性的暴行やセクハラ、職場での不平等の撲滅を掲げ、被害者を支援するための基金を設立した「Time’s Up(終わりにしよう)」運動への支持を表明するために、大多数の女優が黒いドレスを着用したことが受賞結果以上に話題となった今年のゴールデン・グローブ賞の授賞式。そこで「Time’s Up」のピンバッチを付けていたふたりの俳優が授賞式の後、非難を浴びています。ひとりは自らメガホンを撮った『The Disaster Artist』でミュージカル・コメディ映画部門の主演男優賞を受賞したジェームズ・フランコ。舞台で共演したことがある女優アリー・シーディが彼からのセクハラ被害を匂わせたツイートを投稿したのを皮切りに、複数の女優や映画スタッフが被害を訴えました(フランコはテレビ番組でそれらの疑惑を否定しましたが、その直後に行われた放送映画批評家協会賞の授賞式を欠席するはめに)。そしてもうひとりがジャスティン・ティンバーレイクなのですが、その理由は彼がウディ・アレンの新作『Wonder Wheel』に出演しているにも関わらず「Time’s Up」のピンバッチをつけるのはおかしいというもの[*1]。非難したのはウディ・アレンの養女だったディラン・ファローさんで、彼女はアレンと一緒に暮らしていた幼少期に、彼から性的虐待を受けたことを長年告発してきました。
そもそもウディ・アレンのディランさんに対する性的虐待疑惑が初めて持ち上がったのは25年も前に遡ります。1993年、内縁関係にあったアレンと破局したミア・ファローがディランさんを含む3人の子供の親権を争って裁判を起こした際に、彼女がアレンによる当時7歳だったディランさんへの虐待を主張。親権はミア・ファローが勝ち取ったものの虐待に関しては不起訴となり、福祉局もディランさんが虐待を受けたという証拠はないとして調査を終了したと伝えられています。
そして2014年2月には、ディランさん自らがアカデミー賞会員に宛てた書簡をニューヨーク・タイムズ紙で公開[*2]。アレンからどのような虐待を受けたのかを公表し、「ウディ・アレンは私たちの社会が性的暴行や虐待の被害者を見捨ててきたことの生きた証拠です」と訴えかけました。アレンはその告発に対してすぐさま反論、虐待の事実はなく、ディランさんは「母親(ミア・ファロー)によって父親を憎むように教えられ、虐待があったように信じ込まされたのだ」と主張しています[*3]。
では長年くすぶってきたこの問題がこの数週間で再燃し、大きな話題となっているのは何故なのでしょうか。
きっかけとなったのはディランさんが昨年12月にロサンゼルス・タイムズ紙に寄稿した「#Me Too運動は何故ウディ・アレンを許しているのか?」と題された論説[*4]でした。そこでディランさんは7歳の時にアレンから性的虐待を受けたことを再び告発し、さらにハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ騒動について言及していた俳優たちがアレンに関しては口をつぐみ、ジャーナリストたちも話題にしようとしないと糾弾しています。例えば『Wonder Wheel』に出演したケイト・ウィンスレットは、ワインスタイン事件については「複数の女性たちが高い評価を受ける映画プロデューサーの甚だしい職権乱用行為について申し立てたという事実は、ものすごく勇敢な行為であり、とても衝撃的だった」と話していたのに、アレンについては「私はウディについてもその家族についても知らない。映画に出る俳優として真偽を知らないことを断ち切ることが必要な場合もある。私に言えるのはウディ・アレンが素晴らしい監督だということ」と言っていたというように、アレンの映画に出演する俳優たちの多くが自分への虐待疑惑を知りながらも、彼と一緒に仕事をすることを喜び、その才能を称賛し続けており、14年の告発以降にアレンへの非難を表明した女優がエレン・ペイジやスーザン・サランドンなどほんのわずかしかいないことを指摘、「真実を否定することは難しいが無視するのは簡単だ」と記しました。
確かにディランさんのいうように、彼女が4年前に告発を行った際は大きなニュースになったものの、この問題に対して公に言及する映画人は決して多くありませんでした。あるいはレナ・ダナムのように「(アレンに)吐き気がする」と言ってディランさんへの支援を表明しながらも、「でも、彼の仕事を否定するつもりはない」「アレンが創り上げてきた作品を、犯罪の証拠を探すような疑わしい目で鑑賞するのは間違っている」といった意見[*5]もありました。さらにはディランさんが告発を行ったのがちょうど賞レースの時期で、彼女がその時アカデミー賞などにノミネートされていた『ブルージャスミン』の受賞を妨害しようとしている、特にケイト・ブランシェットの主演女優賞への影響を憂慮し、ブランシェットにはとんだとばっちりだという声も上がっていたのです。
しかし、今回は事情が大きく異なっています。昨年末から今月にかけてアレンの作品に出演したことがある俳優が続々と彼の映画に出演したことを後悔し、彼との仕事を拒絶する声明を出し始めているからです。先月ディランさんの論説において名指しで批判されたグレタ・ガーウィグはニューヨーク・タイムズに掲載された記事で「ウディ・アレンに関していうと、もしあの時事実を知っていたら、彼の映画には出演していなかったと思う。ディラン・ファローの公開書簡を読み、その事実に胸が張り裂けそうになった。ウディの映画『ローマでアモーレ』に出演したことで、またひとりの女性を傷つけてしまったと後悔した」と語り、「私はあれ以降彼と仕事はしなかったし、今後も一緒に仕事をすることはありません」と断言[*6]。また『それでも恋するバルセロナ』と現在ポストプロダクション中のアレン最新作『A Rainy Day in New York』に出演したレベッカ・ホールも自身のインスタグラムで、「アレンは私に初めて大きな役をくれた監督で、私は今でもそのことに感謝している」としながらも、ディランさんの記事を読み「私の行動が他の女性たちを沈黙させたり、引き下がらせたりしていたことに気づいた。自分の決断を後悔している」と綴り、『A Rainy Day in New York』の出演料を「Time’s Up」に寄付することを表明しました[*7]。さらに同じく『A Rainy Day in New York』に出演する若手俳優ティモシー・シャラメも「僕はこの映画の仕事で利益を得たくない」と自身の出演料全額を「Time’s Up」や性的暴行の撲滅運動に取り組む「RAINN」などに寄付する声明を発表し[*8]、同作で共演したセレーナ・ゴメスの母親まで登場して「私はアレンと仕事をすることを反対したんだ」と言い出す事態に[*9]。その他、『誘惑のアフロディーテ』のミラ・ソルヴィーノもアレンと仕事をしたことを謝ったディランさん宛の手紙を公開し、『Wonder Wheel』に出演したデヴィッド・クラムホルツも同作への出演を「自分が犯した痛恨の過ちのひとつ」だったとツイート。さらに『マジック・イン・ムーンライト』に出演したコリン・ファースも「もう彼(アレン)とは仕事をしない」と発言しました[*10]。一方、ウディ・アレンを擁護する意見を表明したのは今のところ「告発を否定したり無視するつもりはないが、そうした罪で人を訴えるときには慎重にやるべきだ」とツイート[*11]したアレック・ボールドウィンくらいです。
こうした俳優たちの声や世論に後押しされる形で、ディランさんは18日に米CBSのニュース番組に出演し、「アレンは長年嘘をつき続けている」と再度、虐待を告発。インタヴュアーが「あなたが”#Me Too”や”Time’s Up”ムーヴメントを利用して、アレンを失墜させようとしているという人もいる」と投げかけると、「どうして彼を失墜させたいと思ってはいけないんですか? 何故私は怒るべきではないんですか? どうして私が何年もの間、無視され、信用されず、捨て置かれていたと感じてはいけないんですか?」と訴えかけました[*12]。そしてディランさんのテレビ出演に合わせて、ついにアレンも声明を発表。「私は一度も娘にみだらな行為をしたことはない。それは四半世紀前にすべての調査によって結論づけられたことだ」と改めて疑惑を否定し、「たとえファロー家が”Time’s Up”ムーヴメントを皮肉のように利用して、すでに信憑性が否定された主張を繰り返しても、それが真実でないことは今も変わらない」とディランさんやミア・ファローを非難しました[*13]。
ウディ・アレンのケースがワインスタイン事件と異なるのは、被害者がひとりしかおらず当時子供だった被害者自身の証言しか証拠がないこと、そして一度司法や行政によって調べられた上で起訴されていないことでしょう。またケヴィン・スペイシーのように本人がその行いを認めてもおらず、一貫して否定し続けているため、この25年間あくまでも疑惑に留まり続け、レナ・ダナムやケイト・ウィンスレットのようにその疑惑を彼との仕事や彼の作品とは切り離して見てきた映画関係者が数多くいたはずです。ですが、ここにきて彼の作品を称賛してきたメディア、彼との仕事に喜びを見出してきた俳優たちが彼を拒絶し始めました。
ウディ・アレンを拒絶する動きが広まる中、IndieWire誌は「ウディ・アレンのキャリアは終わった。だが何故ここまで長くかかったのか?」と題する記事を掲載し、4人の論者が今後ウディ・アレンが映画を作り続けることができるかどうか、各々の意見を提示しています[*14]。その記事ではふたりがウディ・アレンのキャリアは終わったと断言しています。もうひとりは彼との仕事を拒んでいる俳優がほとんど40歳以下であると指摘し、「若いスター俳優が彼の映画に出ることはないかもしれないが、新たな疑惑が出てこなければ、彼と映画を作りたがる友人は残り、その作品を見たがる人もいるだろう」という意見を披露しています。また、同誌の映画欄の主筆で副編集長であるエリック・コーン氏は「アレンは長い間ハリウッドののけ者で、独自に成功してきた」と言い、ドキュメンタリー『映画と恋とウディ・アレン』でアレンがベッドの横の引き出しにプロットのアイデアを書き込んだ夥しいメモ用紙を入れていたシーンを例に挙げ、「文化がアレンを刺激することはあっても、アレンが文化に屈服することはないだろう。私の予想では、彼は映画を作り続ける。たとえ海外の小さな製作会社しか出資くれなくても、無名な俳優しか出演しなくても。ただし、彼がどれだけ多くの作品を作ろうとも、それをわざわざ見ようとする人がいなくなるという意味では、そのキャリアは終わったと言えるのかもしれない」と述べています。そして、コーン氏はこのように付け加えています。
「私たちは重要な文化的変革に直面している。映画産業に従事する人たちは自分のキャリアを築くチャンスを人質にとられることなく行動を起こす権利を持っていることに気づいたのだ。俳優たちがついにアレンを見放したことは間違いなく意味のあることだ。しかしそれが彼のフィルモグラフィーまでもを消し去ることにはならないよう願っている。(中略)アレンの映画は混乱した都市生活の中で躓きそれを乗り越えていく神経症の人々を描き、ユニークな主題を提示してきた。彼はそのゲームを発明し、その物語る技術は他のコメディアンたちにもある種のサンプルとして広まり、今なお有効な技術として存在している。将来に向けて望まれる最良の結果は、アレンが長年生み続けた作品が今日において称賛されるべきかどうかという問題を切り離した上で、彼が発明した遺産が受け入れられることだ」
*1
http://www.indiewire.com/2018/01/dylan-farrow-justin-timberlake-blake-lively-woody-allen-times-up-1201915429/
*2
https://kristof.blogs.nytimes.com/2014/02/01/an-open-letter-from-dylan-farrow/
*3
https://www.nytimes.com/2014/02/09/opinion/sunday/woody-allen-speaks-out.html
*4
http://www.latimes.com/opinion/op-ed/la-oe-farrow-woody-allen-me-too-20171207-story.html
*5
http://ew.com/article/2014/03/18/lena-dunham-woody-allen-dylan-farrow/
*6
https://www.nytimes.com/2018/01/09/opinion/greta-gerwig-woody-allen-aaron-sorkin.html
*7
https://www.instagram.com/rebeccahall/
*8
http://www.indiewire.com/2018/01/timothee-chalamet-woody-allen-donates-salary-times-up-rainn-1201917613/
*9
http://www.indiewire.com/2018/01/selena-gomez-mother-woody-allen-1201917627/
*10
https://www.theguardian.com/film/2018/jan/18/colin-firth-woody-allen-accusations-film?CMP=twt_a-film_b-gdnfilm
*11
https://www.theguardian.com/film/2018/jan/16/alec-baldwin-criticizes-stars-renouncing-woody-allen-unfair-and-sad
*12
https://www.cbsnews.com/news/dylan-farrow-interview-gayle-king-thursday-watch-live/
*13
http://www.nme.com/news/tv/woody-allen-says-dylan-farrow-cynically-using-times-movement-tv-interview-2221972
*14
http://www.indiewire.com/2018/01/woody-allen-career-over-timothee-chalamet-times-up-1201917667/
黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。
記事の中でウディ・アレンの今後について、「若いスター俳優が彼の映画に出ることはないかもしれないが、新たな疑惑が出てこなければ、彼と映画を作りたがる友人は残り、その作品を見たがる人もいるだろう」と予測している人がいますが、結果的にこれが見事に当たりましたね。
「ハリウッド・エンディング」を地でいくような結末だと思います。
コメントありがとうございます。
新作撮影の情報が出ましたね。『ミッドナイト・イン・パリ』『それでも恋するバルセロナ』を製作したスペインのメディアプロが出資するようですが、やはりヨーロッパではウディ・アレン作品への支持が根強く残っているということなんでしょうね。