作品の舞台は名前のない英国の海辺の町。ある悲惨な出来事をきっかけに、看護師のモードはカトリックの敬虔な信者となった。モードは死に臨む患者の魂を救うことこそ、神が自分に与えた使命であると確信し、それまで務めていた病院を退職してホスピスで働く。そんなある日、モードはアマンダという患者の緩和ケアを担当することになる。アマンダはダンサーとして華々しく活躍していたが、末期がんの宣告を受け、ホスピスに入所した。モードは気難しい性格のアマンダに対しても献身的だったが、ほどなくして、モードの信仰は徐々に狂信へと転じていくー。
ホラー映画としてのジャンルで評価を得ている本作であるが、監督にとってこの作品はホラーというジャンルから出発したのではなかったという。宗教や観念といった人の信仰を巡る物語である以上、それを理解するのは容易いことなのかもしれない。とするならば、監督はどのようにしてこの物語を描くことに至ったのだろうか。
ローズ監督は、いくつかの自主短編映画を制作したのちに国立映画テレビ学校に入学した。『Saint Maud』は、卒業したばかりのころのアイデアに基づいており、それは若い女性と彼女の頭のなかにある声のふたつについてを描く作品だったのだという。宗教慣習や、BDSMからの影響も受けていると語っていたことが注目されているが、そこからインスピレーションを受けるに至った原動となる理由について、監督はいくつかのインタビューで、人と世界の関係について多く言及している。
「私はいつも、私たちそれぞれの自分自身の頭の中に広がる私的宇宙や、私たちが自分自身を世界に表しているものと、世界が私たち自身をどのように見るかといった世界の見方にはときおり根本的に異なることがあるというその違いや隔たりについて、興味を持っていました。 私たちはみな同じ世界で生きています。しかし私たちは、こういった(内側から見るものと世界から見られるものの差異があるといった)奇妙な構造にとらわれているのであり、とても主観的にそれぞれの現実を体感しているだけなのです。」(*1)
監督は、人のすこし奇妙で不気味ともとれる精神について興味があるゆえにホラー的な要素が濃くなるのも自然だったのかもしれないともこぼしながらも(*)、それほどまでに濃度の濃ゆいサイコホラーとして完成された作品に至った理由について、監督はローズがなぜその(不気味な)行動に出たのかを人々に理解してもらいたかったのだと語っている。(*2)
「私は、人のときに極端ともいえる行動や、それ自体は説明できるものではないとされてしまっていることについて、関心があるのだと思います。人が「ただ」狂っているとされてしまうことは、私にとって全く納得できるものではありません。現実との接点を失ってしまったり、間違った状況下で自分自身や他の人に危険をもたらす可能性は人みなにあると思います。……モードが行き着く最後は、避けることができない必然でもなく、一夜にして起こる偶然でもないのです。」(*3)
「私は宗教的コミュニティに引き込まれていく若い女の話をすることに興味があったわけではありません。キリスト教徒としてのアイデンティティやその要素はありますが、彼女は自分自身のなかである種の「信仰」を作り上げました。セルフケアやまたこの世界を理解することには、信仰がすることと同じなのです。」(*4)
孤独や怒り、そして大きな悲劇に陥る可能性は誰しもに平等にあることは、なにかに取り憑かれたように信じる行為に出てしまう危うさの種をみなが秘めていることと同義である。ローズはそれが過剰な信仰に現れたのであった。
宗教的慣習を舞台とし、人の信仰が過剰にはたらいた時のその果て、また人と世界の間に横たわる理解の溝に迫った本作。今年2/12からはアメリカのケーブル局Epixで放送予定とされているが、日本での公開は未だ決まっていない。本作の日本での公開を期待しつつ、また次回作の脚本も書き進める中で体と脳の関係について探求していきたいと語っている監督の今後の動向に注目していきたい。
引用、参照元
1: https://themuse.jezebel.com/director-rose-glass-on-her-twisted-horror-film-saint-ma-1846172646
2: https://www.google.com/amp/s/www.syfy.com/syfywire/saint-maud-rose-glass-horror-movie-a24%3Famp
3: https://www.curzonblog.com/all-posts/2020/10/8/rose-glass-saint-maud-kelly-powell-interview
4: https://bloody-disgusting.com/interviews/3649369/rose-glass-horror-influences-saint-maud-cockroach-muse-interview/
三浦珠青
World News担当。早稲田大学文化構想学部卒。現在広告制作会社で働きながら人生修行中。フランス映画と女性作家、心の機敏にまなざしを向けた作品全般が好き。今年の目標は「生き延びる」ではなく「生きる」こと。
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