またとんでもなく挑戦的で刺激たっぷりのホラー映画『Ma(原題)』が、間もなく米国で公開される。『ザ・ヘルプ 心がつなぐストーリー』の名コンビ、テイト・テイラー監督とこの作品でアカデミー助演女優賞に輝いたオクタヴィア・スペンサーが、白人と黒人が心を通わせ共に闘う温かい友情の物語から一転、黒人が白人を意のままにコントロールし過激に暴走していく『ゲット・アウト』のような悪夢の世界をつくりだす。

お酒を買ってパーティを楽しみたい10代の若者たちが探していたのは、自分たちに代わってアルコールを購入してくれる「優しい」大人。そんな彼らが出会った黒人女性の”Ma”(オクタヴィア・スペンサー)は、人がよさそうで、かつ「白人に従順そう」と、うってつけの人物だった。”Ma”は、彼らの頼みを聞いてくれただけでなく、「自宅にナイスな地下室があるの、いくらでも騒いで大丈夫、好きなように使っていいわ」と魅力的な話をもちかける。二つ返事でその提案に乗った若者たちは、夜な夜な”Ma”の地下室に集まり、派手なパーティを開いて大騒ぎを繰り広げる。そんな彼らを微笑ましく見守る”Ma”だったが、彼女にはある暗い秘密と計画があった。ひとたび彼女が動きだしたとき、若者たちの日常は恐怖でゆがみ、崩れていくのだった…。

 

今年3月に米国のストリーミングサービスSHUDDERで、アメリカホラー映画の中に出てくる黒人の役割と描き方がいかに変容を遂げてきたかをひもとく興味深いドキュメンタリー作品” Horror Noire: A History of Black Horror”が配信された。映画界においてホラービジネスが好調のなか、「カメラの前と後ろの黒い顔と声」が、今、注目を集めているのは、スタジオが黒人視聴者による興行収入の大きさを認識し始めたからだけではない。黒人を据えたストーリー展開が、より豊かな映画経験を生み出すという意識が高まってきたことによる。もちろん、黒人が恐怖映画の歴史を語るうえで重要な部分を担ってこなかったわけではない。ただしそれには「お決まり」がある。真っ先に殺されたり、あるいは主人公をかばって殺されたり、仲間を裏切って殺されたりと、とにかく殺される。最初の15分で殺されない場合は、間違いなくほかの登場人物たち全員を血祭りにあげる側だ。ドキュメンタリー中に、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で黒人俳優デュアン・ジョーンズ演じるベンが「ここは俺が仕切る」と白人たちに言い放つシーンを観たケン・サゴーズ(『エルム街の悪夢3、4』)が「ほら、歴史的な瞬間だ!」と自嘲気味に歓声を上げるシーンが出てくる。黒人はあくまで物語を前へと滑らせる潤滑剤であり、物語をけん引するキーパーソンにはなり得なかった歴史が垣間見える場面だ。

2017年、ジョーダン・ピール監督のホラー映画『ゲット・アウト』の大ヒットは、そんな状況を一変させる。アカデミー作品賞にもノミネートされたこの作品は、「白人による(偏見に満ちた)黒人崇拝」という、黒人監督でなければ描けなかったであろう関係を皮肉たっぷりに盛り込み、ブラックホラーに新しい展望をもたらした。

“Ma”は、さらに新しい風を吹き込むかもしれない、というのも、監督のテイト・テイラーは白人である。その彼が、「白人に素直に従う純朴そうな黒人のおばちゃん、実は邪悪な意図を抱いて白人を酷い目に遭わせてやろうと虎視眈々狙っていました!」という状況を描くというのだ。そんなことをして大丈夫なのだろうかとドキドキしてしまう。しかしそれは過剰な配慮(のようでなっていない配慮)というバイアスのなせるわざなのではないか。オクタヴィア・スペンサーは、NASAのコンピュータプログラマーを演じた『ドリーム(原題:Hidden Figures, 2016)』ののち出演した『サタデー・ナイト・ライブ』で、「生意気な家政婦という、自分の初期のキャリアの大部分を占める役割からやっと開放されてうれしい」と述べた。”Ma”にあたっても「人が私に望む役割でないものを演じることに、とても興奮した」と、新たなジャンルへ挑戦することへの喜びを語っている。

Ma Movie (2019)

当初は白人の女性を主人公にすることが想定されていたというこの”Ma”。オクタヴィア・スペンサーを起用することによって、「白人家族の子どもたちの世話をする服従的な黒人女性」というハリウッドで最も古いステレオタイプな役割のひとつを化けの皮のごとくはがしていく。それは、皮肉にも『ザ・ヘルプ』でテイト・テイラー監督とオクタヴィア・スペンサーらが描き上げた典型的な黒人像でもある。『ザ・ヘルプ』を「感動作」として絶賛を浴びせたのは白人たちであった。物語の当事者である黒人たちは「白人の罪悪感を和らげるだけの映画」と忌み嫌い、主演のヴァイオラ・デイビスはのちに「出演したことを後悔している」と吐露している。”Ma”は、そんな批判に対するテイト・テイラー監督なりの答えかもしれない。そして長年、テイト・テイラーと仕事を共にし、『ザ・ヘルプ』への批判をくぐり抜けてきたオクタヴィア・スペンサー(彼女自身は黒人たちからも賞賛されたが)が主演を快諾したことも、作品への興味をかきたてる。

出演はほかにルーク・エヴァンス、ジュリエット・ルイスの名も見える。日本公開は未定のようだが、テイト・テイラーとオクタヴィア・スペンサー、二人の野心的なコラボレーションは、ぜひ劇場で観たいものである。

《参照ページ》

https://www.hollywoodreporter.com/news/octavia-spencer-tate-taylor-premiere-first-horror-film-ma-1211693

https://www.hollywoodreporter.com/heat-vision/is-ma-trailer-a-reaction-octavia-spencers-help-1186279

https://www.nbcnews.com/news/nbcblk/horror-noire-shines-much-needed-light-history-african-americans-horror-n969596

https://www.hollywoodreporter.com/heat-vision/horror-noire-documentary-primes-viewers-a-year-black-horror-1182654

小島ともみ 80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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