[687]クレール・ドゥニ新作『ハイ・ライフ』


 「映画作家の映画作家」とも呼ばれ、近年ではバリー・ジェンキンスやグレタ・ガーウィグら新しい世代の映画監督たちからも熱烈な賞賛を受けるフランスの映画作家クレール・ドゥニが『レット・ザ・サンシャイン・イン』(日本では2017年の東京国際映画祭などで上映されている)に続く最新作『ハイ・ライフ』を撮った。これは、ドゥニが数年かけて準備してきた念願の企画であり、彼女にとって初のSF映画、初の英語作品、そして彼女にしては桁違いの予算がかけられた大作になる。ロバート・パティンソンやジュリエット・ビノシュ、アンドレ・ベンジャミン(アンドレ・3000)、ミア・ゴスといった国際的スターが出演し、2018年9月にトロント国際映画祭で世界初上映された。(#01)

 クレール・ドゥニは、1948年にパリで生まれた。少女時代をアフリカで過ごした後、フランスに帰国。映画の道を志し、ジャック・リヴェットやジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダースらの助監督をつとめた。長編映画監督としてデビューしたのは、1988年の『ショコラ』。その後、『パリ、18区、夜。』(94)『ネネットとボニ』(96)『ガーゴイル』(2001)といった作品で世界的に賞賛され、これらは日本でもロードショウ公開されている。日本ではその後公開作が途絶えたが、アンスティチュ・フランセなどで上映されているほか、2015年以降、新文芸坐シネマテークで3回に渡って6本の作品(上記作品に加え『35杯のラムショット』『死んだってへっちゃらさ』など)が上映された際には多くの観客を集め、映画ファンの間で変わらぬその人気ぶりを伺わせた。

 SF映画として作られた『ハイ・ライフ』は、しかし紛れもないドゥニ作品であり、ジャンルの規則に従うよりもスタンリー・キューブリックやアンドレイ・タルコフスキーらとの近似性を示した独創的な作品だとのこと。海外では、いち早くこの作品を鑑賞した映画批評家たちによるレビューが既に数多く登場し、きわめて高く評価されているようだ。この作品は、「ドゥニのこれまでの作品からの大いなる飛躍であると同時に、自らの主題への誠実な回帰でもある。『ハイ・ライフ』はある種のメタフォリカルな植民地問題を扱っており、それは男女関係の間にある内なる暴力や、とりわけ女性のねじ曲がった欲望の形で現れている」(#02)とも評されている。ここでは、深刻なネタバレを避けつつ、来たるべき日本上映に備え、ドゥニ自身のインタビューから幾つかの言葉を紹介したい。(#03、#04、#05)

出発点
「奇妙なことに、この映画の製作には全く困難がなかったの。7、8年前にイギリス人のプロデューサー、オリヴィエ・ダンジーがやってきて、私の映画を作りたいと言ってきた。彼は「ファム・ファタル」という企画を考えていて、それを私がどう思うかと尋ねたの。一緒に映画を作りたいと言われるのは嬉しいことなので、私はこう答えたわ。「ねえ、私にとって「ファム・ファタル」という言葉から思いつくのは、その言葉の本当の意味だけなの。つまり、「最後の女」ってことよ。(「ファム・ファタル」は「運命の女」とも訳され、典型的には主人公を誘惑する女性キャラクターが出演する映画ジャンルの一つとして知られている。)それはたぶん、こういう話になるはず。男が宇宙船の中にいる。他の人間は全員死に絶え、彼は女の子の赤ん坊と二人でそこに残されたの。そして宇宙船は太陽系から既に遠く離れており、地球に戻ることが出来ない」。これが物語のスタートになったわ。彼は全く予想外の答えに驚いたようだったけど、私がやりたいのならそれを是非やろうと言ってくれたの。」

ロバート・パティンソン
「SF映画を撮るのだから、アクション映画俳優を使うべきだと誰もが考えていた。でも私はまったく逆のことを考えていたの。そのとき、ロバートが私と是非会いたいと言ってきた。私にとって、彼は若い人気スターで、この映画の主人公として私が考えていた人物とは真逆だった。私は40台の疲れた顔をした俳優を考えていたのよ。だから、彼を使うべきか数ヶ月悩んだわ。でも、彼は本当にこの映画に出演したいと熱望してくれて、その熱意自体が興味深いものだと考えるようになった。私はこの映画をスター俳優の出演するような映画ではなく、ミステリアスな映画にしたいと考えていたけど、ロバートが実にミステリアスな若者だと理解するようになったの。」

セット撮影
「撮影用のセットを組んだのは私にとって初めてだった。でも、それは素敵な経験だった。それが私だけのものだから。この映画が語るのは、私のパーソナルな物語であって、だからそれは大作映画でなければスタイリッシュな映画でもない。私の映画であって、それ以外の何ものでもないのよ。小さな箱を手に入れたようなものね。小さな箱があって、その中には私のキャラクターたちがいる。彼らは、私にどこか似ている。ロケ撮影をする時、私は常に自分が世界の一部であることを自覚しているわ。私のキャラクターたちも同じ。彼らは物語の一部だけど、同時に現実世界にも囲まれている。それに対して、この映画で私ははじめて虚無に囲まれたのよ。そこでは、私たち以外に何も存在していなかったの。」

ゼイディー・スミス(『ホワイト・ティース』などで知られるイギリスの小説家。『ハイ・ライフ』の草稿に関わったが、ドゥニによって却下されたと伝えられていた)
「オリヴィエ・ダンジーがゼイディー・スミスをとても好きで、私に彼女を紹介したの。私たちはロンドンのパブで会ったわ。私は彼女の小説を二冊読んだことがあった。そして、彼女は私の好きなタイプの書き手ではないと思ったけど、それでも偉大な小説家であり、一緒に働けるなら素晴らしいと思った。でも、上手く行かなかった。彼女はこの映画の物語が嫌いで、キャスティングも酷いと考えていた。彼女は夫を連れてきて、二人で物語を全て変えようとしたわ。だから、彼女にどういう物語にしたいか尋ねてみたの。でも、それは私にとって全くセクシーなものではなかった。だから、それは草稿でさえなかったの。この経験は悪夢以外の何ものでもなかった。時間の無駄だったし、とても苦痛に満ちたものだったわ。」

ファック・ボックス
「わたしはクレイジーなの。と言うのは、この映画の脚本はフランス語で書いて英語に翻訳したんだけど、そこに「ラブ・マシーン」という場所を登場させていたから。それは、人が性的な妄想を自由に形に出来るような場所よ。ゼイディー・スミスはこのアイディアが最低だと思ったようで、「ラブ・マシーン」なんて歌以外の何ものでもないって言ってきたわ。歌のおかげで私はその意味を考えることができる(おそらくスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルスの曲を指す)と私は答えたけど、もしかすると彼女が正しいかも知れないと自信をなくしていた。そんな時、ティンダースティックスのスチュアートと会ったの。彼はすぐに、それは最高だね、セックスするボックスだ、と言ってきた。だから私は、そうよ、ファック・ボックスなのと答えたわ。彼との会話から生まれたこのアイディアは本当に助けになった。」

映画はセクシーであるべきか
「映画作りはセクシーなものだと私は思うわ。だから、どんな映画でも私にとってはセクシーなの。もしその作品がセクシーじゃなければ、私はちょっと居心地悪く感じてしまうわね。ブレッソンの『少女ムシェット』のように厳格な映画であったとしても、それはセクシーなの。セックスと関係のない映画なんて、私には何のことか分からないわ。」

撮影現場でのドゥニ
「撮影現場では、私は最低の人間、最も酷い人間かも知れないわ。大声を上げるし、叫ぶし、文句を言い続ける。私は映画監督としての自分を尊敬出来ないわね。でも、私が嘘をついていないことをみんな分かってるから、彼らは多分ありのままの姿として私を受けて入れてくれるんだと思う。」

#01
https://www.tiff.net/tiff/high-life/
#02
Toronto Film Review: Robert Pattinson in ‘High Life’
#03
https://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-claire-denis-high-life-tiff-20180909-story.html
#04

Claire Denis on the Emotional Journey of ‘High Life’ and How Filmmaking is Like Murder


#05
https://www.newyorker.com/magazine/2018/05/28/the-fearless-cinema-of-claire-denis

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

大寺眞輔(映画批評家、早稲田大学講師、その他)
Twitter:https://twitter.com/one_quus_one
Facebook:https://www.facebook.com/s.ohdera
blog:http://blog.ecri.biz/
新文芸坐シネマテーク
http://indietokyo.com/?page_id=14


コメントを残す