現在開催中の東京国際映画祭において、10月26日、グザヴィエ・ボーヴォワの新作『ガーディアンズ』が上映された。女性たちの視点から戦争と日常、恋愛、個人の幸福や家族の問題を捉えた、圧倒的な風格と日常生活のゴツゴツした手触り、そして繊細な感受性を全て備えた傑作だった。しかし、巨大なEXシアター六本木で上映されたこともあってか、客の入りは今ひとつであったように思われる。30日にもう一度、今度はTOHOシネマズ六本木ヒルズ SCREEN3で上映される。こちらは既に満席のようだが、さらに注目度を高めその上映を盛り上げるためにも、監督ボーヴォワのインタビューを引用しつつ、傑作『ガーディアンズ』を紹介したい。

 この作品は、グザヴィエ・ボーヴォワの7本目の長編監督作である。91年に長編処女作『Nord』でデビューした彼は、たちまちモントリオール映画祭審査員特別賞と国際批評家連盟賞を受賞した。だが、彼を最も有名にしたのは2010年の第5作『神々と男たち』だろう。この作品でボーヴォワは、第63回カンヌ国際映画祭グランプリを獲得している。また俳優としても活躍し、ブノワ・ジャコの『マリー・アントワネットに別れをつげて』でルイ16世を演じるなど、極めて印象的な演技を数多くの作品で披露している。クレール・ドゥニの新作『レット・ザ・サンシャイン・イン』にも出演している。

 監督としてのボーヴォワの作風は、モーリス・ピアラなどから続くフランスのナチュラリズムの系譜に属すと言って良いだろう。現在、「カイエ・デュ・シネマ」誌などは基本的にこうした作品をあまり高く評価していない。しかし、映画批評誌のトレンドや映画祭の受賞傾向が作品の価値を一義的に決めてしまうわけでは決してない。時流から外れていることは、この作品の反時代的佇まいを一層際立たせるものでありこそすれ、それが傑作であることを些かも損なうものではないだろう。

 『ガーディアンズ』の舞台は、第一次世界大戦を背景としたフランスの農村地帯である。映画のオープニングでは戦場らしき風景も映されるが、基本的にこの映画が描くのは、戦争が継続している時代の銃後の日常、つまり主に女性たちが生活や労働や家族の安全の全てを担っていた場所である。この作品は、戦時の日常という「もう一つの戦場」での女性たちの闘いを描いた映画であるのだ。

ボーヴォワ:僕の映画は、これまで殆ど男性についてのものだった。『若き警官』ではナタリー・バイが主人公だったが、それでもあの映画は男性のための作品だった。『神々と男たち』や『チャップリンからの贈りもの』もそう。だから僕は、女性についての映画を作りたかった。それに、『シェルブールの雨傘』にとても惹きつけられていたんだ。あれはアルジェリア戦争についての映画で、物語として語られる出来事の背景に僕たちは戦争を感じることができる。婚約者を失った女性、妊娠した女性、結婚した女性、そしてアル中になってしまった男性、仕事を失った男性…。戦争がもたらす多くの異なる側面を、僕たちはそこから学ぶことが出来るんだ。戦争について語りつつ、前線での戦いを見せないことは、とても感動的な物語になると僕は考えた。そして『ガーディアンズ』が、その機会を与えてくれたんだ。

 『シェルブールの雨傘』の音楽を担当したミシェル・ルグランは、『ガーディアンズ』にも素晴らしい楽曲を提供している。日々の生活や労働をまるでデイリーウェアのように即物的に捉えたこの作品に何度か流れる彼の美しいメロディからは、ジャック・ドゥミに対する敬意と共に、この作品に込められた女性へのあたたかい眼差しもまた感じることが出来るのではないだろうか。そして、そのカメラを担当しているのはカロリーヌ・シャンプティエである。

ボーヴォワ:彼女と仕事をして素晴らしいのは、彼女がとてつもなく才能あるカメラマンだというばかりでなく、同時にとても撮影が早いんだ。床に転がっている白いシーツを見た瞬間、それをレフ代わりに使おうってたちまち思いつくのが彼女なんだよ。もちろん彼女はもっと複雑な撮影もできるけど、早くてフレキシブルであることはとても重要なことだ。というのは、誰でも自分の映画に良い映像を撮りたいと思うものだけど、その準備に3時間もかけたくはないからね。一方、フレーミングに関しては、僕は彼女といつも衝突するんだ。議論ばかりするんだけど、最終的に勝つのはいつも僕だね。だって、監督は僕なんだから(笑)。

 フランスの田園地帯を舞台にしたこの「時代もの」は、ともすれば余りにも美しい映像ばかりで飾られた作品となったかも知れない。しかしボーヴォワは、意識的にそれを回避した。

ボーヴォワ:僕はしばしばやり過ぎないように注意していた。と言うのは、全てのシーンを絵画のようにはしたくなかったからだ。勿論幾つかの場面では、絵画や映画のイメージが頭をよぎった。例えば、少女が背中を流すドガのタブローや、リュミエールの「列車の到着」なんかがそうだ。こうしたイメージをそのままなぞってしまわないように注意したよ。それ以外では、多くの絵画を研究したのは事実なんだが、絵画風の美しい映像を作りすぎるのは余りにも簡単なことであり、その罠には落ちたくなかったんだ。

 第一次世界大戦時のフランスを見事にとらえた『ガーディアンズ』では、手紙が重要な役割を果たしている。

ボーヴォワ:僕はこの映画の世界に入っていくため、とにかくたくさんの文章を読んだんだ。全ての百科事典の記述を読んだ。何もかも知りたかったし、当時の兵器についても学びたかった。当時のフランスでは、郵便は無料だったんだ。政府は郵便事業に40万人も雇って、ただ手紙の配達だけをさせていた。だから人々は、来る日も来る日もたくさんの手紙を送り続けていたんだ。前線の兵士から家族に宛てられた手紙は無尽蔵にあった。幾らでも読むことができた。こうした膨大な調査は、他の映画でもやって来たことだが、この作品では当時の農業生活について学ぶため歴史家のアドバイスも受けた。あの時代の物事について間違いを犯さないことは、とても重要だと思ったんだ。でも同時に、僕はこれを歴史映画にはしたくなかった。時代を再構築した映画としてではなく、観客がまさに本当にそこにいるかのように感じて欲しかったんだ。

 『ガーディアンズ』は、台詞よりも人々の顔や佇まい、風景によってより多くを語る作品である。

ボーヴォワ:田舎の人々はとても寡黙なんだ。だから撮影時から既に台詞は少なかった。ただここでフランソワ・トリュフォーの言葉を引用すると、撮影は脚本への批評であり、編集は撮影への批評である。その意味で、この映画の編集ではさらに膨大に台詞をカットしたんだ。ナタリー・バイは、僕があまりに台詞を切ってしまうんでちょっと脅えていたほどだよ。

 『ガーディアンズ』は、銃後で家族を守らなくてはならなかった女主人のオルタンス(ナタリー・バイ)と、家族に雇われて働きに来たフランシーヌ(アイリス・ブリー)という二人の女性の価値観の対立も大きな主題にしている。

ボーヴォワ:そうなんだ。だから僕は、ラストでフランシーヌのある場面を付け加えた。それは、それまでの彼女の暮らしからはかなりかけ離れたものだ。でも、僕たちはそういう人生を歩む彼女を想像してみることができると思ったんだ。オルタンスとフランシーヌは殆ど母と娘のような関係にある。でも同時に、彼女たちの間には誤解があって、最後には全く対立する価値観を抱いたライバルのような関係になってしまうんだ。

 ナタリー・バイとローラ・スメットという実の母娘の共演が見られるのも『ガーディアンズ』の魅力の一つである。そして、これまで監督兼脚本家として基本的にオリジナルストーリーを語ってきたボーヴォワだが、この作品ではエルネスト・ペロションによる同名の原作が下敷きとなっている。ペロションはフランスでも知名度が高くない小説家だ。

ボーヴォワ:原作は、プロデューサーのシルヴィー・ピアラ(モーリス・ピアラ未亡人)に紹介されたんだ。彼女の祖父はペロションの小説を全て揃えていた。そしてその後、彼女がモーリス・ピアラと出会ったとき、彼もまたペロションのファンで全ての小説を集めていた。ペロションはフランスでも知名度の高くない作家であるため、この偶然に驚いたシルヴィーは、そこからモーリスに惹かれていったらしいんだ。

インタビュー引用元と参照サイト
http://www.imdb.com/title/tt6213362/
http://www.versusproduction.be/films/les-gardiennes
http://2017.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=111
https://mubi.com/notebook/posts/fertile-soil-xavier-beauvois-discusses-the-guardians
http://www.cineuropa.org/it.aspx?t=interview&l=en&did=334277
TIFF 2017 Movie Review: LES GARDIENNES (THE GUARDIANS) (France/Switzerland 2017) ****

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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