現在フランスで第71回カンヌ映画祭が開催されている。コンペティション部門に日本から濱口竜介監督の「寝ても覚めても」や是枝裕和監督の「万引き家族」が選ばれている他、ジャン=リュック・ゴダール監督作「LE LIVRE D’IMAGE」(IMAGE BOOK)」等が選ばれ話題を集めているが、 そのかたらわ同映画祭においてフランスの映画用レンズメイカー “アンジェニュー”から長きに渡る卓越した撮影技術が讃えられ一人の撮影監督が5月18日に表彰される(*1) 。その撮影監督はエドワード・ラックマン – カメラマンとしてのキャリアは45年を超え、最近のトッド・ヘインズ監督作品(「キャロル」「ワンダーストラック」等)の他にヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ベンダース、ニコラス・レイ、ロバート・アルトマン、ソフィア・コッッポラ、スティーブン・ソダーバーグ監督等とタッグを組み、携わった映画は述べ75本を超える(*2)。ドイツのマールブルグ撮影賞や、イギリス撮影監督協会賞、ベネチア国際映画祭 金オッゼラ賞、アメリカ撮影監督協会生涯功労賞、撮影技術を競うポーランドの映画祭CAMERIMAGEで金・銀・銅賞全てを受賞している唯一のアメリカ人撮影監督である。世界中の撮影プロジェクトに参加しているためか映画業界におけるジプシー的な存在であることを本人も認め「勇敢で常に新しい事に挑戦する彼の映像は果てしない色彩感覚を持つ画家のようでもあり、そのイメージは我々の心に長く残り続ける」と称されるエドワード・ラックマン撮影監督のキャリアについて振り返ってみたい。

 

“I’m Not There”
Photo: Jonathan WENK
©2007 The Weinstein Company

エドワード・ラックマンは1948年アメリカ・ニュージャージー州のモーリスタウウンで生まれている。(*3) 祖父と父親は共に大衆演劇の寄席を経営し、後にそれを映画館に改装したという。子供の頃から映画をよく見る環境にあったが、特にそれは自身のキャリアの選択には関係してないと語る。「父とよく映画を見に行っていたんだけど、その頃は袋いっぱいのポップコーンを食べながら見ていたり、ミュージカル映画の曲に合わせて歌いながら映画を見ていたんだ。映画に囲まれて育ったけど真剣にはそれを捉えてなっかった。むしろ父がアマチュアの写真カメラマンだったんだけど、撮られるのが本当に嫌だった。東洋の人が昔言っていたみたいに、魂を吸い取られると思っていたよ」と答えている。青年になってからハーバードとコロンビア大学で絵画と芸術の歴史を学びながら、次第に映画も芸術の一端としてみるようになっていった。最終的にはオハイオ大学を卒業する事となったが、そこでヴィットリオ・デ・シーカ監督の「ウンベルトD」をみてイメージの構築で物語を語れることに強い衝撃を受けたと言う。その後、卒業論文でベルナルド・ベルドルッチ監督について書いている時に「暗殺のオペラ」の試写があるのを聞き付け、監督に会い行った。「ベルトルッチ監督は僕が彼の初期の作品についてよく知っていたのですごく驚いて、ニューヨーク映画祭の「暗殺の森」プレミア上映に招待してくれたんだ。上映が終わった時に彼は僕の方を振り返って”どうだったか?”と感想を聞いてきたんだけど、その時は椅子から転げ落ちそうだったよ!」と語っている。大学卒業後はドキュメンタリーのカメラマンとしてキャリアをスタートさせて、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「シュトロツェクの不思議な旅」のアメリカパートの撮影や、ヴィム・ヴェンダース監督、ニコラス・レイ監督の「ニックス・ムービー/水上の稲妻」の撮影をする他、ロビー・ミューラー(*4)やヴィットリオ・ストラーロ(*5)、スヴェン・ニクヴィスト(*6)など名撮影監督のカメラオペレーターやBカメラも担当することとなる。1985年公開の「マドンナのスーザンを探して」の撮影監督を担当してからは人気が出て、以降はデニス・ホッパー監督の「ハートに火をつけて」やソフィア・コッポラ監督の「ヴァージン・スーサイズ」、スティーブン・ソダーバーグ監督の「イギリスから来た男」、「エリン・ブロコビッチ」、「エデンより彼方」以降のトッド・ヘインズ監督作の撮影等を担当することとなる。ソダーバーグ監督は「彼は好奇心の塊で信じられないぐらい情熱的だ。彼ほどのカメラマンと仕事をすると、そのアイデアや、技術、勇気に感化されないなんて不可能だ。また、笑い話だが(ライティングの具合を確認する為に)エドが撮影現場でポラロイド写真をものすごく沢山撮るんだけど、そこから印画紙のゴミが大量に出るんだ。エドはそのゴミを捨てながら歩いたりする。僕らはこれを”ラックマンの落し物”と呼んでいるんだけど、そのゴミを皆んなが後を付けながら拾っていく姿が可笑しいよ」と語っている。

 

エドワード・ラックマンの最新作に現在公開中の「ワンダーストラック」(監督/トッド・ヘインズ)がある。舞台が1927年と1977年に設定され、一人家出をしてニューヨークにたどり着いた聾者の少女と少年が70年の時を跨いで繋がるという物語だ。エドワードは当時の雰囲気を再現する為に基本的に1927年をモノクロフィルム、77年代をコッダクのカーラーフィルムで、それを増減することを前提にクックとアンジェニュー社のオールドレンズを使って撮影した(*8)。「アンジェニューとの話の中で、70年代に使われていた撮影レンズには現在のものよりもガラスに鉛成分が多く入っていた事が分かった。だからオールドレンズを使うのは当時の映像のコントラストや雰囲気を作るのに適していた。また70年代に使っていた映画フィルムは、暗部にグリーンが混ざって、ハイライトにはマゼンタ色が感じられる。だからこの映画ではレンズのフィルターワークで色温度を変えたり、増感することにより色の濁りや粒子を意識的に作ったんだ。27年設定の方では、カメラのレンズ前に黄色や、オレンジ、赤のフィルターをつけてコントラストを高め、ライティングは室内野外共に強烈な光を直接俳優に当てて撮影する20年代当時の照明スタイルを模して撮影した。モノクロフィルムは基本的には現在作られてないから、コダックに特注で作ってもらったし、現像してくれるラボを探すのも大変だった(最終的にはFotokemで現像 [*9])」と語る。「ワンダー・ストラック」はラックマンの映像を通し、少年少女にっとて他者であったはずのニューヨークが、物語が進むにつれて内なる街へと変貌していく様子が視覚効果として見事に語られる映画となっている。また「キャロル」、「アイム・ノット・ゼア」でエド・ラックマンと仕事をした女優のケイト・ブランシェットは「彼はまさにどの瞬間どこにカメラを置いて撮影すべきなのか知っている。それは俳優にとっても大きな助けで、映像を通して観客が身体的精神的に何を感じるかをエドのカメラポジションで探る事ができる。そのおかげでより芝居の焦点が絞れて、結果的に演技が生きてくる。実験的で常に新しい観点を探し求めている撮影監督だ」と語る。現在はスペインのセビリアで撮影するSergio Dow監督の新作映画の準備中とのことではあるが、今後もエドワード・ラックマン撮影監督がどの様な映像を見せてくれるか楽しみである。

 

(*1) https://www.angenieux.com/cannes-film-festival-2018-angenieux-will-pay-tribute-dop-ed-lachman-asc/
(*2) https://www.imdb.com/name/nm0005767/?ref_=nv_sr_1
(*3) https://theasc.com/news/inside-the-upcoming-february-issue-of-ac
(*4) https://www.imdb.com/name/nm0005810/?ref_=nv_sr_1
(*5) https://www.imdb.com/name/nm0005886/?ref_=nv_sr_3
(*6) https://www.imdb.com/name/nm0005815/?ref_=nv_sr_1
(*7) http://wonderstruck-movie.jp
(*8) https://ascmag.com/articles/wonderstruck-imagination-for-all-ages
(*9) https://www.fotokem.com/#/post-production

 

 

<p>戸田義久
普段は撮影の仕事をしています。
https://vimeo.com/todacinema
これ迄30カ国以上に行きました。これからも撮影を通して、旅を続けたいと思ってます。趣味はサッカーで、見るのもプレーするのも好きです。


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