4月20日、スティーブン・スピルバーグ監督の最新作「レディー・プレイヤー1」が日本で公開される。(1)この映画はアーネスト・クライトンの小説「ゲームウォーズ」を原作としており舞台は2045年の未来、人々が食事などの時間以外をヴァーチャルリアリティの中で生活している設定だ。そのVRの創設者の遺言により、VR世界の中に仕掛けられた3つの謎を解き明かし、莫大な財産を手に入れようとする若者達の物語となっている。「レディー・プレイヤー1」が公開されれば「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(2)と合わせスピルバーグ監督の新作映画が2本同時に日本で公開されることとなる。「ペンタゴン・ペーパーズ」は1971年のワシントンポスト社が舞台であり、「レディー・プレイヤー1」で描かれる時代や内容も全く異なる。そしてこのほぼ同時期に撮影された2本の映画の異なる世界観を作ったカメラマンに、ポーランド出身の撮影監督ヤヌス・カミンスキーがいる。(3)「シンドラーのリスト」以降のスピルバーグ監督の映画全ての撮影を担当し2度のアカデミー撮影賞受賞の他、セザール賞撮影賞、英国アカデミー撮影賞等を受賞している撮影監督だ。「光こそが物語ることの最も大事な要素だ」と語る彼の撮影に対する考えに触れてみたい。

 

ヤヌス・カミンスキーは1959年ポーランドのジェンビツェで生まれている。(4) 1981年ギリシャに旅行中、母国で戒厳令が引かれたことを知りアメリカに亡命した。渡米後、シカゴのコロンビアカレッジとロサンンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティチュート(5)で映画製作・撮影を学び、1980年代後半からロジャー・コマーン制作(6)の低予算映画の撮影を手がけるようになる。1991年にダイアン・キートンが監督したTV映画「Wild Flower」を撮影するが、それがスピルバーグ監督の目に止まり「シンドラーのリスト」の撮影に抜擢される。カミンスキー起用の背景にはポーランド出身という出自が関係しているとも言われるが、以降25年間に渡りスピルバーグ作品を撮影し、同作と「プライベートライアン」でアカデミー賞撮影賞を受賞することとなる。

 

「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」はリチャード・ニクソン大統領政権下の1971年にベトナム戦争に関する最高機密文書のコピーを手に入れたワシントンポスト社を舞台に、政府の圧力に争い文書に関する記事を掲載しようとする社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)や編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)達の戦いを描いている。カミンスキー撮影監督はこの映画の脚本を初めて読んだ時「何てことだ、登場人物たちは次から次へ喋りまっくっているし、そのほとんどは室内で起こっている。どうやってこれを映像化したら面白くなるのか」という印象を持ったという。カミンスキーは1970年代の雰囲気を作るためクリアでシャープな映像ではない方が適していると考え、ツァイス社のオールドレンズとコダックのフィルムでこの映画を撮影することにした。「ワシントンポスト社を電話の鳴り止まない、絶えず新しい情報の飛び交う活気のある場所として表現しようと思った。なるたけカメラを多く動かす他、照明機材などで俳優の動きを制限せず、彼らが動くところどこにでも追いていけるようにした。そのため通常僕は照明を人物と同じ高さくらいから当てるのだけど、今回は基本的には天井から蛍光灯のつもりで照らすことにした。ライティングスタイルを変えようと思ったんだ。ただその場合、人物の目の窪みに深い影ができる場合があって怪しく見えてしまうのだけれど、その時は照明を横から当てた。彼らはジャーナリストだから、影を作りすぎず眼をはっきり見せて、その潔白性や透明性を表現しなきゃいけないからね。メリル・ストリープに関しては他の人物よりもより強い光を当てて、影も濃く出るようにした。何故ならメリル・ストリープ演じる登場人物に威厳や存在感を持たせたかったからだ。こうして光と影を使ってある人物の潔白さや、曖昧さ怪しさ、を表現するのは楽しかったよ」と語っている。実際にカミンスキー撮影監督がどのように光と影でビジュアル面から物語っているのかは、劇場で見ていただきたいところだが「光と影で物語る事が僕の仕事だ。最近の映画はリアリティに拘りすぎて、ライティングを正しく行
ってないと思う。自然さとある程度離れても僕は映画を面白くするためなら、映像のフレーム内外からいろんな形で照明を当てる」と語っている。(7)

 

様々な形でライティングスタイルを変えながら、映画を撮影してきたカミンスキーだが「レディ・プレイヤー1」では現代の映画撮影に関して懸念を表明をしている。「僕がこの映画に貢献できたのは40%くらいだ。残りの映画の60%はほぼCGでできている。“レディ・プレイヤー1”はフィルムカメラとデジタルカメラで撮影されている。デジタルの場合ポストプロダクションで、その技術者たちに、撮影時意図していた光や色も際限なく変えられてしまうんだ。CGでVRの世界を作ってくれたILM(8)は、40%の実写部分で行った僕のライティングスタイルや僕が過去に撮影した「マイノリティーリポート」、「AI」のライティング哲学を踏襲してくれた。だからこれはつまるところ僕の映画で、僕の映像とも言えるし、スピルバーグとこの映画を一緒にできてよかった。ただ正直言えばこれは、僕の好む映画の作り方じゃない。ILMの人々もとても優れた技術者たちだけど、映像を扱い料理するコックが多すぎるよ。撮影は光と陰の芸術であったはずだけど、今それが消えつつあるんだ」(9)と語っている。 映画もまた産業である以上、技術革新とは無関係でいられない。先に公開されたアメリカでは好評を博しているようだが、世界で有数の撮影監督であるヤヌス・カミンスキーがどのように最新技術と折り合いをつけ、光と影を映画撮影に持ち込んでいるのかに注目してみたい。

 

(1) http://readyplayeronemovie.com

(2)https://www.foxmovies.com/movies/the-post

(3)http://www.imdb.com/name/nm0001405/

(4)http://culture.pl/en/artist/janusz-kaminski

(5)http://www.afi.com/Conservatory/

(6)http://www.imdb.com/name/nm0000339/?ref_=nv_sr_1

(7)http://collider.com/janusz-kaminski-interview-the-post-steven-spielberg/

(8)https://www.ilm.com

(9)https://www.hollywoodreporter.com/behind-screen/nab-show-cinematographers-express-concerns-how-images-are-manipulated-post-1102218

 

戸田義久 普段は撮影の仕事をしています。 https://vimeo.com/todacinema これ迄30カ国以上に行きました。これからも撮影を通して、旅を続けたいと思ってます。趣味はサッカーで、見るのもプレーするのも好きです。


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