DEADLINE

NEW DAILY

https://thenewdaily.com.au/entertainment/movies/2018/09/13/baykali-ganambarr-venice-film-festival/

The SUN

https://www.thesun.co.uk/tvandshowbiz/9158019/new-trailer-gory-horror-flick-nightingale-terrify-viewers/

The Sunday Morning Herald

https://www.smh.com.au/national/what-is-the-uluru-statement-from-the-heart-20190523-p51qlj.html

伊藤ゆうと

イベ ント部門担当。平成5年生まれ。趣味はバスケ(閉館した)”藤沢オデヲン座で「恋愛小説家」を見たのを契機に 映画を観始める。Podcastを作りながら国際関係・政治などジャーナリズムの勉強中。


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