5月25日まで開催中の第72回カンヌ国際映画祭。既に傑作との呼び声の高いテレンス・マリックの新作や、ポン・ジュノ、ペドロ・アルモドバル、アルノ―・デプレシャン、ジム・ジャームッシュ、アブデラティフ・ケシシュといった名だたる監督たちの新作など目白押しだが、今回は少々趣向を変えて、映画祭で注目すべき撮影監督たち15人をご紹介したい。

 

 

ROBBIE RYAN

ケン・ローチの新作「Sorry We Missed You」を担当したロビー・ライアンは、アカデミー主演女優賞を受賞した「女王陛下のお気に入り」の眉目秀麗な映像を作り上げた、新進気鋭の撮影監督である。これまでノア・バームバックやアンドレア・アーノルドといった若手監督たちとタッグを組んできた。彼の持ち味は、自然光と直感的なカメラの動きである。

 

 

ROBERT RICHARDSON

ロバート・リチャードソンは、アカデミー賞撮影賞を受賞した「JFK」、「アビエイター」、「ヒューゴの不思議な発明」の撮影監督だ。長年のキャリアをもつ彼は、オリバー・ストーン、マーティン・スコセッシといった名監督とタッグを組んできた。ブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが共演する、クエンティン・タランティーノ話題の超大作「Once Upon a Time in Hollywood」を担当している。常に大胆かつ、表現力豊かな照明を用い、それぞれの監督の求めるスタイルとテンポに合わせて、カメラの動きを正確に操ることのできる名手腕をもつ。

 

 

JOMO FRAY

ジョモ・フレイが、今年のインディペンデント系アメリカ映画界の中で、もっとも注目度の高い撮影監督のひとりなのは間違いない。サンダンス映画祭で話題をさらった「Selah and the Spades」の撮影を務め、今回の出品作である「Port Authority」を担当した。

これは、マーティン・スコセッシのプロデュースによる現代版「クライング・ゲーム」とも評される、ニューヨークを舞台としたトランスジェンダーのラブロマンスである。

 

 

CLAIRE MATHON

クレール・マソンは、ここ数年間で、ヨーロッパ映画界に活躍する優秀な撮影監督として名前を上げている。というのも、今回の映画祭においてセリーヌ・シアマの「Portrait of a Lady on Fire」とマティ・ディオプの「Atlantics」の2本を担当しているのだ。女性が活躍しやすいフランス映画界ならではだろう。

 

 

HÉLÈNE LOUVART

エレーヌ・ルヴァ―ルほど、偉大なフランス映画界の撮影監督はなかなか存在しない。

ありとあらゆる名監督とタッグを組んできた。ヴィㇺ・ヴェンダース、アニエス・ヴァルダ、クレール・ドゥニ、レオス・カラックス、クリストフ・オノレ、ラリー・クラーク、ミア・ハンセン・ラヴなどが挙げられ、彼女の関わった作品は115本にものぼる。去年の映画祭では手掛けた3本の作品が出品されていたが、今年はカリム・アイノズの「The Invisible Life of Euridice Gusmao」が出品されている。

 

 

FREDERICK ELMES

長いキャリアをもつエルムスは、信頼のおける撮影監督として有名である。デヴィッド・リンチの金字塔的な作品「イレイザーヘッド」、「ブルーベルベッド」から、チャーリー・カウフマン、アン・リーといった名監督たちタッグを組んできた。今回の映画祭では、オープニングを飾ったジム・ジャームッシュの「The Dead Don’t Die」を担当した。

 

 

Darius Khondji

ありとあらゆる有名作品を手掛けるダリウス・コンジ。カンヌ国際映画祭の映画撮影学部長かのような彼は、30年前にシネマスコープで「Le Trésor des îles Chiennes」を撮影して以来、生みだしてきた傑作は枚挙にいとまがない。

個人的にジャン・ピエール・ジュネの「ロスト・チルドレン」が大好きなのだが、近未来の陰のある、抒情的な風景がすばらしい。デヴィッド・フィンチャーの「セブン」、ベルナルド・ベルトルッチの「魅せられて」、ウディ・アレンの「マジック・イン・ムーンライト」、ミヒャエル・ハネケの「愛 アムール」といった幅広い名監督たちに愛されている。

 

 

KYUNG PYO-HONG

韓国の映画撮影技術の幅広い豊かさを表すように、ホン・ギョンピョの作品リストは驚くべきものだ。イ・チャンドンの「バーニング」、ポン・ジュノの「スノーピアサー」、ナ・ホンジンの「哭声 コクソン」、「ブラザーフッド」など、関わった作品リストに終わりがない。同時に、彼は自然主義を通じてミステリアスな雰囲気を醸し出させる、素晴らしい才能がある。それは最近だとポン・ジュノの「母なる証明」によく表されている。今回の映画祭では、再度タッグを組むポン・ジュノの新作「Parasite」を担当している。

 

 

PETER ZEITLINGER

ペーター・ツァイトリンガーはオーストリアの撮影監督で、ヴェルナー・ヘルツォークの「グリズリーマン」から「バッド・ルーテナント」までを担当してきた。彼は他にウルリヒ・ザイドルやゴッツ・スピルマンなどとタッグを組んできた。今回の初のカンヌ国際映画祭では、アベル・フェラーラとタッグを組み、彼のとても個人的な経験を扱った「Tommaso」を担当している。ツァイトリンガーはフェラーラから、自然主義のなかに美しさを見出し、ドキュメンタリーかのような雰囲気をもちつつ撮影するよう、頼まれたそうだ。

“アベルは、主人公の想像力とエロティックなファンタジーの世界を相殺するために、より荒く、ドキュメンタリーチックな映像を求めてきた。だけどシーン自体は現実的なものだから、私は家で撮ったホームビデオみたいな出来の作品にはしたくなかったんだ。そのために、映画の美学の要求と現実世界の安っぽい乱雑さのバランスをとらないといけなかった。私は撮影に用いるロケ地を設計し、色の調和が整うように壁に色を塗った。”

 

 

KSENIA SEREDA

クセニア・セレダはなんと24歳である。今回担当したカントミル・バラゴフの「Beanpole」は、手持ちカメラで撮影した疑似ドキュメンタリーを感じさせるような作品ではなく、良質に作られた映画である。監督に求められた映像を作るために、製作前の準備段階から正確な光や色のコントラストができているかに留意した。“私は絵のような要素で、信頼できる空間づくりがしたかったの。” Indiewireによれば 『暗い展開の物語と相反するような暖かみのある、驚くべき映像は、絵画のような、絶妙な構成でいっぱいだ。』と述べられている。」

 

 

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JÖRG WIDMER

タク・フジモト、ネストール・アルメンドロス(ハスケル・ウェクスラーの優秀なアシスタントを務めていた)、ジョン・トール、エマニュエル・ルベツキは、映画史に残る伝説であるテレンス・マリックの撮影監督を幸運にも務めることのできた人々だ。そのリストに新たに入ることができたイェルク・ヴィトマーだ。彼は若い世代の中でも最も尊敬されるカメラおよびステディカメラの操り手のひとりであり、2005年のテレンス・マリックの「ニュー・ワールド」からタッグを組み始めた。ヴィトマーの手掛けた作品には、「Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」や「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」などがある。今回の映画祭には、テレンス・マリックの「A Hidden Life」でタッグを組んでいるが、これが1998年以来、ずっとタッグを組んでいたエマニュエル・ルベツキから変わった経緯だ。

 

 

DONG JINSONG

トン・ジンソンとディアオ・イーナンがタッグを組んだ「薄氷の殺人」は、過去10年間のなかで最も評価が高く、視覚的に捉えらえてしまう作品のひとつだ。今回は再度タッグを組み、より野心的な響きのあり、視覚的にもひきつけられる「The Wild Goose Lake」を完成させた。

 

 

SAYOMBHU MUKDEEPROM

アジア勢から優秀な撮影監督が誕生した。タイのサヨムプー・ムックディプロームである。今回の映画祭では「君の名前で僕を呼んで」からタッグを組んでいるルカ・グァダニーノの最新作「The Staggering Girl」を手掛けた。今やアメリカの映画業界でも名前を知られている彼は、もともと鬼才、アピチャートポン・ウィーラセータクンの「ブンミおじさんの森」で撮影監督を務めていた。本作で緑豊かなタイの自然を映し出しつつも、神秘的な雰囲気を醸し出せば、「君の名前で僕を呼んで」では、対照的にイタリア北部の乾燥した夏の雰囲気を美しく映し出した。それはまるで主人公の肌に触れる太陽の光や空気までもが伝わるかのようだった。しかもそれが、34日の撮影期間中、28日も集中豪富に見舞われたなかで撮影されたとわかったら、彼の魔法を理解するだろう。それでなくとも、「君の名前で僕を呼んで」と「サスペリア」からわかるのは、2018年における最優秀の撮影監督であり、現代における撮影監督のなかで最も優秀な人物のひとりといえる。

 

 

ANDRÉ TURPIN

アンドレ・トゥルパンはグザウィエ・ドランの革新的で遊び心のある「Matthias & Maxime」を手掛けた。“僕たちはクライマックスのラブシーンを作品から目立たせたかったので、65ミリのフィルムを用いた。もちろん大満足だよ。この作品はドランのこれまでの作品とは見た目が異なるんだ。より自然で新鮮で、シンプルなんだ。”

トゥルパンは「トム・アット・ザ・ファーム」以降のドランの作品を担当しているが、他にドゥニ・ヴィルヌーヴの「灼熱の魂」がある。

 

 

JOSÉ LUIS ALCAINE

ホセ・ルイス・アルカイネとアルモドバルのコラボは、30年前の「神経衰弱ぎりぎりの女たち」から始まっている。またアルカイネはペネロペ・クルスが一躍有名になったフェルナンド・トルエバの「ベルエポック」のようなゴージャスな雰囲気のものも撮れば、アスガ-・ファルハーディーの「誰もがそれを知っている」のようなシリアスな犯罪ドラマも撮る。アルモドバルの作品に対しては、カラフルでフォーカスの強い、絵のような映像を作りあげてきた。

 

個人的に嬉しかったのは、アジア勢としてタイ出身の撮影監督サヨムプー・ムックディプロームが著名になっていたり、女性の撮影監督が存在を大きくしていたりするところだ。特に「君の名前で僕を呼んで」はヨーロッパの人が撮影したと思っていた。著名監督たちの最新作だけに、ほぼ日本公開されると思われるので、公開がとても待ち遠しい。そして芸術分野の天才たちのこれまでの作品も、あらためて観なおしたい。

 

Indiewire

https://www.indiewire.com/gallery/cannes-2019-cinematographers/#!1/lighthouse-cinematographer-jarin-2/

Indiewire(Port Authority)

https://www.indiewire.com/2019/05/port-authority-review-cannes-2019-1202142282/

Variety(Beanpole)

IMDB

https://www.imdb.com/
 

鳥巣まり子

ヨーロッパ映画、特にフランス映画、笑えるコメディ映画が大好き。カンヌ映画祭に行きたい。現在は派遣社員をしながら制作現場の仕事に就きたくカメラや演技を勉強中。好きな監督はエリック・ロメールとペドロ・アルモドバル。


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