『ゲット・アウト』、『君の名前で僕を呼んで』、『マッドバウンド哀しき友情』、そして『ビッグ・シックぼくたちの大いなる目ざめ』。数々の賞レースでその名を目にするこれらの作品の共通点は何か。監督?脚本家?配給会社?いいえ、違います。これらはすべてアメリカ最大のインディペンデント映画を対象とした祭典「サンダンス映画祭」で初上映されたものです。アメリカ映画産業の一角を担う最も重要な存在として、映画ファンのみならず業界関係者の注目を集めるサンダンス映画祭とは、一体どんなイベントなのでしょうか。

■極寒のリゾート地で繰り広げられる熱き闘い
 毎年、1月中旬になると、全米中の名だたる批評家、映画制作者、業界関係者がユタ州ソルトレイクシティから30マイルのところに位置する「パークシティ」に向かいます。冬場は山岳スキーリゾートとして有名なこの町ですが、彼らの目的はもちろんウィンタースポーツではありません。今年の映画界を牽引するスター作品や、第二のタランティーノを誰よりも早く捕らえようと大移動を始めるのです。古くは『レザボア・ドッグス』、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』、『リトル・ミス・サンシャイン』や、『ラ・ラ・ランド』ダミアン・チャゼル監督の名を知らしめた『セッション』、また昨年、日本でも話題となったホラー映画『ウィッチ』も、全てサンダンス映画祭で注目を浴び、大ヒットにつながった作品です。11日間の開催期間中、上映会のほか、監督や俳優を迎えてのパネルディスカッション、トークセッションなどが行われ、興味深いインタビューが聞けるのも魅力の一つです。

 サンダンス映画祭は、なぜここまで重要視されるのでしょうか。

 サンダンス映画祭は、受賞の期待できる有名作品に加え、もっと挑戦的で冒険的な作品を数多く取り上げています。つまり、この映画祭をチェックしておけば、オスカーに直結する作品の情報をいち早く入手できるのみならず、新進気鋭の監督の才気とアイディアにあふれた作品、また観客がそれをどのように受け止めたかといった反応までつかむことができるのです。「パークシティで何かが起こる」。その期待は、商業的な意味でも娯楽的な意味でも映画を愛する全ての人を興奮させ、熱狂させます。

 映画祭で上映されるのは、ワーナーやパラマウント、ソニー、ディズニーといった大手スタジオ以外で制作されたインディペンデント系の映画のみで、期間中に上映権の売買が行われます。映画制作サイドにとっても、有名配給会社に目をつけてもらえる絶好のチャンスなのです。近年は劇場公開だけでなく、NetflixやAmazon、HBOなどの参入によるストリーミングサービスの展開によって上映の機会は広がっており、とりわけNetflixとAmazon Studioはサンダンス映画祭で一、二を争う買い手となっています。

■確率0.03の狭き門
 どんな作品にも、誰にも一躍名をなすまたとない好機、それがサンダンス映画祭。大手制作会社に属さない者にとって、これ以上に魅力的な祭典はないでしょう。しかし、上映作品として選出されるのは容易なことではありません。2017年には4,068本の長編映画の応募がありましたが、実際に映画祭で上映されたのは113作品でした。そのうち98本は世界初公開、また37本は誰も聞いたことのない制作会社からのもので、32本はアメリカ以外の国からの作品でした。門を抜ける道は狭いけれども、門前は広いのがこの映画祭の特徴でもあります。

■映画祭の創始者はあの名優
 誰がサンダンス映画祭を始めたのか。その起源は1978年にさかのぼります。ユタ州で演劇を学び、69年の『明日に向かって撃て!』で人気を不動のものとした名優ロバート・レッドフォードが、この映画の出演料でユタ州コロラドに土地を買って設立した非営利団体サンダンス・インスティテュートを母体に、いわば「まちおこし」として開催したのがはじまりです。当初の名前は「ユタ・US映画祭」。古い映画の回顧展を行う一方で、当時から独立系の映画も細々ながら取り上げていました。大きな変化が訪れたのは、1989年に観客賞を受賞したスティーブン・ソダーバーグ監督の『セックスと嘘とビデオテープ』。本作はのちにカンヌ映画祭でパルム・ドールに輝き、史上最年少26歳での受賞となったソダーバーグ監督は世界中から衝撃を持って受け入れられたのです。サンダンス映画祭に熱い視線が注がれるきっかけでもありました。サンダンス映画祭で名をなした監督はほかに、コーエン兄弟、ソフィア・コッポラ、ポール・トーマス・アンダーソン、ダーレン・アロノフスキー、リチャード・リンクレーターなど、錚々たる面子揃いです。
 『ラ・ラ・ランド』、『ブレードランナー2049』と着実にキャリアを重ねる俳優ライアン・ゴズリングもサンダンス映画祭とは深いつながりを持っています。2006年にサンダンスで上映された主演作『ハーフ・ネルソン』は、ゴズリングを子役から大人の俳優へとステップアップさせる礎となりました。
 ミュージシャン、編集といった普段はエンドロールでわずかに名前を知るのみの人たちも、サンダンスでは主役になります。ここは、役割にかかわらず、すべての映画制作者がネットワーク化するために最適かつ重要な場の一つでもあるのです。

■サンダンスを覆う黒い影からの脱出

 2017年にハリウッドを襲った衝撃――大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる30余年に及ぶ一連のセクハラ・パワハラ問題に、サンダンスも無縁ではありませんでした。ハーヴェイ・ワインスタインは長きにわたってサンダンス映画祭での最も有力な買い手でした。彼のお眼鏡にかなうイコール、スターの切符を手にするのと同じことだったのです。事実、『セックスと嘘とビデオテープ』の世界的な大ヒットはハーヴェイ・ワインスタインが買い付けたことが一因でもあり、「地方のちょっと変わった映画祭」でしかなかったサンダンスが現在のような影響力のある映画祭に転じたのも、ハーヴェイ・ワインスタインと長年、利益を分かち合ってきたことによります。その裏側で、サンダンスはセクハラの温床と化していました。ハーヴェイ・ワインスタインを最初に告発した女優のローズ・マッゴーワンが、彼から性的な暴行を受けたのは1997年のサンダンスのホテルだと証言しています。女優で脚本家のルイゼット・ガイスも、同じくハーヴェイ・ワインスタインから2008年のサンダンスで性的いやがらせの被害に遭ったことを告白しています。
 2018年は、サンダンス映画祭にとって新たな船出の年となりました。1月18日に始まった今年の映画祭の冒頭の記者会見で、主催者のジョン・クーパーは「彼の時代は終わった。我々は過去を乗り越えていかなければならない」とハーヴェイ・ワインスタインとの決別を宣言しました。映画祭創始者のロバート・レッドフォードは、「ハーヴェイのような人物が映画祭に出入りするのは、イベントを支持して盛り上げてくれるためだと思っていた。しかし、実際は違った。ああいう人間は自分の利益のためだけにやって来て、おいしい作品をつまみ食いしていただけに過ぎないと分かった。安く買いたたいた作品で、荒稼ぎをする」とコメントし嫌悪感を示しています。
 少なくとも2件の性的いやがらせ、虐待事件がその裏で起こっていたという事実を受けて、サンダンス映画祭は新しい行動準則を設けました。「ハラスメント、差別、女性蔑視、脅迫や敬意を欠く態度を行った者は、映画祭に参加する資格を剥奪する」。また、映画祭はユタ州検事総長室と提携して、性的いやがらせへの相談に24時間応じるホットラインを開設しました。
 サンダンス映画祭では、ハリウッドに先んじて女性の映画監督に門戸を広げてきました。2017年にメガヒットを記録した映画の女性監督はわずか4.2%でしたが、2018年のサンダンスで上映される長編映画122本のうち、37%は女性監督が占めています。ハーヴェイ・ワインスタイン後に始まったハリウッドでの二大ムーブメント、#MeTooと#TimesUpキャンペーンの影響が依然として強く及ぶ中、その年の映画産業界の動向を左右するといわれるサンダンスのこういった傾向はハリウッドにも反映されるのか。2018年はハリウッドに大きな動きが生まれる年となるかもしれません。

■2018年度の注目作品は?

 今年のサンダンス出品作には、性犯罪と暴力に真正面から取り組んだドキュメンタリー作品が幾つかあります。

1.「Seeing Allred」
「力に対抗できるのは力だけ」という信念のもと、ハリウッドに働く女性たちの権利擁護に奔走する人権派弁護士グロリア・オールレッドと、彼女の活動を追ったドキュメンタリー作品。日本でもNetflixにて2月9日より『グロリア・オールレッド: 女性の正義のために』というタイトルで配信が予定されています。

2.「HALF THE PICTURE」
ハリウッドで働く数少ない女性監督にスポットを当て、アメリカ雇用機会均等委員会の介入を得ながら成功を収めた彼女たちのキャリアパス、闘い、創作活動の源と、将来への展望についてインタビューを行ったドキュメンタリー。監督はこれが初の長編作となるエイミー・エイドリアンです。

3.「RBG」
現在、アメリカの最高裁判事は112名で、うち女性は4名。その4人の中の一人であるルース・ギンズバーグ。かつて女性であるという理由で法律事務所での仕事に就けなかったことから、女性差別撤廃運動に取り組んだ彼女が最高裁判事になるまでの四半世紀を描いたドキュメンタリー。監督のベッツィ・ウェストとジュリー・コーエンは、共にテレビドラマやドキュメンタリー部門で研鑽を積んだベテランです。

4.「On Her Shoulders」

ノーベル平和賞候補にもなったズイーディー教徒の人権活動家ナーディーヤ・ムラードに焦点を当てたドキュメンタリー。彼女がかつて体験した陰惨な出来事、ISISによって拉致監禁され、家族を目の前で殺されて、自身は性奴隷を強要された3カ月を経て、ごく普通の若き23歳の女性がいかにして世の関心を喚起するに至ったかを描きます。メガホンを取ったAlexandria Bombachはアメリカ出身、2010年からは遊牧民として暮らす異色の映画監督です。

また、注目の女性監督作品として、
5.「The Tale」
ジェニファー・フォックス監督自身が13歳のときに被った性的被害をベースに「私たちはどう生き残っていくのか」を描いた作品で、主演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーリミックス』の金粉女王・アイーシャを演じたエリザベス・デビッキと、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』で紫の髪が印象的なレジスタンスのホルド中将役、ローラ・ダーン。上映時に行われたQ&Aセッションでフォックス監督は「すべて実際にあったこと」と述べています。

6.「I Think We’re Alone Now

2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝いた『フローズン・リバー』では撮影を務め、以降も着実にキャリアを積み重ねてきたリード・モラーノ監督によるSF作品。突然、住民が消失した村の唯一の生存者の元図書館員(ピーター・ディンクレイジ)と10代の女の子(エル・ファニング)が武器を満載した車を駆って放浪するディストピア物語です。リード・モラーノ監督は、エミー賞の主要部門を制覇し、ゴールデングローブ賞のドラマ部門で作品賞・主演女優賞を受賞した『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(Huluで2月28日より配信予定)で監督を務めています。

7.「Ophelia」
シェイクスピアの悲劇「ハムレット」を女性目線で再解釈した作品。オフィーリアを演じるのは「スター・ウォーズ」シリーズでレイを演じるデイジー・リドリー、共演にナオミ・ワッツ、クライヴ・オーウェン。監督のクレア・マッカーシーはオーストラリアを拠点に活動する監督で、本作が長編3本目の監督作です。

 28日に閉幕するサンダンス映画祭。今年、日本からは湯浅政明監督のアニメーション映画『夜明けを告げるルーのうた』がエントリーしています。その評判も含め、2018年の注目作が目白押しのラインナップからは目が離せません。

《参照・画像使用サイトURL》
https://www.vox.com/culture/2017/1/19/14267740/sundance-film-festival-explained-robert-redford
https://www.vox.com/2018/1/21/16912774/sundance-harvey-weinstein-robert-redford-sex-lies-videotape
https://www.wired.com/story/sundance-preview/

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。


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