新型コロナウイルスのパンデミックにより、5月に入っても多くの都市でロックダウンが続き、映画業界も映画館の封鎖や新作映画の公開延期、製作中断など停滞状況にあります。その状況を踏まえ、映画やエンタメ関連の媒体のなかには、映画監督や俳優たちにこの状況下でどのような生活を送っているのか、この時代をどう見ているかを聞いた記事を掲載しているメディアも。今回はそうした記事のなかから私が気になったものをいくつかまとめてご紹介します。
エンタメサイトVulture.comでは、世界各国で隔離生活を送る映画作家にインタビューする「The View from Home」というシリーズを連載中。4月末までの時点で、クレール・ドゥニ(フランス)、コラリー・ファルジャ(同)、リューベン・オストルンド(スウェーデン)、メヘルダード・オスコウイ(イラン)、ティムール・ベクマンベトフ(カザフスタン)、マウゴシュカ・シュモフスカ(ポーランド)、クレベール・メンドンサ(ブラジル)、デヴィッド・リンチ(米国)、エドガー・ライト(英国)、ルカ・グァダニーノ(イタリア)などが登場しています。
4月29日には、スイスの映画祭Vision du Réelの企画で、パリの自宅からオンラインでマスタークラスを行った[*1]というクレール・ドゥニは、パリが封鎖された3月17日の時点では米国ロサンゼルスに滞在していたといいます。「私はロスでザ・ウィークエンドの映画の撮影準備をしていました。そこにエールフランスから電話がかかってきて、最終便で家に帰ったほうがいいと言われ、3月20日にパリに戻ったんです。ザ・ウィークエンドの作品は4月に撮影する予定でしたが、そのプロジェクトが現時点でどうなっているかはわかりません。でもロケハンなど撮影準備は完了していたので、できるだけ早く彼が住むロスに戻って撮影を始めたいと思っています」[*2]。さらに今秋に中米で撮影予定だったロバート・パティンソンとマーガレット・クアリーらが出演する次回作『The Star at Noon』もすでに撮影延期が決定しており、ドゥニはいま午前中の時間をその脚本の執筆や改稿に当てているそう。
「夜には時々映画も見ます。昨夜はマイケル・マンの『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』を観ました。(中略)小津安二郎の映画をいろいろ観るつもりでいたのですが、2~3本観た後で今の状況下で自分と非常に強い関係を持つ映画を観直すのは難しいことに気づいたのです。時に古い映画、時に新しい映画と、ひとつのタイプに偏らないように、Apple TVでも何作か観ました。自分にとって重要な作品のひとつであるマイケル・パウエルの『The Edge of the World』を観ましたし、ゴードン・パークスの『黒いジャガー』、マルグリット・デュラスの映画も2本観ました。それから大島渚と『復讐するは我にあり』などの今村昌平作品。先週は今村の映画を6~7本観たと思います。まるで今村祭りですね!」[*4]。
ロンドンに住むエドガー・ライトは、自分が住んでいる都市の中心部が「本当に死んでしまった」[*3]と表現し、生活必需品を買いに行くときか短い散歩でしか外出しない生活を送っていることを報告しています。ロンドンの食料品店では卵とパン、そしてとくに野菜が不足しているとのこと。「英国ではボリス・ジョンソンがシャットダウンに対してかなり憶病なアプローチをとりました。国民の半分は事態を深刻に捉えているけれど、もう半分はほとんど祝日のように考えているようです」[*3]。そして2004年に監督したゾンビ映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』のある場面が、現在インターネットミームとして出回っていることに触れ、警鐘を鳴らしています。
「『ショーン・オブ・ザ・デッド』ではサイモン(ペッグ)がこう言います。“ウィンチェスター(※パブの店名)に隠れよう。冷えたビールを飲んで、事態が収束するのを待とう”。このミームが毎日のように僕のもとにも届いています。結局、サイモンとニック(フロスト)が基本的にその台詞に反論する内容のビデオを投稿しました。なぜならボリス・ジョンソンが飲食店などの休業を命じた3月20日まで、人々はパブに通っていたからです。英国には何かと第二次世界大戦を引き合いに出す人たちがいます。“ロンドン大空襲のときもウインドミル劇場は閉まらなかった。そして僕たちはパブに通っていた”ってね。そんな言い分には“でもこれはロンドン大空襲じゃないんだ。コロナウイルスは上空から砲撃してくるのではなく、僕たち自身が互いにうつしあうんだ。敵は僕ら自身だ”と言い返したい。だからサイモンとニックはパブになんか行っちゃだめだというビデオを作ったんです」[*3]。
さらにライトは『ショーン・オブ・ザ・デッド』のラストシーンの脚本を書こうとしていた日に9.11が起こったことを回想し、このように続けます。「9.11の後、“こんなときにコメディにどんな意味があるのか?愉快な気分には二度となれない”といった感覚が広まっていました。僕たちも世界の終わりに関する映画なんて誰も見たくないのではないかと思い、あの企画を中止すべきかどうか考えました。しかし奇妙なことに、この映画がより緊急なものであるように思えてきたのです。だからこうした現状がある一方で、これから僕らがどんな物語が作るようになるのかにも興味があります。それは現実に起こっていること以上のことを、現代の観客がこれまではできなかった方法で理解できるような物語が生まれるのではないでしょうか」[*3]。
イタリアのロックダウンが開始された直後(3月中旬)にインタビューに応じたルカ・グァダニーノは、「まるでスローモーション」[*4]状態にあるミラノの自宅での隔離生活を報告し、その後同じような状況下に置かれることになるアメリカの医療制度について言及していました。「極端な措置に混乱させられないためには多くの努力が必要になります。人々が混乱することなく何とか自分たちの仕事を続けていることは感動的です。おそらくイタリアでは誰もがこのロックダウンのもとに置かれており、それぞれの体験を共有できることで、孤独感が軽減されている部分があるのではないでしょうか。そして同じ状況を世界中の誰もが辿ることになるでしょう。ニューヨークに住む友人から映画館や店が閉鎖されつつあるというメールを受け取ったところでした。個人的な意見としては、今の世界は『地球に落ちて来た男』のような未来的なディストピアのように見えますね。『地球最後の男 オメガマン』やジョン・カーペンターによる傑作『マウス・オブ・マッドネス』の結末にも少し似ているように思います」[*4]。
「ジョー・バイデンがバーニー・サンダースとの討論において、アメリカにおいては基本的に国民健康保険制度は成り立たないと主張し、イタリアでそれがどれだけ機能していないかを指摘していました。このようなひどい間違いを主張する人物が大統領候補になることを残念に思います。イタリアでは国民健康システムのおかげで救われる命があり、現状への対処がなされています。私たちは無視されることなく検査を受けることができます。そして保険に入る余裕がない人も無料で入院することができます。過去25年の世界的なリベラリズムにおける深刻な問題のひとつが、国民の健康という非常に重要なサービスの民営化に自由な手綱を与えたことだと思います。アメリカにとって深刻な問題を予見したくありませんが、特に富によって保護されていない人々は厳しい状況に直面し、彼らに対する政府の対応も最小限にものに留まるはずです。おそらくこれで彼らも目を覚ますでしょう」[*4]。
ハリウッドにある自身のスタジオに篭っているデヴィッド・リンチはVulture.comに加え、The Hollywood Reporterの取材にも応じています。「家にいるのが好き」で「孤独を愛している」[*5]ため現在の生活がまったく苦にならないというリンチは、小さなランプを制作中で、その後はスタジオで絵画を描く生活に入るつもりだといいます。「異なる種類のランプを思い描いて、それを具現化するために道具や材料を用意する作業はとても楽しい。私は樹脂を扱うことも、木材を扱うことも、電気を使うことも好きだ。つまりランプはこの3つを美しい形で取り入れたものだ」[*6]。
そしてリンチは毎日朝と夕方に20分ずつ超越瞑想を行っているそう。「我々はそれぞれ内面世界を持っている。もしそれが恐怖や緊張や不安に満ちている場合、もしそうしたネガティブな要素を取り除いてゴールドを取り込みたいのであれば、超越瞑想のテクニックを身に着けるべきだ。それによって知性、創造性、平和、愛、活力、幸福といった全ての人間の内にある宝のなかに飛び込み、超越し、体験することができる」[*5]。「コロナウイルスが蔓延している現在でも、先生にどのように学ぶべきか相談すれば4日間のレッスンでその技術を習得できるはずだよ。夫婦と子供が揃って家族全員でそれを学んで瞑想をするには良い機会だ。私の子供たちも6歳のころからやっているが、ストレスを溜めることなく、満足のいく暮らしを送っているようだ。人間関係においても美しい働きを及ぼす。幸せな人は人に意地悪をすることを望まず、助けたいと願うものだ」[*6]。
「我々はずっと奇妙な映画のなかで生きてきた。今、世界全体が停止し、その裏側では何が起こっているのか誰もわかっていない。我々の誰もがこのような経験をしたことがない。未知のものに対する恐れや不安を持つ人々が多いが、これをじっくり考える機会としてとらえる人もいる。昨日の狂気がより知性と思いやりを持った何かに取って代わるかもしれないと考えれば、大いに希望はある。考える時間はたくさんある」[*6]。
リンチが取材に応じたThe Hollywood Reporterの「How I’m Living Now」というインタビュー企画では、映画監督だけでなく俳優やプロデューサー、テレビ司会者などエンタメ業界の様々な顔ぶれがZoomや電話で質問に答え、自身の現在の生活や取り組みについて明かしています。
たとえば、俳優のジェシー・アイゼンバーグは自身の長編初監督作となる『When You Finish Saving the World』をプロデューサーのエマ・ストーン、デイヴ・マッカリーとともに、出資者やスタジオに売り込む仕事をテレワークで行っていることを明かしています。さらに仕事をしていない時は、妻のアンナ・ストラウトとともに地元のインディアナ州にあるDVシェルターでボランティアをしているそうです。
「そのシェルターは義母が35年間運営していて、僕ら夫婦も深く関わっているんだ。いま家庭内暴力が非常に深刻な問題となっている。人々が共に孤立し、家庭内暴力が起きやすくなっているからね。助けを求めて直接シェルターに行くことが難しくなっているために、シェルターの電話回線がパンクしてしまうという悲劇的なパラドックスも生じている。妻と僕はそこで地元企業からの寄付を取りまとめている。たとえば友人が経営しているパン屋からシェルターに食べ物を寄付してもらったりとか。それから400株のシダ植物を購入して街の温室効果を支援することで、シェルターの寄付金を集めるという珍しいコミュニティプログラムも実践している」「シェルターに来た最初の日に、妻と僕は最近友人になったエイミー・シューマーからメールを受け取った。それはこのシェルターに5万ドルを寄付したいという申し出だった。彼女がDV問題に積極的に取り組んでいることは知っていたけど、その申し出は思いがけないものだった。僕たちは彼女とも歩調を合わせながら、DVに悩む人々に地元のシェルターを探すように促すキャンペーンも構築していきたいと思っている」[*7]。
また、昨年から「Fire Drill Fridays(金曜日の防火訓練)」と名付けた、迅速な気候変動対策を求める抗議運動を行っている女優のジェーン・フォンダは、「COVID-19は気候変動の危機に瀕する私たちが行う必要があることに強く関わっている」[*8]と主張しています。「北極の氷床はどんどん溶け、森林破壊のせいでより多くの昆虫や動物が森から出てきて、冬はより短くなり春はより早く訪れるようになり、あらゆることが乱れてきている。病気を運ぶ生物はこれまで以上に人間と接触するようになるでしょう。SARS、MERS、エボラ熱、エイズ、そして新型コロナウイルスはすべて気候変動に関連しているのよ。そして私たちには残された時間がほとんどないのだから、このパンデミックに対処しながら、他のパンデミックや気候危機にも同時に対策をとることが望ましいんです」[*8]。
さらに彼女は街頭でデモや集会ができないなかで自分たちの声を届ける方法についても語っています。「私たちが選挙で選んだ議員に電話をかけるのよ。電話をする相手は必ずしも私たちの代表者である必要はないけれど、上院議員や下院議員に気候変動の危機に目を向け、その救済案を成立させるように要求することは、看護師や医師や医療設備にとってもより良いことになるはずよ。電話やメールを受けること、特に電話で意見を受け取ることは、選出された議員にとって非常に重要なことなの。自分の意見を彼らに知らせ、もしあなたの意見や活動に耳を傾けないのであれば、彼らを支持しないことをはっきり伝えましょう」[*8]。
自分のインスタグラムを通じて自宅待機を呼び掛ける「#IStayHomeFor」(自分は誰のために家にいるかを表明した動画に、6人の友達をタグ付けして投稿する)SNSキャンペーンを主導した俳優のケヴィン・ベーコンはその試みについて詳しく解説しています。
「ケヴィン・ベーコン・ゲーム(※全ての人や事物は6ステップ以内で繋がっているという仮説に基づき、ベーコンを起点に映画俳優の共演関係を計測するゲーム)を関連させたのはすんなりフィットするからだった。それが決してケヴィン・ベーコン自身には関係ないという意味でもね。うまくいけばこれは二重の意味で重要なアイデアになると考え始めた。まず、僕らは全員この地球上にいる――それを好むかどうかに関わらず、同じボートに乗っているということは間違いないだろう? イデオロギーに基づいて壁を作ったり、人々を分離しても結局のところ機能しない。なぜなら世界の片方で起こっていることはもう片方にも必ず影響するからだ。ウイルスがその極度に恐ろしい例だよ。今みんなが知っている誰かは、また別の誰かを知っていて、その人もまた別の誰かを知っているという接続性を通して拡散していく。そして僕にとってもう一つ要素としてあったのが、僕らが繋がりに飢えているということだね。でもこれを自分の手柄にするつもりもないし、僕がある朝目覚めてふとハッシュタグを思いついたわけでもない。たくさんの善良で賢い人たちとともに取り組んだことだ。僕らは家にいることの意味を探し当てた一方で、医療従事者や救急隊・消防隊・警察官など家にいることができない人が大勢いることも認識している。僕は9.11のときニューヨークにいて、“どうしたらいい?何ができる?”という焦燥感にかられた。多くの人はまず本能的に何が助けになるかを探そうとするものだ。奇妙なことに今回の事態においてはその最善の方法が家にいることなのさ」[*9]。
ケヴィン・ベーコンに限らず多くの俳優や映画関係者がSNSを通してファンに呼びかけたり、自宅での様子を公開しています。また娘のミュージックビデオを自宅で撮影したイーサン・ホーク[*10]のように、隔離生活中に制作した映像や絵画などの作品を発表している人もいます。
ジャ・ジャンクーは新型コロナウイルスのパンデミックをテーマにした短編映画を発表しました。テッサロニキ国際映画祭からの依頼を受けて撮られたというその『Visit(来訪)』という作品について、ジャ・ジャンクー自身が解説した文章を引いてこの記事を閉めたいと思います。
「『Visit』は監禁状態のなか、携帯電話を使って撮影した作品です。たった3分ほどの、パンデミック時における些細な物語です。カメラのフレームを通して改めて世界を見たとき、私は立ち上がって歩くことを学び始めたばかりの赤ん坊のような気持ちになりました。それは困難で同時に刺激的な体験でした。私たちはこのパンデミックに立ち向かえると、これまで経験してきた試練の時ためにも、正直に勇気を持って世界と向き合って歩き続けていくのだと考えさせられました。私たちが早く映画館に戻れる日が来ることを、肩と肩を並べて共にその椅子に身を沈められる日が来ることを願っています。それは人類の最も美しい身振りです」[*11]。
*1
https://variety.com/2020/film/festivals/claire-denis-turns-introspective-online-masterclass-1234595255/
*2
https://www.vulture.com/2020/04/claire-deniss-quarantine-diary-hummus-and-new-scripts.html
*3
https://www.vulture.com/2020/03/for-edgar-wright-every-day-is-a-zombie-fantasy-now.html
*4
https://www.vulture.com/2020/03/what-luca-guadagnino-is-reading-thinking-about-in-lockdown.html
*5
https://www.hollywoodreporter.com/news/how-im-living-now-david-lynch-director-1290834
*6
https://www.vulture.com/2020/04/david-lynch-is-making-tiny-lamps-in-quarantine.html
*7
https://www.hollywoodreporter.com/news/how-im-living-now-jesse-eisenberg-actor-director-1291029
*8
https://www.hollywoodreporter.com/news/how-im-living-now-jane-fonda-1287810
*9
https://www.hollywoodreporter.com/news/how-im-living-now-city-a-hill-star-kevin-bacon-1287252
*10
https://www.indiewire.com/2020/04/ethan-hawke-directs-music-video-maya-1202227936/
*11
https://filmkrant.nl/opinie/a-letter-from-jia-zhang-ke/
黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。
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