現在日本で「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」というかつて実際に開催され”男性至上主義のブタvsフェミニスト”と言われたテニスの試合を描いた映画が公開されている(1)。舞台は1973年のアメリカ、男女平等の権利を謳う女子テニス世界チャンピオンのビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)が男性至上主義の元男子世界チャンピオン、ボビー・リッグス(スティーブ・カレル)や全米テニス協会会長の中に潜む女性軽視を暴きコート内外でそれと戦っていく映画だ。女子大会の優勝賞金の金額が男子大会の1/8である事に納得がいかず、仲間と共にスポーンサーを見つけて女子テニス協会を立ち上げ活躍していく公の顔だけでなく、夫を持ちながらも女性美容師との恋に苦悩するビリー・ジーンの姿を繊細に描いており見応えのある映画となっている。この映画の撮影を担当したのはスウェーデン生まれの撮影監督リヌス・サンドグレン(2)。映画界でデジタルカメラでの撮影が主流となっている現在でも、フィルムで撮影する事に独特の拘りを持ち「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞撮影賞など数々の撮影賞を受賞。ガス・バン・サント(「プロミスト・ランド」)、ラッセ・ハルストレム(「マダム・マロリーと魔法のスパイス」)、デイビット・O・ラッセル(「アメリカン・ハッスル」 / 「ジョイ」)等の監督ともタッグを組んで来た撮影監督だ。「僕がフィルムを使うのは表現力が豊かだからだ。カメラマンは自分が欲しいと思った感覚を表現するために正しい道具を使わなけれなならない。フィルムはよりパーソナルな感情に訴える事の出来る道具であり、”バトル・オブ・ザ・セクシーズ”ではそれが最も適していると思った。フィルムの色の表現域やフレームは本物であり、生き生きとしている。そしてこの映画は当時ビリーvsボビーの試合を観戦していたテニスファンに向けた映画ではなく、その後45年経った今でも続く男女格差や偏見、性の多様性などより多くの観客の議論に一石を投じる事の出来る映画だ」と語るリヌス・サンドグレン撮影監督の映画撮影に対するアプローチとこれまでのキャリアについて触れてみたい。

リヌス・サンドグレンは1972年12月にスウェーデン・ストックホルムで生まれた。1998年から短編映画やCM、テレビドラマのカメラマンとしてキャリアをスタートさせ2006年映画「ストーム」で初の長編映画を手掛ける。リヌス撮影監督ははこの映画でスウェーデン映画協会の撮影賞を史上最年少で受賞の他、ジョージ・イーストマン賞を受賞することとなる。2009年、「ストーム」の監督マンス・モーリンド/ビョルン・ステインと共にジュリアン・ムーア主演のホラー映画「シェルター」を撮影し、アメリカでの活動を開始していく。その後の3年間で長編映画からは少し遠ざかるがコンバースやヘネシーなどのCMの撮影を手がけカンヌシルバーライオンズ撮影賞を3回、クリオゴールド撮影賞、D&AD撮影賞など国際的な広告賞を次々と獲得。その活躍が認められガス・ヴァン・サント監督の「プロミスト・ランド」に呼ばれることとなる。大手エネルギー会社が良質なシェールガスが眠る、アメリカの田舎町の土地を買い漁ろうと住民と対立する物語だが、ガス・ヴァン・サント監督はこの映画には20世紀後半のアメリカの田舎を撮影した大判写真ようなのような映像が必要だと話した(3)。リヌス撮影監督は大きな画面サイズが得られるシネマスコープサイズや65mmフィルムでの撮影を提案したが、より自然に見える映像が良いという監督からのアイデアにより35mmフィルム(4パーフォレーション)とアナモフィックレンズx1.3(Vantage Hawk V-Lite)の組み合わせでこの映画を撮影した。撮影中は「俳優たちの自然発生的な芝居や、直感を妨げないように撮影カットごとに照明するのではなく、芝居が行われる部屋全体をライティングする事にしたんだ。その事で俳優たちが動けるスペースが生まれるし、監督は俳優たちの意思や感覚ををすごく尊重してた。カメラも芝居に合わせて動かすことを求められたし、チェック用の映像モニターも出さなかったから、スタッフみんながそこで起こる演技ににすごく集中していたよ」と語る。以降の作品「アメリカン・ハッスル」から新作「バトル・オブ・セクシーズ」まで全ての長編映画でもリヌス撮影監督はフィルム撮影をしている。

「ラ・ラ・ランド」でデイミアン・チャゼル監督に呼ばれて会いに行った時は、リヌス撮影監督は他にカメラマン候補が何人かいるうちの1人に過ぎなかったという(4)(5)。「デイミアン監督はハリウッドの30~60年代のハリウッド映画を愛していて、この映画はシネマスコープサイズで撮ると決めたんだ。だから僕は現代の映画のシネスコサイズの縦横画面比1:2.39ではなく1950年代によく使われていた画面比1:2.55で映画を作ることを提案した。ただその場合予算がより掛かるから、撮影現場でロスが少ないようにリハーサルをたくさんやってもらって動きが完璧になったらカメラを廻し、使用するフィルム量を減らしたんだ」とリヌス撮影監督は語る(実際の撮影では35mm4パーフォレーションフィルムとアナモフィックレンズで撮影し映像画面比1:2.66になったものをポスプロ時にサイドカットしている)。「音楽やダンスの振付師からたくさん学んだが、今回は僕もカメラを動く楽器のように扱かったらどうかと考えた。そうすることでよりカメラが肉体的で、俳優の気持ちに反応して動くリズミカルな感情を持ったものになると思った。監督も僕もロサンゼルスのざらついた空気感や夕暮れの青い光が好きだったし、そのマジックアワーの短い時間の中でダンスを捉えようと思った。ロサンゼルスの丘の上のダンスシーンは、朝7時から夕方19時まで緻密なリハーサルをし、19時半位に訪れた短いマジックアワーの内に約6分間のダンスシーンを撮影したよ。うまくいかなかったテイクはまた翌日来て19時から19時半の間に撮影したんだ。撮影環境的にも技術的にもすごく大変だったけど、パズルのように問題を解決していくのは映画制作の美しさだ」と言う。デイミアン監督はリヌス撮影監督について「リヌスの素晴らしい所は古き良きものを大切にする所だ。彼はフィルムやその発色、オールドレンズを愛し技術的知識も豊富だ。そしてそれらを使って、何か新しいものを生み出そうとするエネルギーを持っている。それはこの映画で僕がやろうとした事と同じだ。僕もこの映画でかつての映画を呼び起こしながら、何かまだ人々が見たことのないものを作ろうと思ったんだ」と語っている。

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」(監督バレリー・ファリス/ジョナサン・デイトン)でも、実際に70年代に作られた映画のように見せるためフィルム撮影がなされている(6)。「フレンチ・コネクション」(監督ウィリアム・フリードキン/撮影オーウェン・ロイズマン 1971制作)などを参考にしたとリヌス撮影監督は言うが、それに加え「感度500のフィルムを撮影時に少しオーバー露光させ、現像所でも増感現像した。そうすることでコントラストと色の豊かさが増すし、70年代映画のようにフィルムの粒子もより出てくる。それに登場人物達との親和性も上がると思ったんだ」と語る。「監督と映像に関して決めていたのは、映画が進むにつれてビリー・ジーンなど女性がより能動的になった時画面左から右に位置を動かし、または左にいても右方向を見るように画面上配置してあるんだ。対してボビー・リッグスや他の男性が力を失っていくとき右から左に動いたり、右にいても左方向を見るように構築した。それらは本当に微妙で、無意識に訴えるような表現なんだけど映画の中で女性がより前進していくのを人物の動きの方向と配置で表しているんだ」と言う。

現在作品としては、再びデイミアン・チャゼル監督とタッグを組みフィルム撮影した「First Man」(7)とラッセ・ハルストレム監督の「The Nutcracker and the Four Realms」(こちらは35mmと65mmフィルムで撮影)(8)の公開が控えている。デジタル撮影が世界的に主流になった映画界でリヌス・サンドグレン撮影監督が今後もフィルムを使いどんな光と色を見せてくれるのか楽しみである。

 

(1)http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/

(2)http://www.thetalentgroup.eu/artist/linus-sandgren/

(3)https://ascmag.com/magazine-issues/january-2013

(4)https://ascmag.com/magazine-issues/january-2017

(5)https://www.moviemaker.com/archives/interviews/la-la-land-linus-sandgren-camera-dancer/

(6)https://britishcinematographer.co.uk/linus-sandgren-fsf-battle-sexes/

(7) https://www.youtube.com/watch?v=PSoRx87OO6k

(8) https://www.youtube.com/watch?v=2ktuvx9hrMw

 

 

<p>戸田義久

普段は撮影の仕事をしています。

https://vimeo.com/todacinema

これ迄30カ国以上に行きました。これからも撮影を通して、旅を続けたいと思ってます。趣味はサッカーで、見るのもプレーするのも好きです。


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