今年のカンヌ国際映画祭で100人以上の途中退出者を出したというラース・フォン・トリアー最新作『The House That Jack Built』。マット・ディロン演ずる主人公の連続殺人鬼による殺人の描写の残酷さ、中でも子供を射殺するシーンに対する反感が高く、映画祭の上映では多数の途中退出者を出した。同時に、上映終了後にスタンディンオベーションも起きたという、賛否両論の問題作である。なお、本作の共演者であるユマ・サーマンとライリー・キーオは、スケジュールを理由に映画祭を欠席している。[1]

カンヌ上映時の批評家の評価は、概して厳しいものが多い。例を挙げるなら、「恐れていた通り、あらゆる点で、うんざりするような陰惨さに耐えねばならなかった」(Peter Bradshaw氏/The Guardian)、「やりすぎではないか」(Robbie Collin氏/The Telegraph)、「救い難いほど不愉快」(Jessica Kiang氏/The Playlist)等。[2]

12月14日のR指定版の公開に先駆け、アメリカ国内の100を超える劇場で、一夜限定でディレクターズカット版が公開された。このディレクターズカット版の劇場公開にあたっては、MPAA(アメリカ映画協会)の認可を受けておらず、MPAAはThe Hollywood Reporterに対し、「ルール違反は、保護者たちの信頼を損ねるものであり、レーティングシステムの基盤を揺るがすものであり、認可の強制施行につながりかねない」とコメントしている。[3]

通常、ディレクターズカット版は、一般公開後に公開されることが多い。クリスマス公開を目指すスタジオからの圧力により、「完成にはほど遠かった作業中の作品」と監督本人が語り、後に追加撮影されたシーンを含む特別版が公開された、スティーブン・スピルバーグ監督作『未知との遭遇』以降、未公開シーンを含むディレクターズカット版が公開されることが増えた。背景には、過去作品から少しでも利益を出していきたいというスタジオの思惑もあり、『エクソシスト』、『地獄の黙示録』、『ニュー・シネマ・パラダイス』等、多くの作品が一般公開終了後に、特別版を公開することになる。しかし時に、1982年の初公開時には不振だったものの、1992年のディレクターズカット版、そして2007年のファイナルカット版を経て、正当な評価を得るに至った『ブレードランナー』のような作品があることも事実だ。[4]

監督本人からの内容に関する警告と「グッドラック」というメッセージ映像付きで公開された、アメリカでの限定上映での評判は、事前の数々の酷評に反して、概ね良好のようだ。主人公の連続殺人鬼を演じたディロンは語る。「これは単なる連続殺人鬼についての話ではないんだ」「一人の挫折したアーティストを描いた寓話だ。クリエイティブな人間になるために必要な共感が、彼には欠けている。それ故に彼は挫折したアーティストなのだと思う」[5]

ナチスへの共感を語り、遠ざけられていたカンヌ国際映画祭で、数年ぶりに上映された最新作で多数の退出者を出し、酷評を受けながらも、レーティング無視のディレクターズカット版上映での一般客の評判は悪くはない、ラース・フォン・トリアー監督の間違いなく問題作である本作。日本公開は未定のようだが、今後の展開が(良くも悪くも)期待される。

[1]https://variety.com/2018/film/news/lars-von-triers-the-house-that-jack-built-causes-walkouts-and-outrage-at-cannes-1202810582/
[2]https://www.theguardian.com/film/2018/may/15/vomitive-pathetic-lars-von-trier-film-prompts-mass-walkouts-at-cannes
[3]https://www.hollywoodreporter.com/news/house-jack-built-screening-violates-mpaa-ratings-rules-1164651
[4]https://www.nytimes.com/2018/11/27/movies/lars-von-trier-directors-cut.html#click=https://t.co/9qqNb6GnnF
[5]https://theplaylist.net/house-jack-built-self-loathing-critique-20181130/?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

佐藤更紗
国際基督教大学卒。映像業界を経て、現在はIT業界勤務。目下の目標は、「映画を観に外へ出る」。


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