8月も終わりに近づきつつあるが、今月半ばにバルカン半島ではサラエヴォ映画祭が開催された。21mustang affiche回目を迎える欧州南東の主要なこの映画イベントで、今年はトルコ人女性監督デニズ・ガムゼ・エルグヴァン(Deniz Gamze Ergüven)の『Mustang』がHeart of Sarajevo賞を受賞した。トルコの黒海の岸部にある小さな村に閉じ込められた5人の孤児の女の子たちのセクシュアリティの開花と、それに対する保守主義的な大人たちの否定的リアクションを描いた監督初の長編作品である。

エルグヴァン監督は作品に込めた思いをこう語る。「私がこの映画で語りたかったことは、今日トルコで女性であるというのはどういうことなのかということ。女性の声がちゃんと聞き届けられていないということは、トルコ社会でもずっと続いている問題でもある。」本作の中心となるエネルギッシュな少女たちの人物像を作るにあたって、監督がインタビューでジェームズ・ディーンに言及しているのが面白い。「私が強く望んでいたのは、主演の女の子たちを勇敢で、知的で、粘り強く、映画のなかであまり女性に与えられていない価値を持っているようなヒロインにすること。私は彼女たちをジェームズ・ディーンのようにとらえているの。反抗的でいて、でも美しく、若さの爽快さを兼ね備えている。この作品は批判的な語りだと思われるかもしれないけれど、何かポジティブな反応を生み出すことを期待している。」(*1)

トルコで生まれ、自由や個性を押しつぶしてしまう伝統的しきたりの厳格さや不寛容性を何度も目撃した彼女は、後にフランスに住みパリとアンカラを行き来していて、祖国に帰るごとに複雑な気持ちを募らせた。結果的にそのことが制作の出発点になったと言う。「トルコに戻ると、毎回きまって何か重いものを背負っているような気持ちがするの、物理的にね。まるでダイバーになったみたい。」(*2)タイトルになっている『Mustang』は、自動車ではなく北米の野性の馬を指している。「荒々しさや自由の象徴である馬は、5人のヒロインのアレゴリー」(*2)であり、また監督自身の姿あるいは彼女の理想の女性像なのかもしれない。

deniz gamze erugven

作中では、海で水遊びの最中に主人公の女の子たちが男の子らの肩に上り、肩車されるシーンがある。その事実を知って憤怒した祖母は、なぜ「男の子のうなじに股を擦る」ような非道徳的な真似をしたのか、と激しく咎める。イスタンブールから1000km離れた保守的なこの村(*3)では、人々はあらゆることに敏感になり、あらゆることが監視されている。現在のトルコにおける保守主義な態度にかんして監督は次のように述べている。

「私が語りたかったことのなかで重要なのは、女性の身体のセクシュアリゼーション(過剰な性的性格の付与)は続いているということ。それはベールだけではなくて、すべての仕草に、体のすべての断片に性的側面があると主張する態度で、しかもかなり早い段階から始まるということ。トルコの小学校では、男の子と女の子は授業に行くのに、もう一緒に階段を上ってはいけないと言う校長先生がいる。結局算数のクラスに行くのに階段を上るということはとても“いけないこと”になる。こんなことがとても若い時期から身体に性的意味を与えていくの。私たちの行為の99%は性的ではない。こうした視点抜きに身体を見つめることはできる。」(*2)

mustang girls in the car

 

現在の政権を握るエルドアン大統領は保守派で知られ、女性差別的発言が目立つ。実際に、ここ十年あたりのトルコでは女性が被害者となる犯罪が急増し、テレビ番組など公衆の面前で目立つような行いをする女性が誹謗中傷や脅迫の的となる事件は相次いでおり、状態は悪化するばかりだ。(*2) 政教分離を果たし、イスラム国家のなかでも屈指の世俗主義国家と謳われるトルコであるが、その裏側にはまだ多くの課題が残されている。伝統主義が依然として支配的な社会、そこに蔓延する大人たちの悪意、都市と地方の圧倒的格差、『Mustang』はこうして未だベールに覆われている現状の一部に世界の認識を促すだろう。

「これはトルコ社会との対立を促すような映画ではないの。映画なら共感や対話をもっと生むことができる。言葉では言い表せないことを語ることができる。お互いの眼、すなわち世界へのまなざしを交換することができる。それはとても強い力よ!」(*2)

本作は日本でもビターズ・エンドからの配給が決まっている(*4)ので、われわれが5人の『Mustang』の馬の毛並みのようになびく長い髪を目にする日もそう遠くないだろう。公開が待ち遠しい。

 

1) https://www.youtube.com/watch?v=biG7glZOnow

2) http://www.slate.fr/story/101849/deniz-gamze-ergueven-mustang-turquie

3) https://www.youtube.com/watch?v=n0EnAFDekqc

4) http://www.imdb.com/title/tt3966404/companycredits

 

保坂瞳
上智大学外国語学部フランス語学科所属。都内のとある映画館スタッフ。ときに宗教学。『ドリーマーズ』のような生活を夢見てパリに行くが、どこまで成就したのかは分からない。好きなものは抽象名詞。


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