今回のWorld Newsは英仏語圏の、映画に関する新刊を6冊紹介したい。

 まずはRoutledgeから①『二重思考に抗する映画:世界史の失われた諸過去との倫理的遭遇』(2018/10/3)である。著者のDavid Martin-Jonesisはグラスゴー大学のフィルムスタディーズの教授であり、「Cinema Journal」や「Screen」などでも活躍している。”二重思考”とはジョージ・オーウェル『1984年』(#1)に登場する単語であり、相反する2つの意見を、その矛盾にもかかわらず共に受け入れるものであり、それはまさに現在”ポストトゥルース”時代に生きる我々の歴史という分野において蔓延る傾向だと著者はいう。すなわち歴史とは物語、それも勝者による”公式の物語”であると誰もが知っているにもかかわらず、我々は実際にどんな過去が起こってきたかを知らずに記録されたものを歴史だと見なし受け入れている。そこで著者はドゥルーズの”時間イメージ”やEnrique Dusselの”transmodern ethics”等の概念を用いつつ、映画の世界が巨大な過去のアーカイブとして、また過去の記憶の潜在的地層として機能する場面を、近年の映画を対象として示している。(#2)

 続いてはエディンバラ大学出版より②『ブレヒト的映画理論と映画を再考する』(2018/10)である。著者のAngelos Koutsourakisはリーズ大学ワールドシネマ・デジタルカルチャーセンターにて、ワールドシネマに関して研究員をしている。HPの紹介によると本書はブレヒトの著作を、古典的ないしコンテンポラリーな映画理論や、ドイツにおけるメディア理論と接続させる初のまとまった研究であるという。実際第一部の「ブレヒト的映画理論」では弁証法、ゲストゥスなどのブレヒトの概念が、エイゼンシュテイン、ドゥルーズ、バザン、リュカス、バーチ、ランシエール等の映画理論に絡めて語られている。そして第二部の「ブレヒト的映画」ではブレヒト的な観点から映画史の見直しが図られ、具体的な作品分析を通じてエッセー映画や残酷映画について論じている。(#3)

 続いてはウェイン州立大学出版より③『1968年とグローバルシネマ』(2018/10/17)という論集である。編者のChristina Gerhardtはハワイ大学で映画とGermanの准教授を、Sara Saljoughiはトロント大学でEnglishとシネマスタディーズの准教授をしている。本論集は1968年に関する映画を国境を越えて対話させようとする研究が近年まで驚くほど欠けていたという問題意識に始まり、2部に分けて従来よく知られてきた映画や映画作家、運動の読み直しと、あまり知られていなかったそれらの紹介を目指している。例えば第1部「長い60年代:映画的ニューウェーヴ」ではネオレアリズモやヌーヴェルヴァーグの影響と共に、いわゆる途上国(Global South)の映画の影響の重要性を説いており、続く第2部「アフターショック」では1968年の余波を再考しつつ、中国の文化大革命やスペインの労働者映画を紹介している。(#4)

 また同様に60~70年代の政治的映画文化を扱ったのが、ミネソタ大学出版より④『耐え忍ぶイメージ:ニューレフトシネマの展望(Future History)』(2018/10/16)であり、著者のMorgan Adamsonはマカレスター大学のメディア・カルチュラルスタディーズの准教授である。本書は特に、アルゼンチンの第三映画、イタリアのフェミニズム映画、アメリカのニュースリール運動、初期ビデオのサイバネティクスを扱っている。(#5)

 続いてインディアナ大学出版より⑤『初期映画における実身体性(Corporeality):内臓、肌、身体形式』(2018/11/1)という論集である。4人の編者の内、Marina Dahlquist、Doron Galili、Jan Olssonはストックホルム大学シネマスタディーズのそれぞれ准教授、研究員、教授で、Valentine Robertはローザンヌ大学の講師である。本論集は初期映画文化やスクリーンが具現化される固有な仕方を意識させ、特にスクリーン上あるいはオフで、決して抽象的な観客や統計的なオーディエンスではなく、肉体や神経から構成されるような身体についての30にもわたる論文を提供している。例えば興奮から嫌悪、同一化から分離というような観客の反応は、観客が映画経験から何を得、何を持ち帰ったのかについて理解する手段を与えてくれるが、本論集はその母体としての初期映画を対象に考察している。(#6)

 最後に仏語圏から、ストラスブール大学出版より⑥『シネマの不能:小津作品の研究』(2018/10/23)である。著者のSuzanne Bethはおそらく現在モントリオール大学映画研究のポスドクであり、本書は彼女の博士論文を基にしていると考えられる(#7)。主に『生れてはみたけれど』『一人息子』『長屋紳士録』『麦秋』『東京物語』を対象に分析しており、やはり家族の主題に目を向ける。そして彼の映画における思考の深さは、家族というコミュニティーの不安定さの撮影において現れており、というのも映画という表現手段もまた同様の不安定さ・ポテンシャルを秘めているからだという。そのような小津の集団的生への関心は彼の作品における倫理的側面を浮かび上がらせ、それが本書のタイトルである「シネマの不能」につながるようである。(#8)


https://www.amazon.com/Cinema-Against-Doublethink-Encounters-Remapping-ebook/dp/B07H4VC2ZF/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1538502393&sr=1-2&keywords=cinema&refinements=p_n_publication_date%3A1250228011
#1
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%80%E4%B9%9D%E5%85%AB%E5%9B%9B%E5%B9%B4-%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%89%88-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AFepi%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB/dp/4151200533
#2
https://www.routledge.com/Cinema-Against-Doublethink-Ethical-Encounters-with-the-Lost-Pasts-of-World/Martin-Jones/p/book/9781138907959

https://www.amazon.com/Rethinking-Brechtian-Film-Theory-Cinema/dp/1474418902/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1538502164&sr=8-1&keywords=rethinking+brechtian
#3
https://edinburghuniversitypress.com/book-rethinking-brechtian-film-theory-and-cinema.html

https://www.amazon.com/Global-Cinema-Contemporary-Approaches-Media/dp/0814342930/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1538502393&sr=1-3&keywords=cinema&refinements=p_n_publication_date%3A1250228011
#4
https://www.wsupress.wayne.edu/books/detail/1968-and-global-cinema

https://www.amazon.com/Enduring-Images-Future-History-Cinema/dp/1517903092/ref=sr_1_21?s=books&ie=UTF8&qid=1538502476&sr=1-21&keywords=cinema&refinements=p_n_publication_date%3A1250228011
#5
https://www.upress.umn.edu/book-division/books/enduring-images

https://www.amazon.com/Corporeality-Early-Cinema-Viscera-Physical/dp/0253033659/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1538502290&sr=8-1&keywords=corporeality+early+cinema
#6
http://www.iupress.indiana.edu/product_info.php?products_id=809420

https://www.amazon.fr/Limpuissance-cin%C3%A9ma-%C3%A9tude-films-dOzu/dp/2868209971/ref=sr_1_10?s=books&ie=UTF8&qid=1538502768&sr=1-10&keywords=cinema&refinements=p_n_publication_date%3A183198031
#7
https://histart.umontreal.ca/recherche/portraits-etudiants/suzanne-beth/
#8
http://pus.unistra.fr/fr/livre/?GCOI=28682100745780

嵐大樹
World News担当。東京大学文学部言語文化学科フランス文学専修4年。好きな映画はロメール、ユスターシュ、最近だと濱口竜介など。


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