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 現在開催中のヴェネチア国際映画祭のコンペティション外部門でフレデリック・ワイズマンの新作ドキュメンタリー、『In Jackson Heights』が上映された。本作はニューヨークのクイーンズにあるジャクソン・ハイツという地区が舞台となっており、ワイズマンは2014年の夏に8週間ほど滞在し、ジャクソン・ハイツに住む人々の生活の営みをいつものように、近すぎず、遠すぎない絶妙な位置からカメラを向ける。*(1)

 ジャクソン・ハイツは様々な移民やマイノリティのコミュニティに属す人たちが一箇所に集ったような街で、167ヶ国もの人が自分たちの国の言語を使いながら生活しており、ニューヨークでも有名な観光名所となっているようだ。ワイズマンがキックスターターの紹介ビデオでなぜジャクソン・ハイツのドキュメンタリーを撮ろうと思ったのか語っている。

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「私がジャクソン・ハイツのドキュメンタリーを撮ろうと思ったのは、そこに新しい移民のコミュニティが形成されており、まるで19世紀末のロウアー・イースト・サイドのニューヨークのようだったからです。(…)ジャクソン・ハイツでは167ヶ国語が話され、南米、中米、東アジア、例えばネパール、バングラデッシュ、パキスタン、インディア、チベットなど、様々な国の人が隣合わせでほどよい調和の中で生活しています。このコミュニティはアメリカ移民の新しい一面なのです。そしてわたしはこれらの人々の何気ない日常生活から、映画を作ることにとても魅了されたのです。」*(2)

 3時間10分という上映時間で描かれるのはジャクソン・ハイツという貧民街が少しずつ高級住宅化しているせいで、賃金が高くなり、住民たちは街を離れていくことを余儀なくされ、せっかく形成された幾つかのコミュニティがばらばらになってしまう現状を人々が各々の方法で改善しようとする姿が描かれている。

「値段が上がり、人々が去り、様々なコミュニティや友情が崩れていく。悲しい事実かもしれない。しかしワイズマンが見せているのは、一つの時代の終わりという以上に、それでも結局は民主主義ということに他ならないということなのだ。」*(3)

 英語をまともに喋れない者さえいる様々なコミュニティたちが、何とか互いを理解しようと、話し合い、コミュニケーションを取ろうと行動を起こしていく。白人や黒人、若者や老人、様々な言語や宗教の人々が自分たちの居場所を守ろうとする。

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「ワイズマンの近年の作品とは違い、この作品ではある施設のように一人ひとりが皆の関心を集める仕事をやるわけではなく、異なる思惑たちが一つの抽象的な観念に参加しているところにあり、そうした多様性はアメリカ国家の基盤ともなっている部分である。(とあるラテンアメリカ人が述べるように:「あなた達はリオ・グランデを渡るときに濡れたかもしれないが、他の人達はあなた達の前に大西洋で濡れているんだぞ!」)彼は多様性という概念を民族や地理的な定義を超えたところにまで広げている。」*(4)

 本作は、いかにジャクソン・ハイツがマルチカルチュラリズム的なユートピアであるという幻想めいたものを見せるわけではなく、こうした多様性に富んだ共同体が形成されていく中で、この地区が少しずつ解体され、一つの時代が終わり、新しい時代が始まっているという変動/現実を映し出しているらしい。*(5)

「私たちはフレデリック・ワイズマンの映画を正確には見に行くわけではない。その内装を歩きまわるために、中へと入っていくものだ。このドキュメンタリストのメソッドは洗練され、ほぼ50年ものあいだ何も変わってはいない。知られている建築物が開け放たれた家と結びつくかのように、そこにある部屋たちは各々の映画に世界の新しい窓を提示する。」*(4)

 3時間10分で世界の縮図を見事に描き切っているという本作は、1966年から常に第三者の立場から世界の現状を見届け、映し撮ってきた、今年で85歳になるフレデリック・ワイズマンでしか成し得なかったことだろう。

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参考資料、引用元:

予告編

http://blogs.indiewire.com/theplaylist/venice-4-clips-from-frederick-wisemans-new-documentary-in-jackson-heights-20150903 *(1)

キックスターターヴィデオ

http://www.lesinrocks.com/2015/09/05/cinema/le-film-de-xavier-giannoli-gache-la-premiere-journee-de-la-mostra-de-venise-11771990/ *(3)

http://www.critikat.com/panorama/festival/mostra-de-venise-2015/in-jackson-heights.html *(4)

http://next.liberation.fr/cinema/2015/09/05/wiseman-eloge-de-la-diversite_1376420 *(5)

楠大史 World News担当。慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士2年、アンスティチュ・フランセ日本のメディア・コンテンツ文化産業部門アシスタント、映画雑誌NOBODY編集部員。高校卒業までフランスで生まれ育ち、大学ではストローブ=ユイレ研究を行う。一見しっかりしていそうで、どこか抜けている。


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