『ディーパンの闘い』でカンヌ映画祭パルムドールに輝いたジャック・オーディアール監督による初の英語作品にして初の西部劇『シスターズ・ブラザーズ』に興味深い現象が起きている。

 

ジョン・C・ライリーとホアキン・フェニックスが演じる凄腕殺し屋兄弟が、雇い主である“提督(ルトガー・ハウアー)”からの暗殺指令を受け、理由もわからないまま、とある”山師”(リズ・アーメッド)と彼につきまとう謎の男(ジェイク・ジレンホール)を追ってゴールドラッシュに沸くカリフォルニアへ向かう珍道中を描いた異色西部劇。本作品には原作がある。カナダ出身の作家パトリック・デウィットによる同名タイトルの長編小説で、カナダでは総督文学賞を初めとする四冠を制覇し、世界で最も権威ある文学賞のひとつとであり、「本当に面白い本が読みたいならノーベル文学賞よりこちら」といわれる英国ブッカー賞の最終候補にも残った話題作だ。映画自体は、兄弟のキャラクターを際立たせるためにそれぞれ固有のエピソードを入れ替えるといった小さな差異はあるが、おおむね原作どおりに進み、4人の男の奇妙な関係を、非情の中にユーモアを滲ませる原作の持ち味を生かす形で描かれている。

 

『シスターズ・ブラザーズ』は昨年のヴェネチア国際映画祭でプレミアを迎え、ジャック・オーディアール監督は銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した。その後、9月にアメリカとカナダで公開されたが、制作費約41億円に対し二国での興収は3億4,500万円にとどまる惨敗ぶりを示す。世界規模では約7億5,000万円を上げるも、両者合わせても制作費の3分の1にも至らないという惨憺たる状況であった。

 

そんな負け犬映画が奇跡を起こす。先日発表されたフランス版アカデミー賞のセザール賞で作品賞、監督賞を含む9部門にノミネートされた。最多10部門にノミネートされた『ジュリアン』に次ぐ高評価だ。

 

では、なぜ米国を筆頭に各国でヒットしなかったのか。西部劇というジャンル自体が受けないのかといえば、決してそういうわけではない。2000年代に入ってからも名作の呼び声高い西部劇が生まれている。例えば『3時10分、決断のとき(2007)』はアメリカ・カナダだけで制作費約60億円をほぼ回収し、最終的に76億円の興収を記録した。タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者(2012)』は制作費の約4倍となる400億円のセールスを上げた。『トゥルー・グリッド(2010)』に続くコーエン兄弟の西部劇『バスターのバラード(2018)』はごく短期間の一部の劇場とNetflix配信という限定公開ながら、各所で2018年ベスト10に登場している。

 

海外レビューのうち評価の高いものによれば、「この映画の面白さの大半は4人の主人公たちにある。兄弟として、追われる者たちとして、それぞれの二人組の関係性が楽しい。そして、4人が一堂に会したとき、それはさらに魅力的になる(『ニューヨーク・タイムス』)」、「『シスターズ・ブラザーズ』が魅了してやまないのは、登場人物たちが、彼らを取り巻く世界のめまぐるしい変化に置いていかれつつも、その生を必死に生きる姿である(ニューヨーカー)」、「強烈なパンチ!ホアキン・フェニックスが辺境のおかしな殺し屋を演じる、フランスの映画監督ジャック・オーディアールによるユニークな西部劇。ジョン・C・ライリーの素晴らしさ!さあ馬に乗れ!(ローリングストーン紙)」と、正義のヒーローが悪漢どもを倒して苦しんでいた人々を救うとか、ましてや開拓者魂を持った主人公が先住民と戦うといったオーソドックスな西部劇にはお目見えしないような表現が並ぶ。

逆に、ここが評価の分かれ道となったのかもしれない。評価の低いレビューではまさにその点が指摘されている。「目的地を探す旅のような作品(デトロイト・ニュース)」、「わくわくさせられる西部劇にはほど遠い。吐き気をもよおすほど冷酷な殺人者である兄弟の心理をでたらめに分析したにすぎない(トルーカン・タイムス)」と、ステロタイプな西部劇でないことに対する恨みつらみの語句が見える。

 

言い換えるなら、『シスターズ・ブラザーズ』はスタイルこそ従来の西部劇の形をとりつつ、変化に呼応しきれず、前時代と共に葬られる男たちを描く「イマドキの」西部劇である。いわゆる男らしさ、タフガイぶり、マチズムがもてはやされた時代は終わり、その裏側にある人間性を描く作品。善悪の境目が曖昧な今、勧善懲悪では割り切れないストーリーが私たちに伝えるものは共感を強く引きつけてやまない。

 

日本公開はいまだ決まっていないが、来月22日のセザール賞の発表を楽しみに待ちたい。

《参照》

https://www.hollywoodreporter.com/lists/cesar-awards-2019-nominations-list-1172268

https://www.newyorker.com/magazine/2018/09/24/the-sisters-brothers-is-not-your-average-western

https://www.nytimes.com/2018/09/20/movies/the-sisters-brothers-review-joaquin-phoenix.html

https://www.rollingstone.com/movies/movie-reviews/the-sisters-brothers-movie-review-726449/

https://www.detroitnews.com/story/entertainment/movies/2018/10/11/movie-review-adam-graham-joaquin-phoenix-john-c-reilly-cant-find-gold-sisters-brothers/1589063002/

http://www.tonymedley.com/2018/The_Sisters_Brothers.htm

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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